IT技術は近年高度化、複雑化しており、その変化のスケールはとてつもなく大きくなっている。この傾向は今後も続くと考えられるが、このような環境の中で、長時間労働による疲労やストレスを抱え、中には一時休職することが必要になり、心身の状態が悪い方向へと向かってしまうIT技術者が増加していると聞く。
19世紀の産業革命の時期に精神病者が増加したことが報告されている。この原因は、大量生産を目的に仕事の分業化が進み、それまで個人が持っていたやりがいが失われ、心理的にマイナスの状態を引き起こしたことであるとされている(*1)。IT技術の進展の中で、同様の懸念があるのではないか。産業革命時には社会は上昇傾向にあったが、現在の社会は下降の傾向にあると多くの人々が感じているであろう。これでは益々心身に不調を来す人が増加するのではないだろうか。
心理的ストレス研究の第一人者であるラザルスは、“相互交流”という表現を用いて、環境上の条件と人の特性との関係的意味を論じている。“人と環境は相互作用するが、個人のウェル・ビーイング(心の健康)にとって状況が何を意味しているのかを評価するのは人である”(p.15)とし、ここに“関係的意味が形成される”(P.15)としている(*1)。これは、社会的背景の変化は人に様々な影響を与えるが、人も社会に変化をもたらすことができ、解釈は人によってまちまちであるということを示している。これは、困難な社会的背景であっても人が働きかけることにより、あるいは、厳しいストレスの環境下でも改善の働きかけをすることや、人の受け止め方により。心身の不調の原因となるストレスを軽減することも可能であると理解できる。
現状IT技術者は厳しい環境下に置かれているが、ITの進展が社会的変化の大きな特徴の1つである現代社会では、IT技術者こそ社会をよりよい方向へ導くことができる可能性をもったかけがえのない存在である。IT技術者一人ひとりがその力を存分に発揮するためには、日々のストレスへの対処は避けては通れない問題である。社会的背景を考慮すると、今まで以上に意識して取り組まなければならない問題と言える。そこで、IT技術者が仕事上抱えるストレスの問題や陥りやすい心の病について検討したいと考えるようになった。
『ITエンジニアの「心の病」:技術者がとりつかれやすい30の疾患』(*2)では、「失感情言語化症(アレキシサイミア)」の項で、“人一倍ストレスを感じているのに、それを自分で認めなかったり口に出さないだけなのかもしれない” (p.54)と紹介されている内容にとても興味を持った。そしてTaylor著『アレキシサイミア:感情制御の障害と精神・身体疾患』(*3)を読み、IT技術者とストレスとの関連においてアレキシサイミアの特徴である以下の点が、過去のIT技術者とのコミュニケーションにおいて経験したこととの共通性を感じ、更に興味を持つようになった。
この問題を検討するに際し、IT技術者がおかれている現状を理解することから始め、ストレスとの“関係的意味”(*1)について以下で探求していきたい。
IT業界の心身不調者は他の業界と比べて多いと聞く。IT業界は“○○K”などと揶揄されることもある。新興国との競争や技術革新など、他の業界にも同様に影響がありキツイはずなのに、どうしてIT業界には心身不調を訴える人が多いのだろうか。
まず、どのくらい多いのか。思い浮かんだ疑問の答えを求めて統計資料や文献を調べてみるが、IT業界に限定したものは見当たらない。そこで某IT企業の人事担当者やプロジェクトリーダーをしている友人に「他業種の2倍くらいでどうか」と問うと頷いてもらえた。IT業界には心身不調の傾向を元々持っている人が集まるという見方がある。これは人と関わるのが苦手でコンピュータは好きという人がIT業界を志望し就職するというものである。
一方、企業のメンタルヘルスへの取り組みは、上場企業などを中心に社外の相談機関を設けるEmployee Assistance Program(EAP)の導入の動きなど、一通りの相談システムや復職のシステムを備えてきた。公益財団法人日本生産性本部による『2010年版産業人メンタルヘルス白書』(*4)では、メンタルヘルスへの産業界の取り組みについてアンケート調査により得た結果が報告されている。“管理監督者に特にどのようなことを求めていますか”、“従業員に特にどのようなことを求めていますか”の回答を、該当する項目を3つまで挙げる形式で求めた結果、管理監督者は“1位:不調者のサインの早期発見、2位:心の病に関する正しい理解、3位:過重労働の改善”、従業員は“1位:自分自身への不調感の気づき、2位:心の病に対する正しい理解、3位:ストレスへの対処、軽減”となっている。他部署や周囲の人にサポートを求めることは下位に位置していることから、心の問題に関しては従業員自身の自己管理が基本であるとの認識があるものと考えられる。しかし、ストレスへの対処、軽減を考えた場合、従業員個人の努力のみでは可能な範囲は限定されてしまうという懸念がある。
