情報システム学会 メールマガジン 2011.8.25 No.06-05 [6]

連載 情報の価値とインテリジェンス
第10回 インテリジェンス調査の問題と実際

日本経済大学(東京渋谷キャンパス)教授
菅澤 喜男

1.はじめに

 本学会のメールマガジンを通じて何度かインテリジェンスとは何かを繰り返し説明させていただきました。やはり、その答えは役に立つ情報であり、特に企業あるいは組織が戦略的な経営に係る意思決定を行う場合には必要不可欠な情報であると考えます。
 しかし、我が国のインテリジェンスの利活用の現状は、全く逆の状況ではないかと危惧しています。つまり、何となくもしかしたらおそらくなど不確定な情報としか思えない要素を元に意思決定しているように思えます。
 本稿は、メールマガジンへの寄稿としては最終回となりますので、私が経験してきた「インテリジェンス調査の問題と実際」について論述することとします。

2. 日本企業ななぜインテリジェンスを重視しないのか

 私の推論ではありますが、調査の経験を元にまとめると次のような要因によりインテリジェンスを基本とした競争戦略が積極的には構築されていません。

 (1) 多くの日本企業は同業者であるとか業界・団体などの組織単位での競争意識が強いように思われる。つまり、同業者に表面上は気を使いながら自身の企業としての本心は競争に勝ちたいとの意識ではないかと思える。
 (2) 多くの日本企業は縦割りでの意思決定プロセスが強すぎるために情報の共有化が上手ではない。その結果、せっかく苦労して収集した情報からインテリジェンスを生成したとしても、利用する場と利用させる権限が不明確である。
 (3) 企業・組織経営の幹部とりわけ代表権を有するトップが、自己の経験からくる知識を元に意思決定を下す傾向が強すぎるように思える。経験知は優れた知識ではあるが、経験知は時として陳腐化している場合も多々あり、インテリジェンスを取り入れたあるいは経験知との組み合わせが必要かと思われる。
 (4) 企業・組織の中で、誰がインテリジェンスを中心とした活動を行うべきかを確立することが難しい組織形態を有する場合が多々ある。つまり、戦略部門なのかマーケティング部門なのか、あるいはインテリジェンスを専門とする部門なのかを調整することが難しいと考えているようであり、結局、インテリジェンスが中途半端な部署となってしまうことで利活用がなされない。
 (5) インテリジェンス調査において、何をするかが理解されていないことも重要な問題であると思われる。その背景には、第一にインテリジェンスそのものが正しく理解されていない。第二にインテリジェンス調査として情報収集しなければならない対象あるいは項目をどのようにすればよいかが理解されていない。

他にも、問題として指摘すべきことはあるように思えますが、最も重要な問題としては、正確な情報を抜きにして戦略を構築しているのではと思われることが多く、「絵に描いた餅」戦略になっていることだと言えます。つまり、論理的には素晴らしいが実行可能性を配慮せずに戦略を描くことが目的であり、実際に実行することは別問題と考えているのではないかと思われます。

3. 基本はインテリジェンス・サイクルを企業・組織として理解すること

 企業・組織がインテリジェンスを経営に反映させ強固な戦略を構築し実際に実行に至るまでのプロセスは、インテリジェンス・サイクルとして知られている。図1に典型的なインテリジェンス・サイクルを示しておきます。

図1 インテリジェンス・サイクル
図1 インテリジェンス・サイクル

 図1において、機密保持契約は特にエージェントを使って調査をする場合には重要な要素となります。インテリジェンス・サイクルの中で最も重要なのは、最初のステップである「調査依頼企業との打ち合わせ」です。ここで調査依頼企業とは、外部の調査機関であるエージェントに調査を依頼する場合です。
 インテリジェンス・サイクルで最も重要なのは、最初のステップ1ですが、このステップ1が日本の企業・組織では機能していないと考えます。つまり、企業・組織のトップが「・・・・に関する情報を収集しなさい」という指示を出せないのが現実です。問題は、なぜ指示を出せないのかということになりますが、これは、
 (1) トップがインテリジェンスの利活用を理解していない。
 (2) 組織内でインテリジェンス調査を手掛ける部署が無い。
という2つの大きな問題に起因すると思われます。

