情報システム学会 メールマガジン 2011.8.25 No.06-05 [8]

連載 プロマネの現場から
第41回 適切な 「疲労」 コントロール・・大息を抜くこと

蒼海憲治(大手SI企業・金融系プロジェクトマネージャ)

 先日、危機管理・・クライシス・マネジメントを集中的に学ぶ機会を得ました。プロジェクト・マネジメントの実戦的な推進にあたって、このクライシス・マネジメントの視点や具体的な取り組み内容から大いに学ぶことがあると思っています。

 プロジェクト管理においても、「クライシス・マネジメント」に似た用語として、「リスク・マネジメント」がありますが、危機管理の第一人者である佐々淳行さんの定義(*1)によると、クライシス・マネジメントの方がよりシビアなマネジメントを要求されるといいます。
 両者の違いをみてみると、リスク・マネジメントの特徴は、損得で判断され、先例があることが多く、やり始めて利あらずとなればやめるという選択肢があります。また、ヘッジ、保険がかけられるケースも多い。一方、クライシス・マネジメントの特徴は、人間の生死や名誉に関する問題や組織の存亡に関わる問題であり、先例がないケースが多い・・いわゆる「想定外」。こちらがやめたくてもやめられず、突然起こり、否応なく対処させられて、終わるにも自分の意思では終われない性質のものです。始まった時間から、すでにプラスではありえず、マイナスがどんどん進行していきます。そのマイナスをいかに小さく食いとめるかの作業となります。
 つまり、「リスク・マネジメント」が、基本的には予測ができた危機に対する予防措置および危機が万一発生したときの被害軽減措置をあらかじめ講ずるのに対して、「クライシス・マネジメント」は、現実に発生した重大な危機に対する緊急事態対応である、といえます。

 この危機管理における要諦・・それは、危機管理時のコミュニケーションのあり方、陣頭指揮の取り方やクライシス・マネージャのリーダーシップであり、リーダーの人間性のあり方等にあります。
 この危機管理やクライシス・マネージャの姿は、プロジェクト・マネージャとしても大いに参考になります。システム構築プロジェクトにおいても、本番直前の24時間連続稼動の運用テストや、本番移行から初回・初物稼動が終了するまでの数週間から数ヶ月間は、トラブル発生時に即応するための臨戦態勢をとるため、そこでの対応体制や対応方針、対応にあたってのプロジェクト管理の再点検の契機になります。また、クライシス・マネジメントのシビアさは、コストや要員・体制面での制約はありますが、積極的に取り入れるべきことだと思っています。

 数々ある危機管理の要諦の中で、最近、個人的にお疲れ気味・・のせいか?!、目にとまったのは、「疲労」に対する管理のあり方についての説明でした。今回は、この「疲労」の適切なコントロールのためにプロジェクト管理においても取り入れるべきことを紹介します。

 佐々淳行さん曰く、≪危機管理にあたる指導者、特に、中高年層の指導者にとって最悪の敵は、「疲労」である≫(*2)と指摘しています。

 疲労は、判断力の低下、集中力の低下につながります。その悪影響、恐ろしさは数多あります。
 「疲労」は、勇者を怯者に、賢者を愚者にする。分別のある大人の指導者を愚にもつかぬことで怒ったり、意気消沈したり、情緒不安定の感情的小人に堕さしめる恐ろしい強敵である。徹夜・睡眠不足、絶えざる緊張や精神的プレッシャーと、それに耐えるため、過度の喫煙・飲酒、不規則な食事などにより、不眠症、記憶力低下、度忘れ、被害妄想、猜疑心、厭世感、悲観論、不決断、忍耐力や自信の喪失、言い間違いや聞き間違い、頭痛、食欲不振、便秘や神経性の下痢、心悸亢進、血圧上昇や貧血、神経性の発汗などを生じさせる、といいます。