厚生労働省『平成19年労働者健康状況調査結果の概況』(*5)では、企業の取り組み状況が報告されている。“心の健康対策に取り組んでいる”とする事業所は、“全体では33.6%で、これを事業所規模別にみると、1,000人から4,999人および5,000人以上で90%を超えており、100人以上のすべての規模で6割を超えている”。心の健康対策に取り組んでいない事業所の中で、“取り組む予定はない”が51.9%であるという。同報告の定期健診の実施率は全体で86.2%であり、30人以上の全ての事業所で9割を超えていることと比較すると、心の問題への取り組みは遅れていると言える。
おそらく上記の2つの報告にはIT企業も含まれていると思われるが、IT業界に特化した調査は今のところ見当たらない。一般職種と同様のメンタルヘルスの取り組みと併せ、IT業務の特殊性などを考慮した取り組みが必要である。
私自身の経験として、ITの開発業務はキツかったという実感を持っているので振り返ってみる。私は社会人経験の20年間のうち情報システムの開発に従事したのは、前半10年間のうちの約7割で、残りの3割は情報システム化の構想づくりなどのコンサルティング業務に従事していた。後半10年間はIT以外の分野のコンサルタントとなり、開発業務からは遠ざかっていたのだが、その頃ある事情から、トラブル続きのプロジェクトのマネージャを担当することになった。情報系のアプリケーション開発で、数名のメンバーからなる小規模なプロジェクトの納品前3か月から納品までが対象だった。このプロジェクトで、どんなことが心身の負担になっていたかを思い返した。
IT以外の業務を担当している場合と比べて、労働時間が極端に長くなる。月間300時間は働き、そのため疲労は蓄積し、当時一人暮らしであった私は毎朝鏡を見るたびに、こんな姿を、私を大事に思ってくれる家族に見せないですんでよかったと思ったものだった。大小さまざまな問題が常に発生し続ける。小さな問題だと考えたもの、解決したと考えたものがいつまでも解決せず、工程に悪影響を及ぼすことがある。見落としを極力無くそうと神経質になり、後の工程に影響を及ぼさないように食い止めようとするが、すっきりと問題がなくなるということはない。そのため、会社から帰っても、就寝中でさえ課題一覧表が頭から離れないことがあった。
また、何が問題かを特定する際に、担当者の説明を聞き、不明点や納得できない点を問いただすのだが、結局は人の説明を信じるしかない。お客様にトラブルの説明を求められて、担当者の説明では埒があかない場合、間にたって翻訳者になったり、お客様のキーマンにひたすら頭を下げて回ったりする。そして開発の現場に戻れば、少しのアメと沢山のムチの提供者となる。トラブルの解決にあたり、常に感じるのは「不確かさ」であった。計画通りプログラム製作は進んでいるのか。この「計画通り」とはお客様の意向により急に変更されることがあり、無理なスケジュールを受け入れざるを得ないことが多かった。何度も変更しているうちに、お客様も作り手も何が最終的に確定されたことなのかわからなくなってしまうことさえあった。
さらに、開発環境はJavaを使用しており開発の中身により深く入ろうとして、実際にプログラミングを知ろうとして驚いた。7、8年ほど開発の現場を離れていたがこれほど難易度が高くなっているとは。昔々COBOLやWindows VBでプログラムを組んでいた頃はこんな風ではなかった。
この難易度の差を当時お客様に次のたとえ話で伝えると納得してもらえたので紹介する。昔々のプログラム開発は目玉焼きをフライパンでつくるようなイメージだった。フライパンに卵を割ってジャージャーと焼けば、形はどうあれ食べることができるものが作れる。一方Javaの世界では、目玉焼きを業務用の高性能・高機能のオーブンレンジでつくるようなものである。家庭のレンジで卵料理を作ったことのある方ならお分かりかと思うが、何もせずにそのままレンジでチンすると大変なことになる。お皿に卵を割り、スタートボタンを押して目の前で見ているとバーン!!と爆発し、オーブンレンジ内はちりぢりの卵で後始末に苦労することになる。Javaの世界での「レンジで目玉焼き」の手順は、卵につまようじで黄身に穴をあけ、温度は始め低温、そして卵の膜ができたなら高温に・・・・。温度調節、置き場所の選択、さまざまな手順を、ずらっと並んだ10数個のボタンを選んで進めていく。この例は難易度をイメージとして説明する場合の例として記したが、プロのIT技術者の方には不適切な説明であることをお詫びしなければならない。
