先月2011年10月5日、アップルの創業者であったスティーブ・ジョブズ氏が亡くなりました。ジョブズの死を踏まえ、伝記作家のウォルター・アイザックソンによるジョブズの伝記、『スティーブ・ジョブズ』(*1)が世界同時発売されました。2004年、アイザックソンは、ジョブズ自身から伝記の執筆を依頼されたといいます。その時、ジョブズのガンとの闘病が始まっていたのですが、事情を知らないアイザックソンは、時期尚早ということで断ります。2009年、ガン再発によりジョブズが休養したことで、最終的に引き受け、ジョブズに40回余り取材を行ない、この伝記は書かれました。
これまで職場ではDOS/V機のパソコンを利用する一方、自宅では、DOS/V機だけでなく、アップルのパソコンや数千曲の音楽を持ち運べるiPod等を愛用し、またアニメ映画『トイ・ストーリー』シリーズに感動したこともあり、こういう魅力的な製品を作り出すアップルやピクサー、そして2つの会社のCEOであるジョブズに関する関連本を折に触れ手に取ってきました。
ジョブズが生後すぐ養子に出されたことは、スタンフォード大学の卒業式の祝辞で本人の口から語られたこともあり、よく知られていますが、伝記では、養父母と過ごした幼少期の生活、特に養父の背中にエンジニアとしての生き方を最初に学んだこと等、これまで深く書かれることのなかったことが紹介されており、ジョブズのルーツを垣間見ることができます。
ジョブズは、6つもの業界・・パーソナルコンピュータ、アニメーション映画、音楽、電話、タブレットコンピュータ、デジタルパブリッシング、これに小売店を加えれば7つになりますが、これらの業界に革命を起こしたクリエイティブなアントレプレナーであった、といいます。
その一方、それらを実現するため、ジョブズは、何から何までコントロールしなければ気がすまない完全主義者、エリート主義者、社員にとって厳しいボスであったという指摘もあります。
ジョブズの人間性には、大きな魅力とともに、さまざまな欠点があります。ジョブズ像の一例は、「独裁者」「冷酷」「鬼上司」「人をこき使う」「能なしはクビ」であり、軽蔑的で、怒りや暴言を並べ立てている中傷的な記事が多くあるのも残念ながら事実です。(*2)
アイザックソンの見立てはこうです。
でも、アップルを倒産のふちから救い、ビジョンを示し、新しいイノベーションの製品を次々に送り出してきたのはジョブズに他ならない、といいます。
優秀なエンジニアやマネージャとしてよりも、ビジョナリー、イノベーターとしての卓越さに注目すべきなのだと思います。カーマイン・ガロ『スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション』(*3)は、ビジョナリー、イノベーターとしてのジョブズ像に焦点を当てて論じています。
ジョブズが他のリーダーと違うところは何か?
ロブ・キャンベルによると、
「ビジョンがあるところです。地平線の向こう側を見ることができるのです。」
ジョブズのビジョンは、
「僕らは、まず、普通の人にコンピューターを届けようと考えた。
そして、想像もしなかったほどの成功を収めたんだ。」
イノベーションが目的とするのは、クールな製品やクールな技術をつくることではなく、人々を幸せにすることである。
コンピュータをつくっているが、会社が掲げるビジョンは、人々の暮らしをよくするツールをつくるというものだった。ジョブズとともに仕事をすると、ジョブズにかかると不可能などないと思わされてしまう「現実歪曲フィールド」という現象に引きずり込まれてしまう、といいます。
ややもすると、目的のためならどのような事実でもねじ曲げる熱意がある一方、メンバーの力を最大限引き出すことで、最初不可能だと思われたことが実現できてしまいます。
そのため、だれかが決断をくださなければならず、また限られた資源を自分たちが得意とする少数のプロジェクトに集中させる必要があれば、ジョブズは「独裁者」にもなり、「鬼上司」にもなります。ジョブズの周囲では現実が柔軟性を持つ。誰が相手でも、どんなことでも、彼は納得させてしまう、といわれました。
厳しいマネジメントとともに、それを可能にするのが、ビジョンの存在でした。
ビジョンはイノベーションを推進し、避けきれない挫折の瞬間にもエネルギーレベルを保ってくれる、といいます。
「人生では時折、レンガで頭を殴られるようなこともあります。それでも自信を失わないことです。」(*4)
優れたリーダーが魅力的なビジョンを掲げ、卓越さを求めたとき、プロジェクト・チームは思いもよらないほどの力を発揮します。
ところで、イノベーションを可能とするものは何なのでしょうか?
ジョブズはこういいます。
「金だけでもダメ、技術の才能だけでもダメ、とびきりの器材だけでもダメ」(*4)
「多くの企業は、すぐれた技術者や頭の切れる人材を大量に抱えている。
でも最終的には、それを束ねる重力のようなものが必要になる」(*4)
重力とは、才能や努力ではない。
ジョブズは、他の人から仕事を横取りした、といわれています。マッキントッシュ開発プロジェクトのプロマネだったジェフ・ラスキンは、ジョブズにプロジェクトを乗っ取られます。しかし、退職後、ラスキンはキャノンで自分の理想のマシン、キャットを作りますが、それは、マッキントッシュとは異なり、成功を収めることはありませんでした。
「スティーブが図面を描くことはなかったわけですが、彼のアイデアやインスピレーションがなければあのデザインは完成しなかったのです。正直なところ、スティーブに教えられるまで、コンピュータが『親しみやすい』とはどういうことなのか我々にはわかりませんでした」(テリー・オヤマ)(*1)
ジョブズにとっての「重力」とは、「製品」であり、ジョブズ自身であった。
リーアンダー・ケイニー『スティーブ・ジョブズの流儀』(*2)の「スティーブに学ぶ教訓」によるとこうなります。
そして、製品の中でも、とりわけデザインに注目します。
最後に、ビジョナリー、イノベーターと、そうでない人の違いは何でしょうか?
ビジョナリー、イノベーターになるためのジョブズ自身の言葉があります。
それは、「関連づける力」である、と。一見関係がないように見えるさまざまな分野の疑問や課題、考えを上手につなぎ合わせる力を持つこと。
「創造力というのは、いろいろなものをつなぐ力だ」
分野が異なる人々とのつきあいを増やせば増やすほど、画期的な着想をもたらす「つながり」をみつけやすくなる。
「前を見ても点と点を結ぶことはできません。後ろをふり返らないと点と点は結べないのです。点はいつかつながると信じる必要があります。」
ビジョンを持ち、情熱を持って日々イノベーションに取り組むこと。それは、大きな組織であれ小さな組織であれ、どんなプロジェクトにおいても必要とされているリーダー像なのだと思います。
(*1)ウォルター・アイザックソン『スティーブ・ジョブズ1・2』訳・井口耕二 講談社 2011年刊
(*2)リーアンダー・ケイニー『スティーブ・ジョブズの流儀』訳・三木俊哉 ランダムハウス講談社 2008年刊
(*3)カーマイン・ガロ『スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション―人生・仕事・世界を変える7つの法則』訳・井口耕二 日経BP社 2011年刊
(*4)桑原晃弥「スティーブ・ジョブズ名語録」 (PHP文庫)