情報システム学会 メールマガジン 2012.2.25 No.06-11 [10]

連載 プロマネの現場から
第47回  「やる気」 を出す法

蒼海憲治(大手SI企業・金融系プロジェクトマネージャ)

 「やる気」の源泉は、自分の内面にある。だから、外発的動機付けよりも、内発的動機付けの方が、より重要で強力であるというのが、前回の結論でした。

 マズローの欲求階層説には後日談があります。欲求階層説は、人間の欲求は5つの階層にわかれており、生理的欲求、安全欲求、所属と愛(親和欲求)、承認欲求、そして、自己実現という下位から上位へ順番に満たされていくというものでした。ところが、当のマズロー自身は後になって、この階層を逆転させるべきだったと悔やんでいた、といいます。事実かどうかはわかりませんが、興味深い話です。安心や安全が確保された現在においては、自己実現という内面のエネルギーを基にした方が、より遠くへどこまでも飛んでいけるのだと思います。

 「やる気」を出す法にこだわっていながら恐縮ですが、一番いいのは、「やる気」が自然にわき出てくる状態です。最終的には、各人の内発的動機付けによることこそ強力で、かつ持続性があるのは、間違いありませんが、日々のプロジェクトの現場においては、自分も含めて「やる気」が出るまで待っていられないので、何らかの手段を考える必要があります。
 では、どうすればよいのか?

 「やる気」の引き出し方、「やる気」のある状態を考えるにあたって、その裏返しとして、「やる気」のない・「やる気」が出せなくなる状態を考えてみたいと思います。

「やる気」のない状態を、具体的に挙げてみると・・

 ・やりたくない。
 ・やらなくても困らない。面倒くさい。
 ・やる意味がないと思っている。目的がわからない。
 ・やらされ意識
 ・周りが悪いのでできない。あれが悪い、この人が悪いからやりたくない。
 ・目標を見失っている。希望がない。
 ・目標・目的が高すぎる。やってもやっても終わらない。先が見えない。
 ・目標・目的が低すぎる。
 ・マンネリ。煮詰まっている。
 ・人と比べて卑下する。落ち込む。コンプレックスを持つ。
 ・体が疲れている。心が疲れている。
 ・目が死んでいる。
 ・やる気が出るのを待っている。
 ・じっとしている。動かない。
 ・力をセーブしている。セーブしているうちにやる気がなくなっている。
 ・充実感がない。
 ・自信がない。できる気がしない。

 そもそも、「やる気」がない、といっても、何らかの理由があって「やりたくない」状態から、「やらなくても困らない」状態、そして、心身ともに疲弊しているため、「やる気」が出せない状態までさまざまです。

 一方、「やる気」がない状態を、ある状態にするためにはどうすればよいか。ただ漠然と「やる気」が出ないと思っているかぎり、「やる気」は出ることはありません。

 「やりたくない」のであれば、その理由を個別、具体的に考えてみる必要があります。そもそも、やる必要がないのであれば、すっぱりやめてしまう。そうでないのであれば、取り組むべき課題や目標の目的・意味が何なのか、またその重要性を再考してみることが必要だと思います。納得づくで、腑に落ちるかどうかが大切だと思いますが、そうでない場合であれば、腹をくくってやると決めるかどうかが必要になります。

 人のせいにするのをやめる。周りの人や環境が悪いから、制約があるから、「やる気」が出ない場合があります。そんな時は、その制約がなかった時にできることを、いまの自分はしているだろうか、と自問自答してみることが必要だと思っています。もし、「やらされ意識」でいるのであれば、目的や目標と自分との関係をコミットできるようになるまで、理解しなおすことが大切だと思います。

 やる必要がない。現状で満足している人を動かすのは、至難のわざだと思います。自分より優れた人を再認識することで、まだ思っているレベルに達していない、まだ何かが欠けている、という気持ち、「成長へのハングリー精神」の有無が大きいと思います。

 目的や目標については、大きく2つの考え方があると思っています。
 1つ目は、目的や目標の実現に向けて推進していく必要がある場合、個人としても、チームとしても、その目標を明確にすることが重要です。そして、その目標が、個人やチームの実力に対して、高すぎず、また、低すぎない目標であること。また、日々の活動に対して、目標とのギャップを把握し、活動方針の継続・改善のフィードバックが行われる必要があります。
 2つ目は、人を動かす動機は、目的や目標だけではないことを知った上で、自分にふさわしい「やる気」を手に入れることです。

 金井壽宏・高橋俊介さんの『キャリアの常識の嘘』(*1)によると、人を動かす動機には3つの種類があるといいます。

 1.上昇系動機(影響欲、支配欲、達成欲、競争心、賞賛欲・・)
 2.人間関係系動機(社交欲、感謝欲、理解欲、主張欲・・)
 3.プロセス系動機(自己管理欲、抽象概念思考、切迫性・・)