とにかく、高度化し、難易度が高く、「見えない世界」なのであった。情報システムは「見えない」ものだからわかりにくい。担当者にも、リーダーにも、ましてやエンドユーザである業務担当者にはもっと分かりにくい。そこがITプロジェクトを困難にしている。このことがストレスの要因の1つとなり、心身に悪影響をもたらすのではないか。
このほかに、さまざまな要因が複雑に絡んでいると考えるが、近年の傾向として社会情勢の悪化やネット中心になってしまったビジネスコミュニケーションの変化などからくる孤独とゆとりのなさの2点がある。これは若手のITエンジニアが上司から与えられた仕事をPCに向かって黙々とこなしていくが、この過程では報告、連絡、相談のほとんどをPCメールで済ませてしまい、会社で仕事をしているのに孤独を感じているというようなことである。一方上司は、成果主義を背景に自身で実行する業務の成果をあげることが中心になり、部下の様子を見てそれとなく手助けしたり、部下が頼ってくるような雰囲気づくりを行うゆとりがないというようなことである。
就職を希望する文系の学生から、「IT業界は今後も発展し続けるので魅力を感じるが、IT業務はキツイらしいので・・・」と聞いた。何がどうキツイのかの回答をIT先進国の米国に求めてみる。
米国雑誌Human Resource Management 2007年秋号にITエンジニアの特集が組まれており、そこで興味深い内容を見つけた。記事名「優秀なITエンジニアのベストプラクティスとは」では、IT業務の管理者やIT技術者を対象としたグループインタビューや優秀なIT部門の管理者への個別インタビューにより調査分析した結果を示している。(*6)
まず、ビジネス界と共通して言えることとして、“優秀なITエンジニアのベストプラクティス”を“仕事中心”と“人中心”のカテゴリーに分けて示している。
(1)仕事中心
・境界をつなぐこと
・業務の効率化
・従業員参加
・教育、人材開発
(2)人中心
・関係構築
・メンタリング
・ストレスマネジメント
・仕事と家庭のバランスに気を配る
これらのベストプラクティスの整理から“伝統的なリーダーシップ理論との共通点が明らかになり、またIT独特の要求への対応が明らかになった”とし、IT独特の要求からくるIT業務の難しさとして、(1)IT業務の複雑性、(2)技術への対応、(3)IT部門の組織上の役割の3点を挙げているので以下に引用する。
(1)IT業務の複雑性
(2)技術的進歩への対応
(3)IT部門の組織上の役割
社会的背景の違いを考慮する必要がある一方で、日本の事情にもあてはまる部分があると考える。例えば、ハイパフォーマーのインタビューでは、“心も体も頑丈で、休日や夜間の出勤などの無理を聞いてくれる部下とうまくやっていくことがミソである”と語られている。予想外の仕事にも文句を言わず協力してくれるメンバーは重宝だが、こういう部下に支えられ続けることは、残念ながら今後益々難しくなるのではないか。現代社会は自分という存在をしっかりともつことが難しい時代である。この困難な状況の中で、パーソナリティ傾向は益々「頑丈さ」を失いつつある。企業によっては、頑丈なパーソナリティを育てるための「心理教育」も必要であろう。
同じ環境にいても受けるストレスは人によって異なると言われている。ITプロジェクトにはストレスはつきものであるから、IT技術者は一人ひとり自分なりのストレス対処法を身に着ける必要がある。対処法として、「仕事上の解決」「個人的感情の解決」の2つの観点から日々の問題解決に取り組む必要がある。
「仕事上の解決」とは、何度もミスを繰り返した結果、システムが停止してしまったような場合に、「気晴らしをしたら」などと勧めるのは不適当であろう。まず問題を特定し、解決を図る。そしてミスを二度と起こさないためにはどうしたらよいかを検討する、というのが「仕事上の解決」にあたる。一方、巨大地震などの自然災害では、心身の状態を良好に保つことのできる人は「個人的感情の解決」の方略を用いる。問題にただ耐えていかなければならない状況では「個人的感情の解決」が重要になる。「仕事上の解決」と「個人的感情の解決」はラザルスのストレスコーピング(ストレス対処法)の定義では“問題中心”と“情動中心”にあたる(*7)。(「情動」は日常耳慣れない用語であるが、心理学ではemotionの訳語として用いられることが多い。単に感情を示すものではなく「心の中からわきあがってくるもの」というニュアンスが強いように思う。)
