情報システム学会 メールマガジン 2011.2.25 No.05-11 [7]

第11回 「情報システムのあり方と人間活動」 研究会 開催概要記録

研究会主査 伊藤重隆

開催日時 2011年2月19日(土) 午後1時30分 〜
場所   慶應義塾大学日吉キャンパス協生館6階大会議室
出席者 25名


第1部 午後1時30分〜3時  質疑20分
    題目 「安全管理におけるヒューマンファクターズ」
       〜ヒューマンエラー・マネジメントに向けて〜
    講演者  慶應義塾大学 理工学部管理工学科 教授 岡田 有策氏
【講演概要】

 今回の講演は、情報システム開発・運用が人間活動に根ざしている観点からヒューマンエラー・マネジメントへの取組についてご講演頂いた。

1 ヒューマンエラー問題への取組の歴史(日本)の紹介

 ・1950〜70 人間工学的設計によるエラー防止
 ・1980〜90 米国・ソ連での原発事故によりヒューマンエラーへ社会的注目があり、ヒューマンエラーメカニズムの解明が本格化
 ・2000〜  旅客輸送事故、製品欠陥によるユーザーへの影響、医療現場事故が発生し、対策志向型への転換と組織としての取組みが多くなった。

2 ヒューマンエラーとは何かの定義について

1979年に『一連の行為の中の、ある許容限界を超える行為、すなわち、システムによって規定された許容範囲を逸脱する行為(人的過誤)』と定義されたが、この解釈で判断できるのか、又、各人の感覚と合致しているのかが大いに疑問。自動車運転時に交通標識の制限速度を超える速度を出すのは、ヒューマンエラーか、事故が生じなければヒューマンエラーとは言わないのでは無いか。又、生産現場で決められたルートでは無く、近道が習慣的な通り道になっている場合には、その道を通るのはヒューマンエラーか判断ミスかが曖昧である。

3 ヒューマンエラー防止の考え方について

エラーについて組織内で定義し、組織で決められた義務・責務を果たした上でのエラーか、個人として責任・責務を怠った結果のエラーかを明確にする。つまり個人として責任を持つべきエラー行為と、組織として責任を持つべきエラー行為を区別し、その上で防止対策として人的信頼性向上と組織としての安全工学を利用したヒューマンエラーのリカバリー(チェック、フェールセーフ等)を考え、2段階で事故を防止する。

4 人的信頼性を向上させるには

ヒューマンエラー誘発要因につながる行動形成要因を抽出・分析、弊害の除去、排除・緩和を行う考え方がある。PSF(Performance Shaping Factors)管理と言う考え方で、「働きやすい職場作りを進める管理手法」のことである。行動形成要因の例として、作業環境、職務・作業の指示形態、心理的ストレッサー(突発性、時間など)、生理的ストレッサー(時間、疲労など)が挙げられる。

5 ヒューマンエラー防止活動の課題は何か

エラー要因の分析・解析の難しさ、報告書などにおけるデータ不足、現場との連携、安全活動に対する価値観のズレ、安全活動に対する基本的理解のずれ等が挙げられる。

6 事故の未然防止に向けて

  ・事故の兆候を分析し対策を講じるには、事故の兆候を把握するのがポイント。
  ・ヒヤリハット事象を把握することが糸口になる。この分野には、ハインリッヒの法則、「1件の重大事象の陰には、29件の中程度の事象があり300件の軽微事象がある」が存在する。これによれば、重大な災害や事故を防止するためには重大に至らない中程度、または、軽微な不安全事象に関する検討が必要である。
  ・とは言うものの、ヒヤリハット事象は何か、情報収集を如何に行うかが課題である。
要因分析のために情報収集するが、事象の誘因・要因として単に、不注意・うっかり、ぼんやり等は意味が無く、この事象の背景的要因を追求して事故の未然防止策を作成しないと意味がない。
  ・要因抽出分析から対策までのアプローチとしては、ヒヤリハット事例の収集
⇒事例における要因の抽出⇒集計・統計的分析⇒広い意味での改善を意図した対策の立案・実施が一般的であるが、集計・統計分析に当たっては傾向分析が行える様にリスト化(文章で要因を記載)するやり方もある。
  ・ある工場での要因分析から対策までの実例紹介があった。その中で対策の優先順位として、改善すべき要因として認識されにくく対策が打たれていない要因グループ、改善すべき要因として選ばれやすいが、適切な対策が講じられていない要因グループについての対策が実施され継続的に活動している。

7 ヒューマンエラー防止策とは

・ポカミスを例に取ると、原因は注意不足・・・、対策は、注意喚起・確認の徹底・・とすると、個人ががんばります的な対策や意識強化的な実態がわからない対策しか出てこない。では、どうするか。第一に、ヒューマンエラーの可能性を縮小させる対策(人的信頼性向上)、第二に、ヒューマンエラーが起こっても、それが事故につながらないような仕組み、設計、システムなど、以上の二つを機能させるような仕組みを確立させることである。この対策は、適切な作業イメージの形成の支援、わかりにくさの排除、省力化・環境改善・負担の平滑化を軸として考える。

