情報システム学会 メールマガジン 2010.11.25 No.05-08 [9]

連載 プロマネの現場から
第32回 イチロー選手の思考と心構えに学ぶ

蒼海憲治(大手SI企業・金融系プロジェクトマネージャ)

 日本のプロ野球、アメリカのメジャーリーグとも、ポストシーズンを終え、すっかりストーブリーグに入りました。今年の野球に関する話題の中で一番印象に残っているのは、メジャーリーグにおいて10年連続年間200本安打の記録を達成したシアトル・マリナーズのイチロー選手です。
 イチロー選手については、日本で7年間連続首位打者、・ゴールデングラブ賞の記録を残した後、アメリカのメジャーリーグでも活躍し、1年目に新人王・MVP・首位打者・盗塁王となり、2004年には262安打を放ち、ジョージ・シスラーのもつ年間257安打を84年ぶりに更新しています。最近の記録は、80年前や100年前の大リーグ草創期のものばかりになってきています。
 今さらながらの感があって恐縮なのですが、最近、イチロー選手のインタビュー記事や語録をまとめて読んでみて、改めてイチロー選手の凄さを再認識したので、今回は、イチロー選手の言葉を通してみる思考法・心構えについて紹介してみたいと思います。

 イチロー選手の最大の武器は何でしょうか?
 それは、天性の才能であるとか、習慣であるとかいわれることが多いです。
 もちろん、野球やバッティングセンスについて天性のものと、過去の圧倒的な練習量に裏打ちされているのは間違いありませんが、超一流の選手であることを継続させているのは、イチロー選手の心の持ち方であり、心の強さであると思います。その一端は、イチロー選手の語る言葉を通して垣間見ることができます。

 イチロー選手の言葉には、一見すると矛盾するように思えるものもありますが、その意味するところがわかった途端、その深さに感動するものが多くあります。
 たとえば、

≪スランプのように見える絶好調もあれば、絶好調のようにみえるスランプもある≫

 とか、

≪練習は裏切らないと言いますが、練習が裏切ることもある≫など。
 前者は、たとえ結果が出ていても、結果を出すプロセスがずれてきている場合、それを放置しておくと早晩スランプに陥るし、その一方、自分の感覚・プロセスがしっかりしていれば、たまたま打球が野手の正面に飛んだとしても、いずれヒットがでるようになることを表現しています。また、後者は、練習の調子が良いと、自分の感覚も調子が良いものと勘違いしてしまう、というものです。

1.目的・目標

 イチロー選手の目的志向の強さと明確さについては、小学生の時の卒業文集のプロ野球選手になる「夢」が有名ですが、ここでは、プロになってからの言葉を紹介します。

≪すばらしい評価でも、最悪の評価でも、評価は周囲がするものであって、
 自分自身が出した結果でも、示した方針でもない。
 自分の姿だけは絶対に見失ってはいけないと思っているんです。≫(*1)
≪自分にとって満足できるための基準は、少なくとも誰かに勝ったときではない。
 自分が定めたものを達成したときに出てくるものです。≫(*1)

 人の評価にまどわされないことと、他人と競うことを止めること、人との競争に勝つことより、パーソナルベスト(最高の自分)を目指すことの大切さが強調されています。

 マズローの5段階欲求説によると、人間の欲求には、生命の欲求、安全の欲求、所属と愛の欲求、自尊心の欲求、自己実現の欲求があります。前の4つと、最後の1つの間には、根本的な違いがあります。それは、前者が「欠乏欲求」であるのに対し、自己実現欲求のみが「存在欲求」になります。「欠乏欲求」は、満たされれば消えてしまいますが、「存在欲求」はどこまでも消えることはありません。そこが目標を達成してしまうと、そこで満足して先に進む努力をしなくなってしまう凡人と、さらに先に進む努力をする人の差がある、といいます。

 その理由をこういいます。

≪野球がうまくなりたいんですよね。また、そういう実感が持てたら嬉しいですね。
 それは数字に表れづらいところですけど、これはもう僕だけの楽しみというか、
 僕が得る感覚ですから。≫(*1)