4. インテリジェンス調査の実際

 インテリジェンス調査の実際については、過去に米国そしてヨーロッパ諸国から依頼された調査を基にして、その概要について紹介します。
 調査の実際としては、調査をしたいとする企業が主体ではなく、インテリジェンス調査を専門に行う調査会社であるエージェント間でのやり取りで行われるのが一般的です。そのためには、第一にエージェント間で機密保持契約書を交わした後にKIT( Key Intelligence Topics)と呼ばれる調査内容が、多くの場合は項目として公開されます。日本企業は、インテリジェンス調査に不慣れだと思われるので、この調査項目を絞り込むことが苦手なように思えます。やはり調査項目の絞り込みは、インテリジェンスを専門に手掛けているエージェントとの間で相談をしながら決めることを勧めます。

4.1 社会インフラに関するインテリジェンス調査

 社会インフラに関するインテリジェンスで重要なのは、政府のテコ入れと強い意欲を中心とした調査です。例えば、ある国が新興国と言われる国に社会インフラとしての輸送手段を積極的に売り込む場合のインテリジェンス調査の主な項目は、次のような内容です。
 (1) 国の輸出政策の奏での位置付け
 (2) 全てのプレス発表内容の収集
 (3) 競合する国の輸出政策の違いからくる企業の対応
 (4) キーとなる政府における政策決定者および関係者の履歴と性格
 (5) 企業側の意思決定者および関係者の履歴と性格
 (6) その他、関係する資料収集及び関係者に対するヒアリング

4.2 工業製品に関するインテリジェンス調査

 工業製品に関するインテリジェンスで重要なのは、やはり製造コストと販売戦略に集中すると考えます。例えば、ある国の製造業が世界的な市場シェアーを伸ばしている等の調査の主な項目としては、次のような内容です。
 (1) 製造コスト
 (2) 営業戦略に係る資料および関係者に対するヒアリング
 (3) 開発戦略と研究動向
 (4) 企業組織と意思決定の流れ
 (5) 新製品・技術の開発状況を知るための資料
 (6) その他、関係する資料収集及び関係者に対するヒアリング

まとめ

 本稿が「インテリジェンス」を中心とした内容としては最終回となりますので、まとめとしてインテリジェンスが果たす役割を述べさせていただければ幸いです。
 数回にわたり競争分析として良く知られている手法、あるいはインテリジェンスが如何に意思決定プロセスあるいは企業等の戦略構築に重要な基礎となる貴重な情報であるかを説明してきました。
 企業等の組織がインテリジェンスを実際に利活用するためには、最も重要な問題は組織のトップあるいは意思決定者が、情報が如何にマネジメントを上手く行うために重要かを理解することです。いわゆる、インテリジェンス・サイクルにおける最初のステップである情報要求がトップから出されることです。この情報要求が意思決定者あるいはそれに匹敵する責任ある役職者から指示されれば、インテリジェンスを利活用することは十分に可能です。
 しかし、情報は時として不正確であることがあります。このような問題を避けるために、インテリジェンス調査を行うエージェントの調査項目には、必ずと言っても過言ではないほどヒュミントと言われる人から取得する情報、つまり関係者に対するインタビューをすることが含まれます。ヒュミントには重要かつ正確な情報源となる人が求められます。恐らく、このヒュミントの問題に触れると、多くの企業は、やはりインテリジェンスはやりたくないと思うのではないかと想像します。
 しかし、企業を営んでいる以上、必ずと言ってよい程、人との接触がありそこで情報交換がなされます。言い方を変えれば、ビジネスは人との接触あるいはネットワークで派生するのだと考えれば、ヒュミントは膨大な量として存在することとなります。
 世界はグローバル化し一国家に留まりません。また、情報化の世界規模での進展は、あらゆる情報が世界規模で流通していることになります。つまり、グローバル化と情報化の世界で競争優位を勝ち取るためには、ライバル企業の戦略よりは数段優れた戦略を構築する以外に勝ち目はありません。この戦略構築の基礎を支えているのが「インテリジェンス」であると考えています。
 情報システム学会よりご依頼をいただき、数回に渡りインテリジェンスに係る内容を掲載させていただきましたことに深甚なる謝意を持って最終回とさせていただきます。