8 対策の実効性を高めるために

全社員を対象として、「安全意識調査」を実施し、社員の意識・理解を評価し、基本概念を浸透させて行く。意識調査を活用する上では、「どうして、そのような意識をもつ人たちが多いのか」、「どうして、そのように否定的・消極的な意識になっているのか」を実際の活動の状態から検討することが大切である。実効性を高める手段である、「叱る」は、叱責する相手が、叱責が自分の成長に寄与している、自分の成長に期待しているといった認識を持たないと有効ではない。担当者は「叱られる」のみを意識すると失敗行為を報告しない結果となる。この為にも、叱る意図の明確化、個人の責任か、組織の責任かを明確にして叱り方も組織で決める。

9 最後に

安全意識調査を通した安全活動を組織的に展開し、ヒューマンエラー・マネジメントの結果として、働く人たちが満足と誇りを持てる環境の実現を期待します。

第2部 午後3時30分〜4時30分  質疑 20分
題目 「デンマークの電子政府と国民学校」
講演者  国際大学GLOCOM 主任研究員/准教授 砂田 薫氏
【講演概要】

 今回講演は、ICT活用度が世界トップレベルにあるデンマークでの公的セクターの情報化進展を中心にご講演頂いた。今後の日本での取り組みの参考となる点も多かった。
 なお、研究会の席上で、デンマークから一時帰国の安岡美佳様から補足コメントを頂きました。

1 ICT利用先進国デンマークの紹介

  ・人口5百万人程度、幸福度調査第1位、ICT国際競争力ランキング3年連続1位
  ・2009年11月、2010年9月に現地調査を実施した。

2 電子政府の現状

使い易いポータルを追求することが方針となっている。代表的なポータルを順次、説明する。
  ・市民ポータル(Borger.dk)
住宅・子供・年金・暮らし全般にわたる総合情報サイトで2007年運用開始。
デジタルタスクフォース(後記)による推進体制と組織間バックオフィス連携、ビジネスケースの蓄積による投資効果分析が行われている。電子私書箱も最近、設置された。ボランティアから意見を聴取している。
  ・医療・健康ポータル(Sundhed.dk)
患者と医療従事者のためのシステムとして2005年に運用開始。医療従事者と市民の双方が共通に利用するポータルとして発足。市民番号(市民ID)を使用して、診察の予約、医療検査結果の報告、処方医薬品情報を共有。2008年に保険予防庁は、「デンマーク健康医療サービスにおけるデジタル化戦略(2008~2012)」を公表。「双方(市民、医療従事者)にとってより良い医療体制」を目指す情報化を実現。現在は、病院間、患者と病院間の情報共有により全国レベルで一貫した治療プロセスの提供、患者自身による診療記録や処方箋記録への自由かつ安全なアクセスが行える。
  ・企業ポータルは、本年から全面的に使用開始された。企業が政府へ申請、連絡するには、このポータル使用を行う。
  ・税金ポータル
1968年から使用されていて、納税者の75%が利用。納税に必要なデータが収集されていて納税額も算出されている。還付なしの場合は、ポータルの納税申告書を確認するのみで納税作業不要。
  ・日本の場合、e-Taxが用意されているがデンマークとは利用便利性が大きく違う。

3 電子政府の推進体制

  ・デジタルタスクフォースを予算権限がある財務省内に発足させ、電子政府関連予算の掌握とプロジェクト管理を実行して来ている。
  ・省庁横断のIT政策の最高意思決定機関事務局も同タスクフォースの役割である。
  ・財務省内に設置されたのは、行政コスト削減、効率化、国民へのサービスアップを狙うものである。

4 デンマークの情報化の特徴

  ・市民ID(個人識別番号)設定、デジタル・シグニチャーの採用、ITスキル測定、プライバシー保護を中心した情報基盤整備がされている。同時に、ユーザー中心の発想とその取組みが以下の様にされている。
  ・初等教育(国民学校で実施)における徹底した民主主義教育とICT活用。子供たちが学校運営へ参加。インターネットを学習しコミュニケーションツールとして活用している。又、高齢者委員会を設け高齢者の要求を発信している等、ユーザー・デモクラシーが確立されている。
  ・ユーザー・ドリブン・イノベーションが推進されている。具体的内容は、産学連携による共同研究・インキュベーション、ユーザー・ドリブン・イノベーションを促す研究活動が、イノベーション・ラボ、アレキサンドラ研究所で行われている。又、専門の異なる人々による対話から生まれる価値の重視、政府のイノベーション政策が挙げられる。

5 国民学校の教育と情報システム

  ・ICTは、教育上は独立科目でなく全ての科目に統合されている。
  ・各学生は、PCを利用して各人のレベルで学習が行っている。
  ・職員室もオープンで学生は気楽に出入り出来、先生とのコミュニケーションが可能となっている。学校の中心に、メディアセンターが設置されICTの利用が便利になっている。学校内の運営は、コンセンサス(教師・学生、学生同志)を重視している。
  ・教育ポータルも整備されている。

6 日本の公的情報システムへの示唆

  ・情報基盤整備のため市民IDを設定しプライバシー保護した上で基盤構築する
  ・情報化推進体制として、省庁のたて割でなく横断組織により推進すると同時に、投資効果を明確にするプロジェクト管理を行う。
  ・ユーザー重視の情報システムを構築する。そのためには、従来の、「テクノロジー・ドリブン」から「ユーザー・ドリブン」へ脱却し、ICTを経済・社会の課題を解決する位置づけとしてイノベーションを行うことが重要になる。

7 最後に

デンマークは日本に比較し人口が少ないので、日本へ全く同じ方法で適用することは難しいかも知れないが情報化のあり方については多くのことを学べると考える。今後もデンマークでの動向を注視したい。
以上