情報システム学会 メールマガジン 2013.9.25 No.08-06 [8]

連載  企業および社会における情報システムの意味を考える
第12回 ビジネス・ドリブンな情報システムの姿と人の役割 その2

大島 正善(MBC:Method Based Consulting)

1.事務作業のほとんどが情報システムによって行われることの意味と意義

 先月号では、組織活動における情報処理機能(業務におけるPDCAのほとんどのDの活動とCの活動の一定範囲の機能)が、コンピューター・システムによってほとんど代替されるだろうということを書いた。つまり、モノそのものを生産し運搬するという生産や物流・保管という行為を除くいわゆる事務作業は、ほとんどコンピューター上で行われる時代になるであろうということである。それは、もちろん仮説である。しかし、変化の激しい時代になり俊敏な経営が求められる今日そして将来の企業経営において、企業などの組織が環境の変化に適切に対応しながら事業を行うためには、情報の処理と分析力に優れたコンピューターを活用しない手はない。

 たとえば、数年前から一部で脚光を浴びているBPMS(Business Process Management System) , BRMS(Business Rule Management System) というシステムが実装されれば、変化への対応力は格段に向上すると言われている[*1]。そのようなシステムがなぜ必要になるのかということは以前書いたので、今回はそれが導入された時代になったときに、人は何をしているのかということをテーマとしたい。

 このようなことを考える基本的な発想・問題意識は、今の仕事のやり方がこのままずっと続くことはないと想定しているからである。あるいは、これからは、社内・社外を問わず、個人間のコミュニケーションの重要性が認識されることになるであろうし、古くから言われているように、人しかできない仕事(考えること、創造することなど)にもっと集中するようになるであろうという想定があるからである。

 今の仕事のやり方がこのまま続くことはない、というのは当り前の話なのだが、残念ながら日本では、企業や行政組織というところの企業風土というのはなかなか変わらないようだ。企業風土というのは、その組織だけに通じる意思決定の仕方、思考方法、プロセス、会議のやり方、コミュニケーションのやり方、あるいは、仕事のテンポなど多くの要素が混然一体となって形成されているものだ。考えてみればそれらの多くの要素は、組織における情報流の暗黙の了解事項とでも言えるものではないのか?企業風土がなかなか変わらない日本の組織では、変化の激しいグローバル競争の中で置いてきぼりにされるのではないかという懸念を払い切れない。アンゾフは、戦略は組織(風土)に従うと語った[*2]のだが、まったくそのとおりであり、経営環境が変わっているにもかかわらず企業風土が変わらなければ、戦略は市場に適合できないということになる。

 組織の情報活動において、情報システムがカバーする範囲が広がった時、商談、営業、マーケティング、商品企画、情報分析といった活動や、組織における人の役割はどのように変化するのか?今までと同じような営業活動、マーケティング、売り込み、商談などのやりかたをしているだろうか?銀行の窓口業務は今と変わらないだろうか?あるいは、市役所や区役所の仕事、あるいは、特許の申請など行政手続きは変わらぬままであろうか?年金の支給に関する法律が変わったときの厚生年金の支払いシステムを変えるのは今と同じようなやり方をしているのだろうか?そして、そのような時代の人の仕事はどうなっているのか。

 人が五感(聴覚、視覚、嗅覚、味覚、触角)から得る情報を、簡易な方法で登録(今現在、情報を登録する作業が、検索したり分析したりすることに比べ大変である)できて、すべてデータベース化できるとすると、販売業務システムは、今とはずいぶん違ったものになると思われる。今では、10年前と比べても、タブレット端末や携帯端末は、検索は勿論のこと、データの入力作業を大いに省力化するのに貢献している。そういうことを考えれば、将来、さらに簡易な方法が編み出されても驚くにあたらない。現在行われている情報行動(情報を集め、管理するために入力し、そして検索・加工する作業)には、まだ大いに改善の余地があるということだ。勿論、情報機器を扱って、情報を取り扱い管理する業務は、かつてよりも圧倒的に増えているのは間違いない。その傾向は今後、ますます増大すると思われる。

