IS研究の特徴
著者:中嶋 聞多
1. 人間中心性
IS研究では,“システム”という概念を機械系に限定することなく,人間-機械系に拡張してとらえる点に特徴がある。個々の人間,組織体,そして社会が,情報技術を取り込みながらどのようなシステムを形成するかが問題なのであって,コンピュータや通信技術を用いてハードウェア・システムやソフトウェア・システムをどのように構成するかが問題とされるのではない。あくまで,人間,組織体,社会の側に重きをおくのである。ISが社会科学の一領域とみなされることが多いのは,このためである。
今日では情報システムの古典的な定義として著名な,Richard O. MasonとIab I.. Mitroffの論文では次のように述べられている。
情報システムは,少なくとも一人の,ある心理的タイプをもった人間によって構成される。その人物は,ある種の組織環境のもとで,問題に直面し,その解決のための根拠(evidence)を必要としているが,それはある種の表現様式を通して利用できるものである。(Mason, R. O. ; Mitroff, I. I. 1973 A program for research on management information systems. Management Science. 19(5), 475-487)
やや回りくどい表現ながら,情報システムを,人間を中心にすえた情報収集・分析・活用システムとして捉えていることがみてとれよう。また,ここに表現された,組織における問題解決プロセスとしての情報システムという図式は,その後のIS研究のあり方にも大きな影響を及ぼした。
2. 学際性
IS研究が,すぐれた問題志向的であることは多くの研究者の認めるところである。そのため,研究アプローチは多様であり,さまざまな分野の理論や方法が適用されることになる。Peter G. W. Keenは,このような研究モデルや理論・方法を得るための,すでに確立された学問分野のことを参照学問領域(reference discipline)とよんだ。その後,参照学問領域として,認知心理学,管理科学,社会心理学,記号論,OR,言語学,人類学,システム論,ソフトウェア工学,計算機科学,政治学,倫理学,人間工学,経済学,数学など多数の領域の名があげられ議論されてきたが,必ずしも一致した見解があるわけではない。
一般に,多様性は学問の硬直化に対する反芻として語られることが多い。しかし,過度の学際性の強調は,結果的に学問自体のアイデンティティを見失わせる原因ともなりうる。IS研究は,みる人によって,学際性の度合いや参照学問領域のとらえ方にばらつきがあるものの,問題志向的かつ学際的という点は共通認識となっている。
3. 実践性
Keenは,IS研究の使命を,“組織と社会における情報技術の組織的なデザイン,普及,利用,そして影響”の達成であるとしている。さらにIS研究は,“よりよい処方(prescription)を目的とし,その目指すところは,研究を通して実践を改善することである”とも述べている。Keenによれば,IS研究は,文字通りJohn Deweyのいう意味でプラグマティックなのであって,良い理論であるかどうかはその有用性にかかっており,理論の有効性は絶対的な真理の尺度で評価されるものではない。すなわち,実践に役立つかどうかが決定的に重要なのである。IS研究は確かに理論にもとづくものでなければならないが,その理論は先に述べたように,他の領域に依拠するものであってもよい。大切なのは理論が実践へと向かうことである。こうした実践をともなう研究をおこなうためには,他の研究領域からの知識を統合し,考えを取り入れるための幅広い文献を探索し,知的な品質管理ができる学問性が重要である。
IS研究は,学問と実践,あるいは研究と実践を橋渡しする枠組みを必要とする。Keenによれば,こうした枠組みこそ,理論に依拠し研究を案内するISのパラダイムとよびうるものなのである。
中嶋聞多(2003)“5.30 情報システムの研究
『情報社会を理解するためのキーワード :2』培風館 [180-185]から出版社の許可を得て転載します。
本稿は,情報システム学会会員である,中嶋聞多氏の著作であり,学会の統一見解ではないことをお断りします。