企業情報システムの要件定義に必要な業務知識は膨大である。生産管理を学習するとしても容易ではない。数年学習してもマスターできないかも知れない。業務知識はそれだけではない。経営戦略、マーケティング、会計、物流管理、組織論等も学習しなくてはならないのである。
しかし、業務知識はすべてが必要なわけではない。生産管理ではTQC(小集団の改善活動)は非常に重要である。しかしながら、情報システムの対象業務とはなりにくく、TQCをいくら学習しても生産管理システムの設計が出来るわけではない。業務知識の習得においては、膨大な知識の中から必要な知識を抽出しなくてはならないのである。
さらに、大きな障害がある。業務知識はシステムを前提としたものではない。従って、システム設計に適用すべく、業務知識をアレンジしなくてはならない。この分野は確立されておらず、個人の能力によるしかない。例えば、上場企業に求められる実質基準を確保するための、情報システムにはどのような機能が必要か。漠然とした経営戦略を支援するのは、情報システムをどのように設計するかなどである。
業務知識は膨大であり、教育するには何年かかるか分からない。また、ベテランSEの「経験から生み出されるノウハウ」は暗黙知であり、ノウハウ取得には5年、10年といった年月を要する。
本方法論は、企業情報システムの要件定義に必要な業務知識とベテランSEの要件定義のノウハウを、経験の浅いSEに迅速・簡易に教授するものである。具体的には、これらの知識を形式知化し、「FUSE知識ベース」としてSEがすぐ使える形体で提供する。
「FUSE知識ベース」は、12年間のシステム開発経験を元に、その後13年にわたる研究により開発されたものである。業務知識を体系化した企業情報システムのビジネスモデルに、ベテランSEのノウハウを収集・整理して付け加えたものである。さらに、要件定義に使用できるように、「FUSE知識ベース」の活用手順も定めている。
「FUSE知識ベース」は次の発想で構築に至った。
構築は次のように行った。
(1)膨大な業務及び基幹システムを俯瞰
(2)そこから必要な業務知識を抽出し、業務知識を業務単位に体系化
(3)ベテランSEの持つ情報システム構築に必要なノウハウを追加
(4)作成した「FUSE知識ベース」を約10年にわたり改善
業務の体系化は、企業の業務を「主要業務」、「サブ業務」、「詳細業務」の3階層で把握した。さらに、各詳細業務に対応するIT機能要件を添付した。また、各業務やIT機能要件の解説だけではなく、各IT機能要件単位にベテランSEのノウハウも記載した。
「FUSE知識ベース」は卸売業を対象に作成されている。様々な業種の中でも卸売業は、ビジネスの基本であり、かつ、汎用性が最も高い業種であることによる。
ベテランSEも、すべての業種の業務を熟知しているわけではない。しかし、ベテランSEは、新たな業種でも適切に要件定義を行うことができる。それは、各業種に共通する業務があり、他の業務種で類似の業務知識を習得しているからである。
業種を「製造業、建設業、卸売業、小売業、サービス業」、業務を、「生産計画、購買、工程管理、在庫、販売、経理」で考えてみよう。すると30の業種別の業務があることになる。ただし、工程管理は存在しない業種があるので27業務となる。卸売業は5つの業務で構成されている。この5つの業務は、他の業種の類似の13業務にも対応できる。また、さらに5業務にも参考とすることができる。つまり、卸売業は、27業務中、18の業務に対応可能、5業務に参考とすることができる極めて汎用性のある業種といえるであろう。
「FUSE知識ベース」では、第1回で提示したテランSEの6つのノウハウを、次にように形式知化している。
(1)豊富な業務知識
企業の業務を3階層で捕らえ、事例で使用する卸売業では、主要業務を5業務、サブ業務を20業務、詳細業務で97業務を体系化したビジネスモデルを提供する。各詳細業務には、当該業務に対応する複数のIT機能要件(214の機能要件)が記載されている。これにより、業務と企業情報システムの体系とその機能、つまり、ある業務をIT化する場合、どのような方法があるか知ることができる。
(2)経営管理の視点と(3)経営戦略の情報システムへのブレイクダウン
各ITの機能要件単位に、効率化の観点からどのITの機能要件を選択すべきかをガイドする様々な業務知識を添付している。さらに、効率化の視点だけではなく、次のような経営的な視点からも、ITの機能要件を選択できるようなノウハウを添付している。これにより、業務の効率化だけではなく、経営管理面、経営戦略面も踏まえた要件定義を行うことができる。
(a)業務改革:効率化のうち、コスト削減につながるなど、経営に大きく影響するもの。
(b)内部統制:内部統制の不正防止など、管理面で経営に影響するもの。
(c)株式上場:株式上場の実質基準の達成など、管理面で経営に影響するもの。
(d)競争優位獲得:企業内における業務改善というより、他社との競争に影響を与える経営戦略レベルのもの。
(e)競争劣位防止:経営戦略レベルの効果であるが、当該レベルの業務処理が出来なければ、他社との競争に追従できなくなるような事態を防止するもの。
(4)業務運用能力の視点
「FUSE知識ベース」では、業務運用能力を4つのタイプに区分している。業務運用能力が必要とされるものは、各ITの機能要件単位にその能力が記載されている。
(a)業務標準化能力:企業情報システムの設計には、業務の標準化やルール化等のアルゴリズムが必要。
(b)業務遂行能力:従業員は新しい業務に適応できなければならないが、従業員の能力は一挙に高めることは難しい。
(c)業務情報化能力:企業情報システムの活用には、手作業による業務の処理と異なる知識やノウハウが必要。
(d)管理データ活用能力:管理データについては提供されるだけでは効果がでず、当該情報から問題点を把握し、その原因を追求し、改善に取組んで初めて有効。
(5)経営者のポリシーの視点と(6)従業員の行動パターンの視点
「FUSE知識ベース」では、従業員や経営者の協力度を4つのタイプに区分している。これらの反応が予測されるものは、各ITの機能要件単位に配慮すべきリスクが記載されている。
(a)経営者のポリシー:経営者は企業経営について独自のポリシー(経営者にとってのあるべき姿)を持つことが多い。業務改善がいかに適切でも、経営者のポリシーを犯す改善は支持されない。
(b)従業員の革新度:企業の発展に寄与すべく改善に積極的に取組むものや、企業の現状に危機感を持ち改善に協力するもの。現状に安住し変化を好まず自己保身に走るものや、業務改善により既得権を失うような場合、徹底的に改善に抵抗するもの。所属部門の利益に固執し全社的な視点の改善に反対するものなどの行動要因。
(c)経営者の許容限度:経営者のIT導入にともなうトラブルに対する許容限度と限度を超えた時に予想されるリスク。
(d)従業員の許容限度:従業員のシステム導入にともなう負担増やトラブルに対する許容限度と限度を超えた時に予想されるリスク。
「FUSE知識ベース」の構造を次に示す。具体的な活用方法については、次回以降で説明する。
今回は、「FUSE知識ベース」の説明を行ったが、使用方法の説明がなく理解しにくかったのではないだろうか。次回以降で、「FUSE知識ベース」の使用方法を具体的に説明していく。