米国雑誌Human Resource Management 2007年秋号(*8)の特集記事「技術の向上、ストレスとの戦い」では常に最新技術に追いついておくために生じるストレスとは何かについて、事前に用意した質問紙を元に14人にインタビューした結果をまとめている。IT技術者が、技術の変化に追いつこうとすることによっておきるストレスと、技術的に陳腐化してしまうことへの恐れにどのように対処しているのかを検証したものである。
ラザルスとフォークマンによる“心理的ストレスモデル”では、ストレス反応は、“ストレッサ―そのものではなく、ストレッサ―に対する認知的評価と対処によって決定される”としている(*7)。ストレッサ―とは心理学用語で、日常的に使われている「ストレス」と同義である。このインタビュー調査によって得られた“ストレッサ―に対する認知的評価”により、3つのグループに分かれるとしている。
技術の最新化について「ポジティブ」に認識する人は、技術が好きな人であり、新しいことを学ぶことを楽しむので脅威を感じないが、「ネガティブ」に認識する人は、新しい技術を習得しなければならないことを戦闘であると表現しており、“戦争には多くの戦闘があり、一つの戦闘に勝利したからといっても戦争に勝てる保証はない。勝っても負けても極度の疲労を伴うという意味を含んだものである”という。
中間のグループにも同様に戦闘という言葉を用いた人がおり、“戦闘のうちのいくつかは戦う価値があるが他はゲーム全体の目的のために犠牲にすることができる”と「ネガティブ」の人が用いた場合と異なる意味で用いているとする。戦闘という言葉を用いる人が、ネガティブ、中間の両方のグループに存在することから、IT技術者がIT技術の最新化のために過酷な状況下に置かれているということが伝わってくる内容である。
次に、ストレスの対処であるストレスコーピングについて、ストレスレベルにより「低ストレス(ストレスを適度に感じる)」「中間」「高ストレス」の3つのグループに分けて分析し、コーピング戦略の選択の違いについて示している。
高いストレスのグループのインタビューからコーピングの努力を妨げているとする3つの要因の1つは、“wishful thinking”(希望的観測)で、“現実の状況に対処する際に、個人の能力を高めることにつながらないため、不適当な対処である”とする。2点目として、“ただ1つのコーピング戦略にたよることは逆効果である。情動中心と問題中心の両方を用いることが、ストレスフルな状況において個人のメンタルヘルスを維持するためには重要である”ということである。例えば、“否定派のDは、技術的なアドバイスを人からもらうが、愛する人からのサポートは求めなかった。この人物は情動中心のコーピング戦略に欠けていると考えられる”。3点目として、“情動中心のコーピング戦略に頼りすぎることは、状況判断のための能力が低い”というものである。
対処についてもう1つの指摘は、“情動中心と悲観的なパーソナリティとの間の高い相関”であり、“悲観的であることは、個人が努力しなかったり、否定的な結果を予想したりすることにつながる人格特徴である”。
次に、この調査のまとめにおいて、“IT技術者とIT技術者が技術的に陳腐化しないようにすることの関係を複雑にしているのが、ITの職務内容の多様性である”と指摘している。いざ転職となった場合に自分がプロフェッショナルとして通用するのかどうかという確信が持てないというIT技術者の不安は米国でも共通である。
加えて、IT技術者の専門的知識の蓄積においても、同まとめにおいて指摘がある。
このインタビュー調査において、悲観的なパーソナリティとの関連以外にストレスを検討する際に重要であるパーソナリティ傾向との関係についてはふれられていない。また、最善または最悪のコーピング戦略の組み合わせについてもふれられていない。結局は自分にあった組み合わせを自分で探す必要があるようだ。これは人生のステージによって状況に応じて変化させていく必要があるので、これには人生の課題として取り組む覚悟が必要である。
ストレスに対処することについて検討する際にはその人が打たれ強いかどうかというパーソナリティとの関係について考慮する必要があるとラザルスは指摘している(*1)。“対処する資源(個人がストレッサ―に直面した場合に対処するために持つ手段、例えばサポートシステムやサポートを利用する能力など)に関連するものなどパーソナリティの特質のいくつかは、ストレスの有害な影響に対抗する効果をもっていることが知られている” (p.69)として、以下の7つを例に挙げている。
