情報システム学会 メールマガジン 2011.1.1 No.05-09 [1]

巻頭言 「情報システムの進化に思いを寄せて」

情報システム学会会員、情報処理学会名誉会員 竹下 亨

1.初めに

 新年明けましておめでとうございます。今年こそITがますます元気を取り戻して、情報システムが大いに進化する年であることを祈ります。
 この機会に、過去を振り返り、現在を見つめ、これから期待したいことを考えてみたい。
 昨年2010年11月19日に情報処理学会設立50周年記念の行事があり、同会名誉会員として招待され、半世紀を経過した情報処理の発展を回顧する機会があった。今から50年前というと、筆者はマンハッタンの摩天楼の一つのビルの4階にあったプログラミングセンターでCOBOLの前身であったCommercial Translatorの開発に従事していた。その頃は、コンピュータは電子計算機と呼ばれ、大型機にはEDPM (Electronic Data Processing Machine)と言う名称も使われていた。バッチ処理用のOSは存在したが、アプリケーション・プログラムは、手計算で行われた作業の機械化が主で、単純なデータ処理であった。その開発はチームを組まなくても開発できる小規模なものであり、プログラミングは個人の職人芸とすら思われていた。
 日本で最初に顧客用に輸入されたコンピュータであったIBM 650 MDPM (Magnetic Data Processing Machine) を原子力研究所に導入する仕事に携わって、原子炉設計のプログラムの開発を支援させていただき、その直後個人的に行った小規模なシステムソフトウェアSIS (Symbolic Interpretive System) の開発が契機となって、ニューヨーク市にあったIBMのソフトウェア開発部門に招聘されることとなった。そこで学んだことはチームによる大規模なソフトウェアの開発技法の初期のものであり、開発管理手法の基礎的なことであった。それらが直ぐに役立つとは夢にも思ってはいなかった。1962年4月に帰国したらCOBOLの普及に尽力する積りであったが、いきなり、東京オリンピックプロジェクト本部システム課長に任じられ、入社して間もない数十名のSEやプログラマーと共に、2年半に亘るシステム開発を行うことになった。そこでは、Commercial Translator やCOBOLの開発で得られたチームによる開発方式の知識・経験を大いに活かし、独自に考案した計算機による進捗管理なども行った。

2.本邦初の「オンライン情報システム」

 日本で最初に使用された汎用機による「オンライン情報システム」は、約半世紀前の1964年10月に東京で開催された第18回オリンピック競技大会用に使用されたTokyo Olympic Tele-Processing Systemであり、8台の電子計算機、133回線、232個のプログラムなどで構成されていた。競技情報の実時間伝送・蓄積・速報の配信・印刷と記録集の製作と言う情報システムであった。しかし、競技団体を訪れたときに役員の方々から「電子計算機など競技には要らない、余計なことをするのに協力しない。」と門前払いをされたこともあった。NTTの電話回線に初めてデータが送信され、1962年4月から約2年半に亘り開発された情報システムが見事にその本領を発揮し、それも一つの契機となって、日本におけるオンライン情報システムが急速に発展することになった。
 東京オリンピック情報システムについては、経営情報学会情報システム発展史特別研究部会編、専修大学出版局発行「明日のIT経営のための情報システム発展史」総合編「第10章 事例:オンラインシステムの先駆け−東京オリンピック情報システム」(pp. 257-267)を参照されたい。

3.情報システムの発展

 1964年のIBM System 360の発表のころから日本の企業における情報システムの導入は目覚ましい。その事例の詳細は、例えば、上記の発展史の「総合編」、「製造業編」、「流通業編」、「金融業種」の4冊に掲載されている。なお、日本における情報処理全般の発展については、昨年11月に情報処理学会から刊行された貴重な文献である「情報処理学会50年のあゆみ」に、詳述されている。
 コンピュータの処理能力・記憶容量とアクセスタイム、通信回線速度・信頼性、インターネット関連技術、ユビキタス端末、モバイル機器、RFIDを含むセンサー装置などの飛躍的進歩、それらに対応するソフトウェア、並びに開発技法・手法・ツール・インフラなどの発展とシステム開発技術者の情熱とスキルが情報システムの驚異的進化を実現させている。
 前世紀末にはインターネットが急速に普及し、1990年代半ば頃からWWW技術が発展して、多言語対応サーチエンジンをベースとするYahooやGoogleなどの新しい情報サービスが誕生し、さらに2004年頃からWeb 2.0と総称される新しい発想に基づくWeb関連の技術や、Webサイト・サービスが出現している。巨大な「集合知」の形成やメタデータの整備や普及なども可能になっている。ブログやSNS、ツイッター (Twitter) などソーシャルメディア上での情報発信やコミュニケーションが急増しているようである。

