情報システム学会ISSJ会長
北城恪太郎
新たに発足する情報システム学会の会員募集に当たり,当学会の目指すべき方向と役割について申し述べたいと思います。
インターネットの世帯普及率は,平成15年末に85%を超え,人口普及率は60%を超えました。また,家庭のパソコンのブロードバンド接続も約50%に上っており,ネットワーク社会のインフラは急速に整備されつつあります。インターネットで代表される新しい情報技術が,ビジネスや市民生活に大きな変化をもたらしています。しかし,情報を活用する立場にある利用者の視点で見た場合,現状は充分満足できるものではありません。これからは,市民に優しい行政の住民サービスや,利用者の利便性を増し新しい価値を提供するネットビジネスなどのコンテンツ,すなわち利用者中心の情報システムを数多くインフラの上に充実していくことが課題となっています。
これから期待される利用者中心の情報システムは,“使いやすく,安心して利用でき,効果的であって欲しい”という利用者の要求を満足するように設計され,開発され,運用されなければなりません。その実現のためには,情報システムを,単にコンピュータを中心とした技術的なシステムと捉えるのではなく,人間活動を含む社会的なシステムであると捉える広い視野が必要になります。コンピュータ技術者だけでなく,経営学,社会学,心理学などの学問分野を超えた研究者,実務家,経営者にも参画いただき,利用者中心の情報システムのあり方や実現方法を議論する場が必要であると考え,情報システム学会の設立を準備してきました。特に,情報システムの開発実務に多忙な日々を送っている方々にこそ,こうした場に積極的にご参加いただき,不断の研究心を養っていただくと共に,他分野の人々との交流を通して自身をリフレッシュしていただくことを期待いたします。
社会に役立つ利用者中心の情報システムを実現していくためには,次の3点が重要であると考え,学会活動の主要なテーマとしたいと思います。
第一は,情報システム人材の育成です。システムエンジニアやプログラマなどのコンピュータ技術者は,年々増えていますが,利用者中心の情報システムを企画し,設計し,実現できる情報システム人材は絶対数が不足しており,それが昨今のシステムトラブルを生む一因になっていると言われています。情報システム人材には,コンピュータ関連技術をベースに,豊かな発想力,システム思考,問題発見・解決力,リスク感覚,バランス感覚,コミュニケーション力などの様々な能力やセンスが要求されます。今までこうした能力やセンスは,システム開発の実務経験を通して身に付けてきたのが実情ですが,今後は,そうした先人の体験や苦労を蓄積し,分析し,理論化して人材育成の方法を確立し,実践していく必要があります。IT立国を目指す日本にとっては,情報システム人材の増強は急がなければならない課題だと思います。
第二は,実務家と研究者の交流です。情報システムの研究は,情報システム構築・運用の実務と切り離して考えることは出来ません。情報システムを構築してきたシステムエンジニアなどの経験は,事例研究として公開し,蓄積され,理論付けられ,体系化され,再利用されていく事が理想ですが,技術者の忙しさや,システム評価の習慣欠如,企業機密などの制約があって実現しにくい状況にあります。そこで,システムエンジニアなどにとって敷居の高かった学会活動のバリアを取り除き,システム開発の事例,とくに失敗例などをもとに気軽に実務家と研究者が意見交換し,共同研究する場が必要になってきます。こうした活動によって,学問としての情報システム学の発展と,その成果のシステム構築や運用現場へのフィードバックが推進されるのだと思います。
第三は,これからの情報システムのあり方の追求です。企業における情報システム化は,作業の省力化に始まり,顧客サービスの向上,経営意思決定のためのタイムリーな情報分析に効果を発揮し,最近では,ネットワークを活用したグローバル経営の手段として期待されています。このような流れの中で,いち早く経営資源としての情報に価値を見出し,それを充分に活用した企業が成長を遂げてきました。これからは,経営者,開発者,利用者が共に満足する情報システムの位置付けを正しく評価,認識し,社会的存在としての企業に求められる情報システムのあり方を追求していく必要があります。また,そうした情報システムを開発する人材のモラルや社会的責任についても議論することが重要だと思います。
多くの方々に当学会へご参加いただいて,社会や企業団体,さらに個人生活にも貢献できるように学会を充実させていきたいと思っております。ご賛同いただける方々のご参加を心から期待しております。