前回は「場と力」と題して、オブジェクト指向の考え方に欠けている「オブジェクトの運動やオブジェクトに働く力」や、さらには「自由意志や成長のようなもの」を表現できるモデルはどのようなモデルであろうか、について少し考えてみました。
今回はそれに関連して、山本義隆著「磁力と重力の発見」を参考に、遠隔力-離れているものの間に働く力について考えてみたいと思います。
今日ではニュートンの万有引力の法則は誰でも知っています。ニュートンが発見する前にも重力というものは存在したし、ものが落下することは当然のこととしてあまり哲学の対象とはならなかったようです。アリストテレスの考えでは、例えばリンゴが落下するのはリンゴが本来いるべき場所である「宇宙の中心=地球の中心」に向かう自然な運動で、それはリンゴが持つ性質だとしました。
重力よりも磁力の説明の方に関心が向かいました。古代ギリシャ時代から磁石と琥珀の力はかなり知られていたようです。磁石は鉄を引き付け、琥珀は籾殻を引き付けます。なぜ磁石は鉄としか反応しないのか、なぜ琥珀は籾殻としか反応しないのか、離れたところにあるものに作用する不思議な力の説明に様々な仮説が議論されました。集約すると磁力についての説明は大きくふたつの考え方がありました。それは物活論と流出説です。
■ 物活論
物活論(hylozoism)とは「すべて物質は生命を有するとみなす説。」(広辞苑)とあります。
タレスは磁石には霊魂があり、それが鉄を引きつけるという運動を起こすのだと考えました。
『タレスも、人々が記録していることから判断して、もし磁石は鉄を動かすがゆえに霊魂を持つと言ったとすれば、霊魂を何か動かすことのできるものと解したように見える』とアリストテレスの書籍にあるそうです。([1] p17)
■ 流出説
万有引力が発見されて以来、離れているものの間に働く遠隔力というものが存在することは誰も疑いません。しかしそれより前の時代は、霊魂のおよばない機械的な力とは直接触れ合っているものの間でしか働かないものである、というのが一般的な考えでした。
プラトンも『琥珀や磁石がものを引きつけるというあの不思議な現象にしても、決して引力は存在しないのです』([1] p4)と、遠隔力の存在を認めず、琥珀や磁石が離れたところにあるものを引き付ける力を、目に見えない小さなものの連鎖によるものだと考えていました。
磁石は無生物であるので霊魂は存在しないと考えるなら、ではどのようにして磁石は鉄を引きつけると考えたのでしょう。
例えば視覚について当連載第12回でエンペドクレスの流出説を紹介しました。ものから様々なサイズの小さい粒子が流出してそれが目に到達してそのものの色を感じ取る、という説です。以下再掲します。
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(・・・省略・・・)
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エンペドクレスは磁力も流出説で説明します。
『磁石からの流出物は、鉄の通孔を覆っている空気を押しのけて、それらを塞いでいる空気を動かす。一方、その空気がその場を離れたとき、いっしょに流れ出す流出物のあとに鉄がついてゆく。そして、その鉄からの流出物が磁石の通孔まで運ばれると、それらの流出物がそれらの通孔に対応して適合するがゆえに、鉄もいっしょにそれらのあとについて運ばれる。』([1] p22)
■ 遠隔力
磁石が鉄を引きつけ、琥珀が籾殻を引きつけることはギリシャ時代から知られていました。離れているものを引き付ける現象の説明に霊魂説または流出説で仮説を立てました。霊魂説は動物のように自由に行動できるのは霊魂があるからであり、磁石にも力の源である何かを持っている筈であるとした訳です。流出説は目に見えない鎖のようなもので直接的力の連鎖がある筈であるとした訳です。
■ 市場のモデル
前回、人はどのようにして商品を選択するのかを、買い手と商品の間に働く引力として考える市場のモデルというものを考えてみました。この引力は必ずしも人の理性的・合理的判断だけでは決まらず、感情的に心に訴える力が大きいとしました。これを霊魂説と流出説で考えてみましょう。
(1)霊魂説
能動的に商品を選択するパターンです。買い手の心が特定の商品を引き寄せる訳ですが、その原因となる心に働く力が問題です。なぜ様々な選択肢から特定の商品に心が引かれるのでしょう。心は揺れ動き、外部の影響を受けやすいものです。
(2)流出説
受動的に商品を選択するパターンです。商品から流れ出している何かがあり、それが特定の買い手の心と反応して吸引力が起きると考えます。
人が何かを購入するとき2つの行動パターンがあります。何かが必要になって具体的商品の選択を始めるパターンAと、特に購入の必要性もないものをたまたま目について衝動買いしてしまうパターンBがあります。
パターンAは(1)霊魂説が強く働き、次に(2)流出説で商品選択に入ります。
パターンBは(2)流出説が強く働き、次に(1)霊魂説で購入に至ります。
前回はエンペドクレスの愛と憎しみによる4元素の合成と分解を取り上げましたが、今回も偶然エンペドクレスとなってしまいました。ただしモデルは前回とはかなり異なる流出モデルです。
次回もこの続きを考えて見たいと思います。
【参考書籍】
[1]山本義隆「磁力と重力の発見」みすず書房、2003
ODL ObjectDesignLaboratory,Inc. Akio Kawai