最近米国において、仕事をする上で重要な能力の1つとして、Emotional Intelligence(感情知性)に注目が集まっている。これは感情にさらされる仕事(医師や看護師などの医療関係者など)が共感疲労や2次的PTSDにみまわれることが問題視され、この回復および予防として取り組まれているものである。自分の感情に気づく能力や感情を言葉にする能力を高めるためのトレーニングが効果をあげているという。
Emotional Intelligenceは1920年にThorndikeがIntelligenceをMechanical、Abstract、Socialの3つのカテゴリーに分け、Social Intelligenceを人とうまく付き合うための能力であるとしたことに始まるとされる。学術的には新しい概念で定義は確立されていないが、Guus L. van Heckら(*9)によりストレスとの関連での研究が進められており、Emotional intelligenceとストレス、そして精神疾患との関係性が指摘されている(p.113)。
現代社会において、若者たちのコミュニケーションは「ほどよい距離感」を必要とすると言われている。大学生から聞いた話だが、友人から携帯メールを受け取ったらたとえ授業中であっても5分以内に返信するが、面と向かって正直に気持ちをぶつけあったり、一緒に涙を流して喜び合うような経験をすることが少ない人が多いという。この大学生たちが社会に出て上司から面と向かって叱責を受けたら・・・・。次の日には叱責を受けた本人が出社拒否、この「空気を読んだ」同僚も出社拒否するような事態が起こりうる。
IT業務の難しさがどのようなものであるかを検討すると、すぐには「変えられない」こともあるが、努力すれば「変えられる」こともあると考える。努力すれば「変えられる」ことを日々増やしていきたい。企業は組織としてIT技術者のストレス対処能力を高めるための取り組みや定期的なストレスチェックの仕組みを備えることが必要である。近年のパーソナリティ傾向を考慮したリーダーシップトレーニング、若手向けの特別プログラムなどの企画が考えられる。
これらの取り組みも重要だが、やはり日々の健康管理が肝心である。心と身体の健康チェックを専門家でない人がどこまでチェックできるかという問題はあるが、プロマネの方には、ご自身とメンバーの心と身体の変化に気を配ってほしい。例えば、プロマネの中にはすでに実践されておられる方もいると思うが、進捗報告と併せて個々のメンバーが発言したり、他のメンバーと言葉のやりとりをする機会を毎日作り、日々の心と身体の変化に気を配ってほしい。これらのやりとりは対面して行うことが基本である。本人が気づいていない無意識の変化が読み取れることもある。深刻な事態を招かないよう、一歩手前でできることはあると考える。深刻な事態になると本人が「助けて」と声を上げることができないこともある。例えば、何か月も休養らしいものをとらず働き続けているのに、追加で困難な仕事が発生し断ることができず、「ああもう無理だ」と心が叫ぶ。その声に耳を傾けることができないと、次の日には体が重く出社できなくなる、ということは誰にでも起こりえる。
組織の内外にメンターを持つことも有効である。仕事上そして感情面で信頼のおける人物と定期的に接触し、自分なりのサポートシステムを築いておくのである。耳触りのよいことではなく、時には厳しいことも言ってくれ、いざというときには公私ともに助けになってくれるような人物を探すのである。
心のうちは、「見えない」もので、周囲も本人も気づかないうちに変化が起こることがある。だからこそ、心の問題には、これまで以上に意識的に取り組む必要がある。まず、内面からの訴えに耳を傾ける時間、ゆとりを持つことが必要である。そして、年齢と共にパーソナリティも変化し、人生の各ステージには自ら取り組むべきさまざまな課題が待ち受けている。分析心理学では、これらの課題に取り組むプロセスを「個性化の過程」として“一生続く意識と無意識との間の対決・変容・折り合い探しのプロセス”であるとして重視している(*10)。人生上の課題に適切なタイミングで取り組めば、人生はより豊かなものとなるが、無意識から発せられるメッセージに気づかないでいれば破たんを来す危険をも孕む。
何かに呑み込まれ、万が一何もかもが苦痛と感じ、何をしても無駄であるように感じることがあったら、あなたは必ず誰かに必要とされているかけがえのない存在であるということを忘れないでほしい。
引用・参考文献
http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/saigai/anzen/kenkou07/index.html