情報システム学会 メールマガジン 2012.10.25 No.07-08 [10]

連載 オブジェクト指向と哲学
第22回 場と力

河合 昭男

 前回は「オブジェクト指向の設計主義と自由主義」と題して自由主義的オブジェクト指向の限界のようなものを考えて見ました。

 今回はそのオブジェクト指向の限界を、ちょっと違った視点で考えて見たいと思います。

オブジェクト指向の限界
 オブジェクト指向は本来プログラミング言語から始まったものですが、その考え方は様々なところに適用できます。前回の再掲ですが、オブジェクト指向の考え方はひとことで言えば「自律分散協調モデル」です。その特徴は次の3つです。
 (1)世界をオブジェクトの集まりと捉える
 (2)オブジェクトは固有の責務を持つ
 (3)オブジェクト同志がメッセージ交換により協力し合ってひとつの仕事を行う

 このモデルは人間社会にも適用できるのですが、何かが足りません。何か重要な要素が欠けています。オブジェクトの運動とかオブジェクトに働く力のようなものが表現できません。前回にも述べましたが、自由意思や成長のようなものも表現できません。

不思議な万有引力
 地上で生活している人は地球との間の引力により地上に居ることができます。ジャンプするとしかるべき地点に落下します。空気抵抗を除くと、ジャンプの初期速度と方向、その人と地球の質量から着地点が計算できます。月や太陽からの重力の影響も計算しなければなりません。しかし正しく着地します。本当に計算は合っているのでしょうか?上空を飛行機が飛んでいたらそちらにも引力が働く筈です。こういう計算は誰がやっているのでしょう?自然にそういう仕組みになっている...ならば「自然」って何でしょう?
 万有引力はあらゆる質量のあるものの間に働くようです。さらに不思議なのは、重力が伝わるのにも時間が掛る筈です。ジャンプして着地する間に月も飛行機も移動します。その瞬間の距離ではなく、時間の遅れを考慮した距離で計算しなければなりません。このような複雑な計算が間違いなく、例外なく、宇宙の時間は進行しているのです。

人間系の場に働く力
 人は重力場で生活しています。その制約から逃れることはできません。人に掛る力はそれだけではありません。人の行動は不思議です。
 例えば市場という場を考えます。市場のプレイヤーは売り手と買い手で、商品とお金を交換します。例えば車の市場だとします。買い手は様々な車を比較して最終的にひとつに決定します。その人は合理的判断により、ある車をあるディーラーから購入します。この決断は客観的に見て本当に最善なのでしょうか?自分は合理的に行動していると思っていても、客観的に見れば人は案外不合理な行動をするようです。
 これを場に働く力で考えて見たいと思います。人間は当然重力場にいるので重力の影響は避けることはできません。人間系の場に働く力には2つあります。ひとつは感覚に影響を与える力、5感で感じ取れるものです。これを肉体への影響とすれば、もうひとつは心への影響です。こちらは論理の及ばないところで、不合理な行動の原因です。
 AさんはXという車に吸い寄せられます。BさんはYという車に吸い寄せられます。心に作用する引力が働いているのですが、人により作用が異なる力です。

引力と斥力
 力は万有引力のような引力ばかりではなく、磁力のように引力と斥力を持つものがあります。引き付けあう力と反発し合う力です。人間系では好き嫌いで、好きな「もの」は引き付けあい、嫌いな「もの」は反発し合います。これは人同志の関係もあれば、人と「もの」との関係もあります。さらに「もの」にも物理的な「もの」と概念があります。

 エンペドクレスは「もの」の間に働く力を愛と憎しみだとしました。次に、当連載第4回から再掲します。
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 万物の構成要素たる(デモクリトスの)原子や「水・空気・火・土」には、どのような力が働いて組み合わさったり分解したりするのでしょう?

エンペドクレスは、自然には二つの異なる力がはたらいている、と考えた。そしてこの二つの力を「愛」と「憎しみ」と名付けた。ものを結び合わせるのが愛で、ばらばらにするのが憎しみです。

 このようにエンペドクレスは物質と力を区別しました。
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 エンペドクレスは「水・空気・火・土」の間に愛と憎しみという力が働いて様々なものが合成されると考えました。この力は単に引き付け合ったり反発したりするだけでなく、新たな物質を合成したり、合成された物質を元の元素に分解することができるものです。

 それはともかくとして、これは本来人間系に働く力を、「もの」を一種擬人化してあてはめたものです。「もの」にも人間のような心があり、愛は引力、憎しみが斥力として4元素に作用して様々なものを合成したり分解したりすると考えたわけです。

 エンペドクレスの場には4元素があり、それらに引力と斥力が及ぼされますが、そのルールは万有引力のように明確な式ではあらわせません。

図1 エンペドクレスのモデル
図1 エンペドクレスのモデル

市場のモデル
 市場という場は売り手と買い手が商品とお金を交換する場です。買い手が如何にして商品を選択するのかに注目するなら、買い手と商品の間に働く力が問題になります。
 まず商品の機能や性能を理性により判断します。類似商品の仕様や価格などを理性的に比較検討します。しかし合理的判断だけで最終的に選択し購入するとは限りません。たまたまTVで好きなタレントがCMに出ていたからという理由で選択が変わってしまうこともあります。むしろよほど競合商品との違いが大きくない限り、理性的・合理的判断よりも感情的に心に訴える力で人は行動してしまいます。

図2 市場のモデル
図2 市場のモデル

 デモや反対運動、風評被害、日本のみならず世界各地の争いも、理性的・合理的判断よりも感情的な力が大きく支配しているのではないでしょうか。それに火を注いでいる人がいるのではないでしょうか?
 『子曰く、学んで思わざれば罔(くら)し。思って学ばざれば殆(あやう)し。』

オブジェクト指向+場の力
 オブジェクト活動の場というものを想定し、オブジェクトはその場でなんらかの力の作用を受けるという一般化したモデルを考えることができます。...以下、次回。

図3 オブジェクト+場のモデル
図3 オブジェクト+場のモデル
以 上

ODL ObjectDesignLaboratory,Inc. Akio Kawai