情報システム学会
情報と倫理――21世紀の課題――
情報システム学会 設立総会 講演2
今道 友信 氏
2005年4月23日(記:2005.4 吉舗紀子)
<倫理の必要性>
 倫理(ethics)とは、倫理学、つまり学問であり、哲学の一環です。そして、哲学の最も基礎的な定義は、「魂(精神)の世話」というものです。肉体の世話をするためには、熱、脈拍、血圧、食欲といったものが一般的な条件になるでしょう。それに対し、魂(精神)の世話の一般的な条件としては、「正義」「賢慮」「勇気」「節制」の四つ(四大枢要徳)を挙げることができます。「正義」とは、物資が公平に分配されていること、「賢慮」とは、中庸を守ること、「勇気」とは、自ら是と信じたことをためらわずに発言すること、「節制」とは、節度を尊重することです。人類の現代的惨劇――餓死、事故死、戦死、公害死は、これらの四大枢要徳を守ることで減らすことができるはずです。
 伝統的倫理は、人間を取り巻く環境が「自然」であったときに出来上がったものです。現在の私たちは、自然と同時に科学技術の連関の中で生活していますので、伝統的倫理に加えて新しい倫理が必要なのです。

<新しい倫理eco-ethica(生圏倫理学)の必要性と現状>
 eco-ethica(生圏倫理学)とは、「人類の生息圏の規模で考える倫理」ということで、いま生きている社会のための(私が提唱した日本発の)新しい倫理学です。哲学の世界で、いま世界的にも大事にされている学問分野です。
技術連関から成る社会という新しい環境の中では、伝統的な徳目に加えて、「正確」「機操(機械操作をマスターすること)」「異邦人愛(国際性)」「安全」「危機管理」という新しい徳目を含めなければなりません。

<情報と倫理>
 20世紀前半の知識社会と、20世後半以降の情報社会は完全に異なるものです。科学的知識そのものの質的な違いはありませんが、情報社会ではずっと「速く」「正確に」伝わります。つまり、教育効果および伝達効果がまったく異なっています。
 情報社会において、情報を送る側は、「情報は情報として価値論的に等価であるか」を常に考えなければなりません。そうでないと、受け取ってはならない人が受け取ることになってしまいます。例えば、子供にふさわしくない情報を子供が受け取ることになってしまうのです。
 個人情報の守秘についても、職業によって異なるはずです。情報社会では、かくれみのを使って(他人になりすまして)悪事を働くこともできてしまいます。犯罪と善行の区別、情報活用の仕方については、情報システムに関係する人たちの間で案をつくるべきです。
 情報機器の利用によって、(例えば、売込み電話など)日常的な時間侵害が起きています。空間倫理だけでなく、(まだ意識はされていませんが)時間倫理や音の倫理についても考えるべきです。
 情報社会では、情報は記号化され(つまり、実物でない)、人間生活で最も重要なものの一つである「崇高」(偉大なるものへのあこがれ・賛美)が忘れられています。好奇心と賛美とは違います。学問は、偉大なるものへのあこがれや賛美から出発するのです。
 情報社会にあって、何が進歩し、何が衰えてきたかを認識し、新しい目的をもつという姿勢が大事です。

<結び>
 人々の本当に幸せとは「他者のために捧げる」ことです。他者のためになることを為す、と云うだけでは駄目で、具体的に徳目として人に訴えることが重要なのです。倫理とは準拠するだけでなく、お互いが創出していくものです。例えば、「忠」とは、以前はお上に対するものでしたが、いまは自己に忠実に、友人に忠実に、仕事に忠実に、と変わってきています。倫理についても、情報システムに携わる人たちが、情報社会における徳目を創出していくことが重要なのです。

以上
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