 また、年間200本安打という目標設定の仕方も絶妙です。
 ハーバード大学のデビッド・マクレランド博士によると、人間のモチベーションが最も上がるのは、達成確率が60%くらいの目標に向かっているときといわれています。
 たとえば、イチロー選手にとって、年間230本安打だと、達成確率が10〜20%になり、シーズン終盤に不可能だと思った途端に集中力は切れてしまうだろうし、170本安打だと90%の確率になるため、シーズン途中で早々に達成してしまい、集中力は上がらなくなります。
 モチベーションを最大に持って行く設定がされており、この正しい目標設定が10年連続200本安打を生んだともいえます。

2.徹底した準備・練習

 イチロー選手の目標実現に向けての取り組みは、圧倒的な練習量と、本番を超える完璧な準備にあります。そして、それを支えるマインドをこう語ります。

≪いま、小さいことを多く重ねることが、とんでもないところに行くただひとつの道
 なんだなというふうに感じています≫(*5)
≪結局は細かいことを積み重ねることでしか頂上にはいけない。
 それ以外には方法はないということですね≫(*5)

 平凡な努力を非凡に重ね続けること。おもしろくないことほど、徹底して繰り返します。特に、試合のはるか前からの準備・・周到で徹底した手抜きのない準備はすごいです。
 小学校3年生から中学校3年生まで、正月の2日を除く363日毎日、名古屋の空港のバッティングセンターで、毎日平均250球を打ち続けた。のべ60万球以上のボールを打ったといいます。
 準備を完璧にすることの究極の姿は、本番にあまり興味を示さないこと。本番は準備の確認作業に過ぎないのだから、本番よりも、準備に多くの情熱を注ぎます。
 したがって、極端にいえば、準備がすべて終わった時点で本番での成功は約束されており、本番ではただその準備したことをなぞるだけでいい、ということになります。

 本拠地のシアトルのセーフコ球場で試合が行われるときは、試合開始の6時間前にきて、
  ランニング
  柔軟体操
  ストレッチ
 を行い、
  ウェイトリフティング
  マッサージ
  チームメートとの合同練習
  室内練習での打ち込みをし、
  対戦相手チームのプレーをビデオで研究するといいます。

 また、その練習時に、いかに考えながら取り組むかが大切であるといいます。

≪同じ練習をしていても、何を感じながらやっているかで、全然効果は違ってくるわけです。同じ形を真似たとしても、そこで本人が何を感じながらやっているかというのが、結果に大きく関わってくると思います。≫(*6)

 さらに、意図を持った取り組みとして、ムダなことを考えて、ムダなことをしないと、伸びないという信念のもと、過去に様々な試行錯誤をしています。

 たとえば、オープン戦での試みとして、一睡もせず試合に臨むことで肉体的・心理的な危機対応能力を試してみる。メジャーの遠征疲れで一睡もできなかった日に、6打数6安打の記録を達成したこともあります。
 また、故意に2ストライクに追い込まれ、打者不利のカウントで適応力を試してみる。
 オールスター戦の試合前に、わざと打撃練習を行わず試合に臨んでみる。結果は、第一打席でホームランでした。
 つまり、緊急事態を意図的につくり、前もって経験しておく。そのことで、追い込まれた心理、肉体の状態を知ることができるといいます。通常時と緊急時の変化の状態を、事前に把握・検証しておけば、どんなピンチに置かれても自分の立ち位置がより正確に分かるようになるし、自分の置かれている状況がわかれば、対策をより早く適切に立てることができる、といいます。

3.メタ認知・反省

 日本人選手として、メジャーリーグにおいてアメリカの選手と伍してやっていくための心得はメタ認知にある、といいます。

≪日本人がアメリカで野球をやろうと思ったら、何よりも大切なことは、
 自分で自分を教育できることだと思います。
 自分で自分をコーチできる能力。これは絶対に必要でしょうね。
 これを身につけられるかどうかというのは、その人の意識、考え方、生き方に
 関わってきます。人のやることも自分のことのように捉えて、
 自分だったらどうするかということを常に考えていられるかどうかだ。≫(*7)

 では、このメタ認知をいかにして得るか。

≪ぼくは、1試合、1試合、ふりかえっています。
 まとめてふりかえることはしません。≫(*4)