 つまり、目的や目標に向かって邁進するというのは、上昇系動機の人に対しては、YESかもしれないが、それ以外の人にとっては、NOかもしれません。
 目の前の人や仕事に没頭できれば満足という人は、目標のため、などと考えず、ひたすら仕事の充実を図ればよい。それは、上昇系動機の人にとっても必要なことになります。

 大きすぎる目標の前に、やってもやっても終わらない。先が見えないために「やる気」を失うという状態に対しては、システム構築プロジェクトにおいては、WBS(Work Breakdown Structure)の策定にかかっていると思います。WBSの最下位レベルのタスクであるワークパッケージのスケジュール線の描き方です。標準レベルのエンジニアが1週間働いたら、それがスケジュール上の進捗として表れるレベルまでブレークダウンする必要があります。
 また、成果物を明確にして、WBSで個人毎のタスクを規定し、一人ひとりのエンジニアにコミットしてもらうことで、個人の「やる気」への依存度を減らすことができると思っています。
 特に、開発工程であれば、朝夕にWBSをベースにした進捗管理を行うことで、進捗阻害要因となっていることを、チームとして共有化し、言いだしっぺが損をしないように、解決していくこと。そうすることで、「やる気」に依存しないプロジェクト運営が、ある程度可能になります。

 マンネリや煮詰まり感によって、「やる気」が落ちていると感じたら、人に会うことも、一つの有力な方法だと思います。社内・社外の人と会う。外部のセミナーに顔を出す。旧友や恩師に会う。すると、会った後、でかけた後、勇気がもらえたり、元気になっていることに気づきます。また、それまで思いつめていたことを客観視できることもあり、新しい方向性に気づくことが多いです。
 特に、自分の「成長」の可能性に気づくことができれば最高だと思います。「上には上がいる」と知り、自分の至らなさに気づき、「成長へのハングリー精神」を持つことが大切です。

 人と比べない。比べるのであれば、昨日の自分、一年前の自分と比較して、成長度合いをフィードバックする。

相対評価ではなく、絶対評価をする。イチロー選手が、打率ではなく、安打数を目標にしているように、日々積み上げられる目標を持つ。

 自分に負けたと感じるのは、仕事などが上手くいかなかったにもかかわらず、余力を残したまま眠る夜だといいます。「やり切る」「出し切る」ことが、明日の「やる気」につながります。

 また、心身ともに、また心身いずれかが疲労・疲弊しているのであれば、疲れた身体に鞭打てるのは、一時的な期間にすぎないと認識する必要があります。そんな時は、熱いお湯につかって、睡眠をたっぷりとることだと思います。
「疲れた人は、しばし路傍の草に腰をおろして、道行く人を眺めるがよい。人は決してそう遠くへは行くまい。」というツルゲーネフの言葉を思い出して、一晩ぐっすり寝て、頭をすっきりさせてから今後の取り組みを考える方がよいと思っています。

 ところで、「やる気」を迎えに行く方法として、体の使い方がポイントになりそうです。

 ・じっとしていない。席に座ったままをやめる。近頃とんと聞かなくなりましたが、「廊下トンビ」(用がなくても廊下を歩いたり、他の部屋にはいって人と対話する)になってみる。
 ・歩く。車に乗るのをやめ、エスカレーターの代わりに階段を使う。胸を張って、堂々と、速足で歩く。ウォーキングの効用で、身体を動かすことで、気分を切り替える。
 ・雑用や掃除をてきぱきとしてみる。
 ・声を出す。挨拶や会議・打ち合わせで発言する。会議を主催してみる。
 ・光を浴びる。血液は外の明るさに反応して目を覚ます。できるだけ光を浴びることで、体と頭を目覚めさせる。

 最後に、年齢を言い訳に「できない」「やる気」がでないという人に対しては、熱気球で世界一周をしたリチャード・ブランソンさんのお祖母さんの話が刺激になるかもしれません。

≪私の祖母は人生を最大限に生きた。

 89歳という年齢で、ラテンアメリカ社交ダンス試験に合格した。
 これは英国で最高齢の記録だった。
 また、90歳のときにはゴルフでホールインワン最高齢記録を打ち出した。
 祖母は学ぶことをやめなかった。

 90歳台半ばになったから、最後まで読み通せる人の少ない、
 スティーブン・ホーキング博士の著書『ホーキング、宇宙を語る』を読みきった。

 99歳でこの世を去る直前、祖母は世界一周の船旅に出た。≫(*2)

 目的や目標を目指して頑張ることも大切なことですが、それ以上に、昨日の自分と比べて成長し続けようという気持ちと取り組みこそが大切なのだと思っています。

(*1)金井壽宏・高橋俊介『キャリアの常識の嘘』朝日新聞社、2005年刊
(*2)リチャード・ブランソン『やればできる 人生のレッスン』訳・嘉山由美子、トランスワールドジャパン、2006年刊