4.現状の把握

 これらに目を通して見ると、情報システムの対象は点から線へ、線から面へ、面から立体へ、さらに何次元かに拡大・高度化し、同時に大容量化・高速化し、爆発的に増加するデータ・情報に対応しつつある。また、大規模化と並行的に進化した小型化、微細化、モバイル化も目を見張るものがある。その結果、IT装置は広範囲に設置され、単なる特定業務の効率化にとどまらず、企業全体効率化・質の向上、さらにそれがグループ企業内、企業の顧客、広く海外にも及ぶようになっている。要するに部分的な解ではなく、総合的なソリューション、グローバルな最適化を目指すようになっている。個々の装置やアプリケーションだけではなくシステムを、さらにシステムのシステムを作り出し、さらにシステムを作動しそれらを管理するインフラに及んでいる。
 企業のグローバル化と提供するサービス・情報システムのグローバル化も数年来の顕著な傾向であるが、グローバルなサービス提供の事業部門を創設したIBMの会長、社長兼CEOサミュエルパルミサーノが、コロンビア大学ビジネススクールの最初のデミングセンターカップを昨年10月に受賞したことがメディアにより報じられて注目された。
 装置自体の高速化・容量の拡大にとどまらず、効率的使用、消費電力の削減、設置面積の縮小、管理・運営コストの削減のみでなく、初期投資を不要とし、迅速なアプリケーションの開発を可能にする動きも顕著である。その代表的なアプローチとして、サーバーやストーレッジや通信回線網の仮想化により、何十台かのサーバーが数台に統合される。こうすればサーバーによる電力消費量が抑えられるし、CO2の排出量の節減に寄与できるのでエコ対策にもなる。仮想化の技術をベースとして、クラウドコンピューティングが、パブリック、プライベート、ハイブリッドの形で、普及しつつあり、一部のミッションクリチカルな業務にまで及んでいる。歴史は繰り返すと言われるが、メインフレームに集中化したデータ処理が、安価なサーバーの出現で分散処理に置きかえられたが、そうすると運用コストとCPUの遊休時間の増大が認識され、やがて仮想化の技術の発展に伴い、集中処理に回帰していることは興味深い。
 以上のような進展により業務の効率化・質の向上は著しいが、それだけではなく、BI (business intelligence) 技法などの展開により現在発生・伝送している大量のデータをリアルタイムで並行的に分析して、現状把握から現行業務の即時的変更・改善・向上を行うアプリケーションも実用に供され、さらに現状分析・将来予測・ビジネス戦略の策定の支援を行うものも現れている。

5.留意すべき点

 しかし、新しいものばかりに飛びつくのは、必ずしも得策ではない。現行システムの貢献度の見直しと改善もタイムリーに行われなければならない。システム開発において、ソフトウェアの共通化や再利用による工数の削減が実現できる。また、古い技術で構築された旧システムを新しいプラットフォームや言語で再構築することもあり得る。このような比較的地味な作業も効果的な場合があり、このための支援ツールも提供されている。
 前節のような情報システム技術の進化は喜ばしいが、それに伴いリスクが増大している。企業の経営や日常生活が情報システムに依存する度合いが増大するにつれて、その運営は複雑化・高度化している。期待通りに、正常に、システムが働かなければ、また蓄積された機密情報が漏洩すれば、それらの影響・損害は甚大なものとなる。人的エラーを含む障害発生時の対策は確実に備わっているか、セキュリティは大丈夫なのか? これらの点がシステムの優劣を決め、差別化の要因となる。
 なお、情報システムを開発・導入しただけでは済まない。そのやり方の向上もさることながら、利用部門においても、矢張り地道なPDCA (plan-do-check-act)は必要ではないか?この実施のための教育・訓練や体制の構築も疎かにできない。
 このような展望から、企業の情報システム部門の役割は大きく変わらなければならないと感じている。改善のための選択肢が多様化・複雑化し、取捨・選択が困難になっている。自社の現状と取引先と顧客を含む、取り巻く周辺環境・技術動向を分析し、将来を予測し、自社やグループ企業のための最適なアプローチの選択と実現のための(ERPなどの既製のパッケージの導入か、自社開発か、クラウドか、オフショアかなどの)資源の選別・確保ができる人材は存在するのでしょうか? 変化する状況に対応する人材の確保が急務であり、これら人材育成の強化・推進も大きな問題である。

6.今後の期待

 今後も期待したいのは、環境問題の解決にも貢献する資源の効率的活用と無駄・浪費の節減を賢く行い、人間の生活を物理的に豊かで、安全にするだけでなく、心のあり方にゆとりあるものにする情報システムが開発され、また教育・行政・医療・介護・日常生活の向上などに貢献することである。
 情報システムの導入にあたって多くの場合に重要なことは業務のやり方の合理化であり、標準化である。これだけでも業務の効率化・品質向上が達成できるし、それをやらないで情報システムの導入は却って混乱を招くことがあるし、そのシステムの価値を十分に引き出すことはできない。その重要性も認識して、79歳になった今日でも、SLCP (Software Life Cycle Process)のJIS作成委員会の主査を務めさせていただいている。
 最後に、それではこれから情報システムの開発にあたるには何を念頭に置くべきかだが、半世紀前と今と基本的なことは変わらないのではないか?「東京オリンピックのオンラインシステムの事例は、40年以上たった今でも参考にすべき点が多い。」と日経コンピュータ2010.9.29号のBooks欄に述べられているが、このプロジェクトで得られた教訓は、今でも通用すると思われるので、ここに転載させていただく。

・新しいことに果敢に取り組め
・自分で考え、やり遂げる
・徹底した要件分析と変更への対応
・利用性(usability)に十分な配慮
・誤りと障害対策に智恵を絞る
・効果的なテストと試行
・余裕を持った人的資源とスケジューリング

7.終わりに

 今年も数々のブレークスルーを通じて、また弛まない努力により、要素技術の研究・開発が進められ、これらの結合・応用と相まって、新しい概念・アーキテクチャ・パラダイムの情報システムの開発・導入・保守が行われ、産業・医療・行政・科学などの諸分野の発展に貢献し、それらに情報システム学会の方々が大いに活躍されることを念願したい。特に停滞する世界経済の回復、高齢化社会の医療・介護や環境問題の解決、市民生活のインフラの向上、宇宙や海洋の開発などに寄与するであろう。そしてそれらの成果が読まれ、理解され、応用されねばならない。学会の評価は会員の発表する論文の数と質によって決まる。神沼先生が始められた本学会の全国大会前日での論文執筆のためのワークショップの成果もあって若い研究者・技術者による世の中に注目される論文が増えることを期待したい。