 試合後のロッカールームおいては、勝って喜んだりはしゃいだりする周囲の選手たちとは異なり、勝っても負けても黙考するイチロー選手の姿があるといいます。

≪一日の反省はグラブを磨きながら、昨日試合後に何を食べたか、よく眠れたか、
 というところから、実際にゲームが終わるまでに起こったすべてのことを
 よく振り返って考えてみる≫(*3)
≪考える労力を惜しむと、前に進むことを止めてしまうことになります≫(*5)

 バッティングのわずかな狂いでも感知できるすぐれた身体感覚やその狂いをすぐに修正できる技量の確かさに加えて、失敗要因に関する技術的な検討や反省が、スランプの少ない理由にもなっていると思います。

≪自分が自分でなかったことに気づけた経験がなくては、いまの自分はいないのです≫(*5)

4.プレッシャー

 年間200本安打を打つ選手は、毎年2〜3人でるが、257本打った選手は84年間誰ひとりいなかった。そんな状況下で、記録に近づけば近づくほど周囲の期待がいやがおうでも高まり、それが異様なほどのプレッシャーになったといいます。後に、このプレッシャーを乗り越えられた理由をこう語っています。

≪それは、常に諦めなかった、ということです。≫(*2)
≪去年、行き着いた一つの答えは、プレッシャーを克服する方法なんて、結局はないんだ、ということです。以前はプレッシャーが目の前に現れるたびに、どうやったら簡単になくなってくれるのか、プレッシャーがない普通の状態に近い自分をどうやって取り戻すことができるのかと、そういうみたいなものを探していました。
 でも、そんなものはないんだというのが現段階での結論です。そう思えたことは大きいですよ。あるかもしれないと思っているのと、ないんだと割り切っているのとでは、プレッシャーに対する向き合い方はまったく違ってきますからね≫(*2)

 さらに、年間200本安打を続けることでプレッシャーは、ますます増えます。

≪決して毎年、同じことを繰り返しているのではない。
 年を重ねるごとにその難易度は増している。
 なぜなら、記録が途切れることでリセットされる時間が長ければ長いほど、
 失うものも大きくなるからだ。大切に積み重ねてきたものを失いたくないと思えば、
 それだけプレッシャーも増してしまう。≫(*2)

 大切なのは、ピンチの「受け止め方」であって、決して「逃げ方」ではない。ピンチのときこそ、チャンスである、と思えるかどうか。

≪ドキドキする感じとか、ワクワクする感じとか、プレッシャーのかかる感じというのはたまらないですね。
 僕にとって、これが勝負の世界にいる者の醍醐味ですからね。≫(*1)

 そして、プロとしてこう言います。

≪プレッシャーにつぶれるようだったら、その選手はそこまでだといういいかたもあります。≫(*4)

 最後に、イチロー選手のこれからなのですが、メジャー1年目のオフには、

≪60歳で打席に立つ。50歳で盗塁することが究極の目標≫(*3)

という途方もない夢を語ったこともあるようですが、より現実的には、別の機会に、

≪漠然となんですけど、ぼくが考えている目標というのは、
 50歳まで現役バリバリでプレイするということなのです。≫(*4)

といっています。30代半ばを過ぎると引退する選手が多い中、イチロー選手本人は、50歳現役をイメージされています。驚異的なことですが、もしかして、イチロー選手ならば可能かもしれないと、思ってしまいます。1ファンとしては、これからの活躍を引き続き楽しみにしています。

 イチロー選手の野球やバッティングに対する技術論は真似はもちろんのこと、理解も及びませんが、心の持ち方・心の強さや一生現役を維持し続けようとするマインドは、大いに勇気づけられ、また参考になると思いますが、いかがでしょうか。

<参考書籍>
(*1)児玉光雄「イチロー式 集中力」
(*2)石田雄太「イチロー・インタヴューズ」(文春新書)
(*3)小西慶三「イチローの流儀」(新潮文庫)
(*4)「イチロー262のメッセージ」『夢をつかむイチロー262のメッセージ』編集委員会
(*5)児玉光雄「「イチローの成功習慣」に学ぶ」
(*6)庵里直見「イチロー選手の言葉に学ぶ セルフ・コーチング」
(*7)西野仁雄「イチローの脳を科学する―なぜ彼だけがあれほど打てるのか」(幻冬舎新書)