 将来、情報システムはどのような姿になるのか?それを語るには、もういちど、「業務が情報システムで実現される」ということの意味をより正確に理解する必要がある。ここで想定しているのは、ビジネス・モデルがメタ情報としてリポジトリに登録されている情報システムの姿である。それに近いことを行っているのが、BPMSやBRMSである。現時点では、そういった機能を持つ製品が複数あるが実装している機能は様々であり、ビジネス目標や戦略、事業、チャネル(仕入、販売、物流)といった要素を取り込めていないのもあるが、少なくとも、ビジネス・プロセスはメタ情報として管理されている。

 ビジネス・モデルをメタ情報として管理している情報システムは、従来のシステムとは全く違うものになる。ビジネス活動が変化して情報システムを修正しなければならなくなったときに行うことは、ソフトウェアを直接変更するのではなく、ビジネスの仕組みの情報であるメタ情報を変更するということになる。この違いがビジネス活動と情報システムの一体化を助けると同時に、人の役割に大きな影響を与えることになる。その違いは大きい。

 ビジネス・プロセスが人の頭の中や紙やofficeツールといった文書の上だけに存在するのではなく、メタ情報としてデータベースに登録され組織で共有されている。ソフトウェアは、その情報をもとに生成される。ビジネス・ルールは今でもソフトウェアに実装されているが、BRMSが実装されたシステムは、ビジネス・ルールが現実に近い抽象度のメタ情報として管理されているので、定義情報を変えればソフトウェアに反映されるようになる。現在は、ビジネス・ルールがコード・レベルで実装されている(つまり、ビジネス・ルールとは異なる抽象レベルで実装されている)だけであり、現実とは違う抽象度のプログラムのコードを直接さわらなければならない。そこでは、現実のビジネス・ルールとのギャップが存在しているので、変更への対応は容易ではない。現在は、ビジネス・プロセスを図示し、ビジネス・ルールを文章で記述し、設計という過程を経てはじめてソフトウェアに実装できる。変化への対応スピードという面でもその差は大きいと言わざるを得ない。

 BPMSやBRMSはソフトウェア開発ツールではなく、ビジネス活動の姿をマッピングしたメタモデルであるという認識を持つことが重要である。こういった認識が広まると、BPMSやBRMSというツールの本格的導入が進むと思われる。

 事務処理系の業務システムが、このような形態で実装されると、人の活動は今以上に情報システムに依存したものになる。たとえば、タブレット端末やスマホから入力した商談や受注情報が、どういったビジネス・プロセスを経て集荷・配送を経て顧客へ商品が届くのかは、BPMSに登録されている内容を見ればすぐわかるようになる。ビジネス・プロセス図や業務フローが図示されて表示され、受注番号を入力すると、注文した商品が、現在どのような状態(生産中、転送中、配送中など)なのかがわかるようになるだろう。BPMSを実装したシステムは、個々のプロセスやアクティビティの経過時間を把握することができるので、どの作業がボトルネックになっているのかも容易にわかるようになる。そのような業務の仕掛けを実装した企業とそうでない企業では、顧客サービスに大きな差が生まれるのは当然だ。

 一方、ビジネス・プロセスが情報システムに実装されるとそれは逆に制約になる恐れもある。ビジネス活動において、標準から逸脱した例外処理が発生したときの対応は十分考えておく必要がある。(たとえば、手作業優先でシステムへのデータ入力は後追い処理ができるようにしておくなど)勿論、BPMSやBRMSに登録してある業務の仕組みを変更することで例外処理を追加するというのが基本である。いずれにしろ、そういった作業は、現場に近いビジネス・パーソンが行うことになるだろう。業務部門とは別の情報システム部門がビジネスに直結した対応に関わる作業をしていたのでは、対応が後手に回ることになる。

 このような、販売活動や購買活動を行う情報システムが存在すると、企業の中の仕事だけでなく、顧客や取引先などの対応も従来とは大きく変化する。顧客がネットから情報を得て購買行動を起こすことがさらに増えるので、営業という仕事は今までよりも必要性がなくなるかもしれない。一方、マーケティングはさらに重要になる。

2.その時、人は何をしているか?

