プロジェクトを推進する途上においては、厳しい局面が多々あります。人がいない、時間がない、お金がない・・ないないづくしの中で、それをどうやるか、ない知恵を絞るのが当たり前、と人生の大ベテランである日野原重明さんはおっしゃっており、ときおり思い返しています。そうはいうものの、ただでさえ権限少なく責任重大なプロマネは、どういう心構えでいればいいのか、と思案します。自分のことを被害者だ、と思ってしまうと簡単につぶれてしまいます。
その突破口の一つが、笑いであり、また、厳しい状況にいる自分自身を笑ってしまえる気持ちの余裕ではないか、と思っています。
先日来、「笑い」に関する本を数冊手にしたのですが、笑いの効果には、実にさまざまあることに、改めて気づかされます(*1)。先日は、散歩・ウォーキングの効用について考えましたが、今回は、「笑い」の効用について考えてみたいと思います。
笑いの効用には、次のようなものがあります。
1.ストレス緩和、ストレス解消
なんといっても、目の前のストレスを軽減する役割を持っています。理不尽と感じる要求を受けた時など、小さな笑い一つで、大きく救われることがあります。
2.血行促進
笑うと脳血流量が増えます。そのため、老化防止、血糖値が下がる、冷え性改善になります。
3.病気を治す、病気にならない
免疫力が高まり、自分の体が持っている自然治癒力が高まります。
4.頭が働く、脳が活性化する
理由は、酸素が多くとりこめるため。酸素とりこみ量は、「大笑い」は深呼吸の2倍、通常呼吸の3〜4倍にもなります。
5.自分に自信が持てる
自分自身を笑い飛ばせることで、メタレベルの認知を持つことが出来ます。
6.温かい心が持てる、視野が広がる
余裕が持てるため、視野狭窄に陥らず、周りの人に配慮できるようになります。
ストレスと笑いの関係ですが、ストレスは笑いがもたらす効果の正反対の現象を引き起こします。その理由はこうです。
ストレスがかかると、脳が興奮し、酸素を消費します。すると、脳の酸素の供給量が不足し、脳の働きが低下します。怒りや恐怖を感じる異常なときは、交感神経が優位になります。交感神経が緊張すると、血圧が高くなります。コルチゾールが高まり、NK(ナチュラルキラー)細胞が減少し、免疫力が下がります。
一方、笑う場合ですが、笑うことにより、酸素が大量に入り、新鮮な血液が脳へどんどん送られます。すると、脳細胞への栄養供給が増え活性化します。副交感神経が優位になり、気持ちが穏やかになり、ストレスもおさまります。
また、笑いの免疫的な効用面をみてみると、その内容が実に多様なことがわかり、驚きます。
1.副腎皮質ホルモンが変化
酸素摂取量が増えると、ストレスホルモンである副腎皮質ホルモン、コルチゾールが減り、ストレスが鎮まります。
2.セロトニン神経の活性化
人間の攻撃性と関連のあるセロトニンがでると、元気になります。また、拡張期血圧も少し上がるらしいことがわかっています。笑いは、このセロトニン神経の活性化をうながします。
3.副交感神経優位
自律神経には、交感神経と副交感神経があります。ストレスが高いと、交感神経の働きが高まり、アドレナリンが噴出し、戦闘体制になります。
笑うことでスイッチが切り替わり、副交感神経が優位になります。安らぎや安心を感じることができ、ストレスが解消されます。
4.血糖値が下がる
血糖値は、ストレスによって上昇します。笑うと、インシュリンを分泌する遺伝子作用のスイッチをオンにして血糖値を正常化させる作用もあります。
5.脳内麻薬物質が出る
笑うと、脳内モルヒネであるエンドルフィンやドーパミンが出ます。
6.免疫力が高まる
笑いで自律神経が頻繁に切り替えられると、脳への刺激になります。扁桃体が恐怖を感じないと、神経ペプチド(免疫機能活性化ホルモン)が全身に分泌されます。NK細胞には、神経ペプチドの受容体があり、NK細胞も活性化されます。NK細胞は、毎日3000〜5000個できるガン細胞を殺す作用があります。したがって、笑うと免疫細胞が活性化し、免疫力が高まります。
