システム開発の現場においても、メンタルヘルスが重要であることと、その対策の一つとして、「ぼやき」の効用があることを以前取り上げました、今回は、ストレス解消や発散からもう一歩進んで、打たれ強さについて考えてみたいと思います。
打たれ強さに必要な条件を考えるにあたって、アーロン・アントノフスキーの『健康の謎を解く』(*)という本にある「首尾一貫感覚(sense of coherence :SOC)」という考え方を紹介します。本書の中で、アントノフスキー氏は、健康を、病理志向ではなく、健康志向で捉えようと試みられています。この健康生成論という立場では、私たちが成長し続けるためにこそ、メンタルヘルスが必要であるということになります。
究極のストレス状況に身を置きながら、生還した人々への調査を通してわかった生き延びた人々に共通した特質は何であったのか?
その調査結果から導き出された結論になります。アントノフスキー氏の調査した究極のストレス環境とは、ナチスの強制収容所であり、調査対象者は、そこからの生還者でした。そこでわかった生還者の共通した特質とは、「首尾一貫感覚」と呼ばれるものでした。
首尾一貫感覚とは、「人に浸みわたった、ダイナミックではあるが持続的な確信、すなわち、自分の内的・外的な環境が予測可能であり、また、ものごとが適度に予測されるばかりか、うまく運ぶ公算も大きいという確信の程度によって表現される、世界(生活世界)規模の志向性のことである」と定義されています。
この首尾一貫感覚は3つの要素により構成されるのですが、それは、
・把握可能性(comprehensibility)
・処理可能性(manageability)
・有意味性(meaningfulness)
の3つの感覚から成り立っています。
「把握可能性」とは、「人が内的環境および外的環境からの刺激に直面したとき、その刺激をどの程度認知的に理解できるものとして捉えているかということである。・・
把握可能感の高い人は、将来出会うことになる刺激が予測できるものと考えている。少なくとも、たとえそれらが突然にあらわれたとしても、秩序だった説明がつくものと考えている」といいます。
2つ目の「処理可能性」とは、「人に降りそそぐ刺激にみあう十分な資源を自分が自由に使えると感じている程度」と定義します。ここでいう「自分が自由に使える」とは、自分の統御(コントロール)下にある資源だけでなく、その人が頼れると感じて信頼している正当な他者(legitimate others)−配偶者、友人、同僚、神、歴史、集団の指導者、医者など−によって統御されている状態を指しています。
「高い処理可能感をもっているかぎり、自分が出来事の犠牲になっているとは感じないだろうし、人生は自分に不公平だとも思わないであろう。人生には困難なことが起こるものだが、それらが起こったとしても、そういう人は、対処することができ、いつまでも悲嘆にくれたりはしないだろう」といいます。
3つ目の「有意味感」とは、「人が人生を意味あると感じている程度、つまり、生きていることによって生じる問題や要求の、少なくともいくつかは、エネルギーを投入するに値し、かかわる価値があり、ないほうがずっとよいと思う重荷というより歓迎すべき挑戦であると感じている程度のことである。
・・不幸な経験が課されたときにも、その人はその挑戦をすすんで受けとめ、それに意味を見いだそうと決心し、尊厳をもってそれに打ち勝つために最善を尽くすだろうということである」といいます。
当然のことですが、首尾一貫感覚の3つの構成要素がすべて高い人はストレスに強いことは想像の通りです。
ところが、非常に面白く思えたのは、特定の構成要素が高くとも、この3つのバランスが崩れている人と、3つの構成要素がすべて低い人とを比べた場合、後者の方が安定しており、ストレスに強くなるという結果が出たといいます。
人が成長するとき、つまり仕事のスコープを広げたり、難度の高い業務に取り組もうとすると、3つの構成要素の成長度合いが必ずしも同じではないため、3つのバランスが崩れ、首尾一貫感覚が不安定になります。
しかしながら、人は、この首尾一貫感覚と成長の関係において、
安定→(成長)不安定→安定→(成長)不安定→安定
のサイクルを通して、成長することができるし、また、この過程を経ない成長はありません。したがって、人が成長するためには、このサイクルを回す必要があります。
一般的に、思春期は心と体のバランスを欠くために不安定になるため、親や教師などのケアが必要になるといいます。それと同じように、新人や若手メンバーにも首尾一貫感覚のバランスのケアが必要になるし、SEは年とともに成長し続ける必要があるとしたら、SE人生を通して常に必要となるのだと思います。
したがって、成長・不安定の時期に、サポートしてもらえる人間関係を作っておくことが非常に重要になります。打たれ強さは、個人一人の精神力の強さによるのではなく、高いストレスの環境においても、自分を支えるメンターやチームを持っているかに大きく依存しています。プロジェクトにおける日頃のチーム・ビルディングに投資する価値はここにあると思っています。
打たれ強さには、首尾一貫感覚の3つの構成要素、把握可能性・処理可能性・有意味性を高めるように心がけるとともに、この首尾一貫感覚のバランスが不安定な時期をサポートするチーム作りの両輪が必要だと考えています。
(*)アーロン・アントノフスキー『健康の謎を解く―ストレス対処と健康保持のメカニズム』訳、山崎 喜比古&吉井 清子