今年も7月に入り、どの山も山開きが行われ、いよいよ夏山のシーズン到来です。この季節、週末の楽しみの一つは、なんといっても山歩きです。この夏は、昨年震災があったということもあるのですが、東北の山を中心に歩いています。ガレ場が多く、名前の通り岩と木でできている岩木山、湯治場として有名な酸ケ湯(すかゆ)温泉が登山口となっている八甲田山、『遠野物語』の舞台となっている早池峰山、宮沢賢治の愛した岩手山などなど。どの山も歩くのが楽しく、魅力たっぷりです。
山登りには体力面・技術面での難しさを感じている人にも、山歩きだと、ぐんと敷居が低くなります。以前、ウォーキングの効用について紹介しました(第39 回 歩きながらのセルフ・コントロール)が、有酸素運動であるウォーキングは健康維持のための非常に優れた運動であり、さまざまな効用があります。
しかしながら、ただ歩くだけのウォーキングだと、比較的単調であるために長続きしないのが欠点だと思っています。
しかし、そこに山を組み合わせると、楽しみは大きく膨らみます。ただし、今年も5月のゴールデンウィーク前後から、残雪期の登山の事故がいくどもニュースになりました。残雪期の山は、天候が変わると、一転、冬山と同じ様相になる怖さがあります。常に天候が良いことを前提にするのではなく、天候が悪化した場合でも、大丈夫な装備や計画を立てることの大切さを再認識しました。
日本には、約2万7千もの山があるといいます。そして、そのほとんどが1500メートル以下の低山です。いきなり高い山を歩くことがためらわれる人でも、ウォーキングの延長として、低山を歩くことからはじめるのはいかがでしょうか。
山歩きにはさまざまな魅力があります。
1.美しい景色に出会える。
山頂から見る360度のパノラマはもちろんのこと、見晴しの良い尾根などから見る景色の美しさは、なんともいえません。さらに、朝晩に山にいることができれば、ご来光や満天の星空を楽しむことができます。
2.五感で感じることができる。
木々のざわめきや小鳥のさえずり、小川のせせらぎ、など、自然の音に包まれることができます。
木道や、でこぼこした変化に富む登山道、そして、落ち葉を踏む音とその踏み心地も心地よいものです。街中のアスファルトの平らな道では、決して味わえないものです。
3.動植物を楽しめる。
美しい花々、木々などの植物、鳥や小動物、トンボや蝶などの昆虫を愛でることができます。蝶に導かれて、山道を歩くことが良くありますが、楽しい気持ちになります。
4.達成感が得られる。
山頂を踏んだ時は、山の高さとあまり関係なく「登りきった」という達成感を得ることができます。また、そうでない場合でも、予定のコースを歩き通したという充実感を得ることができます。
このように、山歩きは、景色の変化も大きく、山頂での達成感もあるため飽きることがありません。
さらに下山後の楽しみとしては、
5.温泉三昧
山の麓には必ずといってよいほど、温泉があります。山歩きの前後に温泉宿に宿泊したり、下山後の立ち寄り湯でリフレッシュすることができます。
6.山の幸を味わう
蕎麦や山菜、川魚など、楽しむことができます。また、ぶどう、もも、りんご、なし、すいか等季節の果物を味わえるのも、楽しみの一つです。
次に、ウォーキングと比べた時の山歩きの効用について考えてみます。
日常生活に、「ダルさ」を感じている人でしたら、山歩きという負荷をかける運動をすることで、一種のショック療法的な効果の結果、「ダルさ」や「無気力感」の解消になると思います。山歩きを習慣化することで、生活習慣が変われば、最近流行りの「クオリティ・オブ・ライフ」を高めることができると思います。
ところで、いいことずくめに思える山歩きですが、毎年、山での遭難事故がニュースになり、また、山の事故の報道がない時の方が珍しいように、危険と隣りあわせのスポーツです。岩崎元郎さんは、『これで安心登山術』の中で、「安心登山」の心得を勧められています。
もし、低山ハイキングだから絶対安全などと思っている人がいるとしたら、そのこと自体が危ない、と指摘されています。
近郊の低山でも、滑って転べば、捻挫もするし、骨折もします。しかも、その時、もし一人なら、事態はさらに悪くなります。
だから、山歩きの前に、いくつかの注意が必要になるとアドバイスされています。
1.山岳保険に加入する。
山は絶対安全というわけではないと知ったからには、山岳保険に加入することを第一に勧められています。以前、山麓の宿に前泊した際、山岳保険に入っているからと、下山の時間を遅らせたり、山中でねん挫してヘリコプターを呼んだことを武勇伝のように話す人がいて、非常に不愉快になったことがあります。
ある山岳会には、保険に5口以上入っていないと入会を認めない、という規定があります。あくまで万一のために保険に入り、保険を使わなくてすむ山行計画を立てるべきだと思います。
2.日頃からトレーニングをしておく。
山でバテて転べばケガのもとになるので、山の中でバテることがないように、日常的にトレーニングをしておく。といっても、オフィスと自宅を往復する生活だと、なかなか日常生活にトレーニング専用の時間を取り入れることは難しいと思っています。そこで、日頃から気をつけているのは、エレベーターやエスカレーターを極力使わず、階段を利用したり、朝は時間の余裕がなくとも、帰宅時は1駅分歩くなど、心がけるようにしています。
3.よき山仲間を確保する。
山の中でトラブルが発生したら、一人ではどうすることもできなくなるので、よき山仲間・よきパートナーを確保すること。場合によっては、ツアー登山やガイド登山の利用も考えてよいかもしれません。もし良いガイドや山岳講師に出会ったら、そのガイドさんやツアー会社のリピーターになるのも一つの手だと思います。
4.良い登山用具を揃える。
晴天の穏やかな日は、どんな服装や装備であっても気にならないのかもしれませんが、天候の代わりやすい山では、天候が急変した場合でも対応できる服装や装備を揃えることが大切です。 特に、雨でびしょ濡れになったら事故や病気のもとなので、高くても良い雨具を揃えることは強調してもしすぎません。
5.技術講習会を受講する。
私自身、まだ雪山登山をしたことがないのですが、たとえ雪山登山をやりたいからといって、ピッケルとアイゼンを買ってきたとしても、道具を揃えれば雪山に登れるというものではない、と思っています。もし用具を使いこなすのであれば、技術講習会をしっかり受けておく必要があります。
以上、山歩きの魅力と最低限の注意点をご紹介してみました。山歩きをする対象の山やコースの様子を事前に理解した上で、自分の体力や技術、当日の天候を踏まえて、安心・安全な山歩きを楽しむのはいかがでしょうか。
(参考図書)
角田朋司「百名山登頂ドクターの山歩き健康法」山と溪谷社 2004年刊
岩崎元郎「これで安心登山術」東京新聞出版局 1995年刊