笑いの効用はわかったとして、厳しい状況において、心から笑うことはなかなか難しいと思います。
そこで、困ったときは、何はともあれ、ひとまずスマイルしてみることも有効である、といわれています。
「作り笑い」の効用ですが、笑うことで頬の表情筋がひんぱんに動きます。すると、その奥にある、大静脈が盛んに伸び縮みします。そのため脳から心臓に戻る血液量が増加します。それにより交替で、新鮮な血液が脳にドンドン送られます。さらに、腹式呼吸で横隔膜を激しく使い血行促進します。その結果、脳への栄養供給が増え、脳細胞が活性化し、脳が働きやすくなります。
また、親しい友人や家族であれば、「くすぐり笑い」でも良い、といいます。
くすぐり笑いのしくみですが、
ワキをさわる ⇒ 内臓の危険察知 ⇒ 背中など筋肉緊張 ⇒ 心拍数上昇
⇒ ストレス状態 ⇒ 笑い反応 ⇒ 酸素とりこみ増 ⇒ ストレス緩和
くすぐり笑いの酸素摂取量は、有酸素運動並みに多いのだそうです。とても驚きです。 さらに、単純なくすぐり笑いよりも、ゲームをしたときなどの積極的な笑いの方が効果がより大きいといいます。
深刻な顔、表情を失った顔を、笑顔にすることで、脳が活性化する。また、くすぐり笑いさえ、ストレス緩和に役立ちます。そうであれば、気分が良いから笑うだけでなく、笑うから気分が良くなる。笑って元気になる、という順序が、厳しいときほど大切になります。
少し前になりますが、2005年度のIPAのITスキル標準プロフェッショナルコミュニティのPM委員会において、PM育成ガイドラインのワーキンググループの延長として、有志の方が、『笑力研究会』という活動をされていました(*2)。
非常に厳しい局面に立たされることもあるプロマネにとって必要なスキルは、リーダーシップ力、コミュニケーション力、ネゴシエーション力などであるが、さらに心の力として「胆力」が重要となる。この「胆力」の表出化したものが「笑い」であると捉えています。この「笑い」の力を、笑力(しょうりょく)と呼び、この笑力は、
笑出力 : どんなに危機的な状況に追い込まれても笑える力 と、
笑引力 : チームのメンバーの笑いを引き出す力
の2つから成り立つ、といいます。この2つを伸ばすことで、笑力を高めることができます。
興味深かったのは、プロジェクトにおいて、笑力が変化していくという「笑力成熟度モデル」の提言でした。
最初は、「作り笑い」や「愛想笑い」からスタートし、プロジェクトチームとして人間関係ができていない段階では、ミスやトラブルが起こると「失笑」「冷笑」「苦笑」が起こります。それが、チームの人間関係が成熟していくとともに、「微笑」「談笑」に変わり、ついには「爆笑」「哄笑」に至る。プロジェクトが成功裡に終了した後は、プロマネはひとり「ほくそ笑む」ことができれば最高の終わり方です。
チームから、他人事としての「嘲笑」や「冷笑」を減らし、一体となって困難に対峙し、それを乗り越えた後に「談笑」「朗笑」を共有できるようにすることが、リーダーの務めになります。
小飼弾さんは、リーダーと笑いの関係について、≪リーダーの笑顔は、『義務』である。悪いニュースを受けても、リーダーはいつも笑顔でいるという原則を必ず守る必要がある。上にいるものほど、よりそうである。≫と指摘されています(*3)
「くよくよするのも一生。けらけらするのも一生。」
そうであれば、笑いのある人生の方がいいですね。たまには気分を変えて、組織の成熟度を、「笑い」で測るという視点を持つこと、「笑い」とともにチームを成熟させていくことが必要だと思った次第です。
(*1)高柳和江「笑いの医力」 西村書店
船瀬俊介「笑いの免疫学―笑いの「治療革命」最前線」花伝社
(*2)2005年度 IPA ITスキル標準プロフェッショナルコミュニティ PM委員会 『笑力研究会』活動成果報告
(*3)小飼弾の「仕組み」進化論 日本実業出版社