 また、上司やリーダーが休むときしか休めない組織では、リーダーに気力・体力があるほど、限界まで頑張ったあげくリーダーが倒れたら皆が倒れてしまう、という愚を犯しがちだと指摘します。
 リーダーが体力抜群で、気力も充実したスーパーマンの場合、部下も自分と同様にタフだと思い込むと、部下の心身の疲労に対する思いやりを欠き、自分の体力を基準に部下を酷使して使いつぶしてしまうことがあることに注意が必要となる。だからこそ、人間集団のリーダーは「休暇恐怖症」であってはいけない。むしろ、職場の健康管理、部下の家庭の良好な家族関係の保持に心を用い、部下が休暇をとりやすくするために、みずから率先して休暇をとるくらいの気配りすることは部下統率上の心得の一つと肝に銘じる必要があります。

 では、具体的にはどうしたらよいでしょうか。

 クライシス・マネジメントでは、自分自身を含めた「交代制」による勤務割りをし、睡眠や食事時間の割り当てを行え、といいます。
 最前線では「不眠不休」は悪である。最初の24時間、あるいは36時間、危機管理の初動段階では、「全員気をつけ」の号令をかけ、プロジェクトのメンバー全員が徹夜もしかたないが、危機的状況が長く続きそうな場合、「ヤマタノオロチ」の布陣をとるようにせよ。危機においてさえ、どんな状況でも組織として対応できる「ヤマタノオロチ」・・8つの頭のうち、最低でも1つか2つは起きている組織をつくれ。また、そのためには、常に1つか2つは交代で休んでいるように計画しておくことが大切になる。
 交代で休ませ、交代に眠らせなければならない。そして、当番制を敷き、トップ不在時には、ナンバー2を明確に留守役にアサインすること。緊急時に意思決定に不在を作らないようにすること。

 また、「ヤマタノオロチ」の布陣に類似した概念として、海軍用語の「半舷上陸」を取り入れよ、といいます。
 「半舷上陸」とは、長期にわたる海上勤務を終えた海軍将兵を港に上陸させて休養させる際、二分の一の乗組員を当直に残し、残りの二分の一に休暇を与える方式のことをいいます。危機対処正面の要員の交代は、古強者の一斉入れ替えをすると、にわかに練度が低下して対処能力がガタ落ちになるので、時差式に、かつ二分の一ないし三分の一ずつ交代させていくことが大切になります。

 以上が、プロジェクトの臨戦時における体制であり、心得になりますが、平時、通常時においても、交代勤務・半舷上陸の発想は有効であると思います。

 かつて「製紙王」と呼ばれた藤原銀次郎に「自己完成の十カ条」(*3)という教えがあります。その第七条に、「ときどきかならず大息を抜け」というものがあります。

「いかに活動的な人でも、そうそう精神をこめて、働きつづけるわけにはいかない。人間の身体はナマ物で、あまり無理をすれば、無理しただけの報いはかならず受けなければならない。だから、本当にいつまでも働きつづけようとするならば、元気にまかせての無謀は行わぬようにし、適時適度に、仕事の大息を抜かなければならぬ。それがまた、実際にはよりいっそう能率を挙げる所以(ゆえん)である。」

 危機管理・・危機時の最悪の敵は「疲労」であり、その疲労を適切に管理・コントロールするための計画的な長期休暇・・リフレッシュ休暇の取得が大切になります。また、定期的に、大息を抜くことが、トータルで見た場合、生産性の維持・向上に欠かせないことを再認識しました。
 例年、リフレッシュ休暇は、年度末直前に駆け込みで取得することが多いのですが、今年は大震災後の節電の一環として、この夏期を長期休暇にあてられた方が多かったのではないかと思います。まだの方は、ぜひ計画的に取得していただければ、と思っています。

(*1)佐々淳行「重大事件に学ぶ「危機管理」」 (文春文庫)
(*2)佐々淳行「危機管理」 (公務員研修双書)  人事院公務員研修所 監修
(*3)藤原銀次郎「私の経験と考え方―人をつくる経営法」 (講談社学術文庫)