 ビジネス環境は常に変化する。変化のスピードが20年前とは大きく変わった。したがって、BPMSやBRMSを導入したから情報システムに手を加えなくてよいということはない。そのような時代では、組織における人の重要な役割として、BPMSやBRMSに登録されているビジネスの仕組み情報をつねに最新の状況に維持するということが規定されていると想定される。今でも商品情報管理や顧客情報管理、あるいは生産現場における部品情報(BOM)の管理は企業活動のベースとなる仕事になっているが、BPMSやBRMSを導入した組織では、企業活動のメタ情報を維持管理することが重要な仕事となる。ビジネス活動のメタ情報を適切に維持管理することが、経営の変化に情報システムが迅速に対応することと同義となる。したがって、そういった情報を管理する仕事はきわめて意義のある仕事となる。

 こういった作業を誰が行うのか?実はその点が最も重要なポイントとなる。現在、ビジネスの変化に情報システムが追随するために設計とプログラムの修正を行うのは、当然のことながらIT技術者である。しかし、BPMSとBRMSが導入された後のメタ情報の変更は、ビジネス・パーソンの責任となる。IT技術者がツールの使い方の支援を行うことはあるかもしれないが、ビジネス・プロセスとビジネス・ルールを理解しているのは、まさに業務を実際に行っているビジネス・パーソンだからである。

 BPMSやBRMSが導入され、組織活動の多くが情報システムによって行われる時代には、実はビジネス・パーソンが情報システムの設計を自ら行う時代になる。そのことは、情報産業という産業が、ITベンダーという企業の枠を超えて広く一般企業もその位置付けになることを意味している。現時点でも、トヨタ自動車は自動車産業なのか情報産業なのかあいまいになってきている。楽天という企業は、もっと先をいっており、流通業というよりも、むしろ情報産業の代表格のような存在となっていると理解している。

 こういった動きは、将来、情報技術や情報システムを知らなければ、普通の企業が生存できなくなる可能性があることを意味する。多くの企業が情報技術をベースとして製商品を生み出しそして販売することになる。サービスも同様に情報サービスが重きを置くことになる。商品を生産し販売する日本の将来の企業が進むべき方向を考えても、ハードウェアからソフトウェアへの転換であることは明白であることから、我が国の労働人口の多くが情報システムにかかわらざるをえない時代がやってくることを認識すべきである。

 そのような時代になると、企業などの組織で働く人たちの仕事は大きく変わる。その違いのポイントは次のようなことである。

  ・ビジネス・プロセスやビジネス・ルールの変更といった業務改善を行う時、ビジネス・パーソンが、ツールに登録されている情報を自分で変更する
  ・ビジネス活動における情報流の最適化ということを常に意識した行動を行うようになる
  ・新しいビジネスの仕組みや勝因、サービスを生み出すといった創造的な仕事に費やす時間が増加する
  ・一方、人と人との接触の機会は増え、コミュニケーションを通じて問題を確認し、改善の可能性を考える時間が増加する

 つまり、事務に関わる人の仕事は、情報の管理(世の中にあふれる正確かどうかわからない情報から適切で必要な情報を抽出し組織に取り込む)、仕事のやり方の改善やイノベーション、顧客ニーズの把握のためのコミュニケーション、ニーズの分析といった、まさに人にしかできない仕事に重点が移動するということである。まさに、ドラッカーのいう知識労働者が活躍する世界になる。そして、ビジネス環境の変化が早いので、同じ仕事をし続けることは困難になるということでもある。組織が学習しながら変化することになるので、個人も学習し続けることが求められる。若い人には、その準備が今から必要である。

 今、そのような時代に備えた人材育成の考え方と育成計画が求められている。しかしながら、日本の教育システムはそのことに気がついていないように思える。インターネットに流れる情報を見ても、問題意識のある人や組織が、今、教育システムを改革しつつあるように見えるが、根本思想・理念をどこに置くのかということについて方向性が明確ではないようだ。次回は、その点について記述することとしたい。

以上

[*1] BPMの今後10年の方向性とは?〜ビジネスの足枷とならないために情報システム担当者が考えるべきこと(http://enterprisezine.jp/iti/detail/3314
[*2] 『企業戦略論』 H・I・アンゾフ=著,広田寿亮=訳,産業能率大学出版部,1969年