IS研究のアプローチの分類
著者:中嶋 聞多
冒頭に述べたように,IS研究には当然,工学的な研究もありうるが,ここでは社会的・組織的研究に焦点を絞って研究アプローチについて詳述する。
一般的に,社会科学系の研究方法を分類するのによく用いられる二つの議論がある。一つは取り扱うデータの種類によって研究を分けるもので,量的研究と質的研究に二分する考え方である。IS研究では当初,アンケート調査など量的研究が主流であったが80年代後半から90年代にかけて,研究方法をめぐって繰り返し議論される中で,質的研究の重要性が徐々に認識されるようになった。その結果,現在では質的研究もまたIS研究の重要な方法としてひろく認められるようになり,コンピュータを用いた研究ツールの充実が著しい量的研究とともに,IS研究方法の両輪を形成するようになった。
もう一つの分類は,認識論に準拠しつつ研究アプローチを区分するものである。この分類では,まず現実世界での理論の検証を要請する経験主義的研究(empirical research)と,概念世界での思弁によって完結する非経験主義的研究(non-empirical research)の二つに分け,前者をさらに細分していく考え方が一般的である。IS研究では70年代にRichard L. Van Hornによって採用されて以来(Van Horn自身は,これによって経験主義的研究の重要性を主張した),踏襲されてきた標準的な分類方法である。それらによれば,非経験的研究には一般的に,定理証明などの数学的方法,いわゆる“べき論”にあたる主観的規範論やレビュー研究などが含まれる。これらのうち,これまでも一定の研究量があり,今日でも重要視されているのが,IS研究の研究(メタ研究)である。
一方,経験主義的研究をどのように分類するかについては,明確な合意があるわけではない。そのためIS研究者の間でも認識が多少異なるのも事実である。しかし上記のISメタ研究をみると,今日では次のような区分が主流になりつつあるといえる。すなわち,実証主義的(positivism),解釈的(interpretive),批判的(critical)研究の三つである。
実証主義研究には,実験室での実験,擬似/フィールド実験,サーベイなどが含まれ,理論検証を目的とした狭義の科学的方法をさす。計測または質問紙法によるデータサンプリングと統計分析に特徴がある。仮説の生成等に一部,質的方法を用いることもあるが,その検証は量的方法が中心となる。
実証主義研究が現実世界の現象に一定のア・プリオリな関係性が存することを想定しているのに対し,解釈的研究では,自身を取り巻く世界との相互作用の中で,主体的あるいは間主観的な意味をダイナミックに創造し,それに関わる人間存在を前提とする。その目的は検証ではなく,現象の構造のより深い理解であり,記述である。そこでは研究者自身と参加者の意味解釈が問題とされる。一般に解釈的研究には,エスノグラフィーやエスノメソドロジー,グランデッド・セオリーなどの現象学的方法が含まれる。データの収集には,実験的手法も用いられるが,インタビューや参与観察を中心としたフィールド調査が多用され,また分析には,内容分析と総称される方法や因子分析等の統計的手法も用いられる。実証主義研究と比べると,質的データが中心であり,収集・分析方法も多彩である点が特徴といえよう。
これに対し批判的研究とは,その名のとおり,現在の多様な社会システムに根ざす構造的な矛盾を暴露することによって現状を批判しつつ,それらの変革によって人間存在の開放を目指す,行動を志向した研究をいう。当初は,マルクス主義やハーバーマスなどフランクフルト学派のクリティカル・セオリーの影響を強く受け,社会批判的な要素が強かったが,今日ではそれらのイデオロギー性が薄れ,問題解決などの実践性が重んじられるようになっている。SSMやアクションリサーチは,こうした批判的研究の代表的なものである。
ISの研究方法という観点では,もう一つ指摘すべき点がある。自然科学とは異なり,自らの意志と価値観をもった人間とそれらによって構成される組織や社会を研究対象とする,社会科学における経験主義的研究にとって,事例研究(case study)が特別な意味をもっているということである。たとえば,ある種の情報システムがなぜ成功したのかを知るには,その導入企業のアンケート調査だけでは不十分である。個々の企業の取り組みや状況(すなわち事例)によって,成功要因が異なるからである。だが事例研究は通常,多大の時間と労力を要し,また結果や考察も一般化できないのが普通である。それでもなお事例研究が重要であるのは,それによってしか因果の解明をなしえないことが多いからである。このような領域では当初から,広範囲の説明能力を有する大理論(ground theory)の探求ではなく,むしろ小範囲あるいは中範囲の理論構築を志向する。一つ一つのケースを積み重ねることで,少しずつ説明範囲を広げていくのである。一般に事例研究は,質的研究や解釈的ならびに批判的研究に分類されることが多いが,量的方法や実証主義研究のスタイルをとることもある。いずれにしても,事例研究はIS研究の原点といっても過言ではないのである。
中嶋聞多(2003)“5.30 情報システムの研究
『情報社会を理解するためのキーワード :2』培風館 [180-185]から出版社の許可を得て転載します。
本稿は,情報システム学会会員である,中嶋聞多氏の著作であり,学会の統一見解ではないことをお断りします。