情報システム学会 メールマガジン 2010.11.25 No.05-08 [6]

連載 日本の情報システムを取り巻く課題と提言
第4回 学(教育機関)の課題

日本アイ・ビー・エム・サービス(株) 代表取締役社長 伊藤重光

 今回は教育機関に関する情報システムの課題を考えてみたいと思います。私自身は大学を卒業してから教育の現場から遠ざかっているので十分な考察ができていないかもしれませんが、情報システムを語る時に外すわけにはいかないテーマですので、ニュースや友人からの情報、そして情報システム学会に入会してから多くの先生達と会話することが増えましたので、それらの情報から述べてみたいと思います。

1. 求められる人材は?

 まず感じることは情報システムの発展に求められている人材はどのような人材であり、その人材を育てるために学校では何を教えるべきかの議論がまだきちんとなされていない印象があります。このテーマは産・学・官で広く議論すべきテーマですが、それが議論を困難にしています。一部の企業と学校でどのような人材が必要かの意見交換が行なわれているようですが、企業側からは入社後に実践的な内容は教育するという前提から、学校での育成は一般教養、仕事への積極姿勢、自ら学ぶ姿勢、挨拶、といったどの仕事にも共通な基本的な資質のような要請が多いようです。
 まずは産業側でもう少し具体的な人材像を明示すべきなのでしょう。産業側の人材といっても多様ですが、ユーザー企業の情報システム部門、利用部門、経営者、ITベンダー企業の技術者、リーダー、経営者を意識すると、大きく二つに分けられるのではないかと思っています。それは情報システムに広く関わる立場の人材像と、専門の技術者の立場での人材像です。前者は情報システムの重要性を理解し、仕事に適切に活用できる人材であり、後者は情報システムの導入・運用に当たって、その狙いをきちんと理解し、最適のIT技術を適用できる人材です。
 このような人材を社会に送り出すために学校では何を教えるのか、企業側では何を教えるのかを考える必要がありますが、日本と欧米では考えが大きく違っています。今後の社会の変化を意識して議論をして行く必要がありそうです。

2. 学校教育におけるグローバルとの違い

 学校教育における日本とグローバルの違いの中で、最も大きな違いは基礎知識と実践知識ということではないかと思います。日本では、学校では一般教養や基礎知識を高めることに主眼がおかれ、実践教育は企業に入社してから実施されます。大学の研究室や大学院で学んだ専門領域の仕事を企業で継続して担当している人は非常に少ないのではないかと思います。入社後に成長するという前提で、新入社員の給与レベルは低く抑えられており、研修を受け、現場経験を積んで実践力がついてきると徐々に給与が上がる仕組であり、毎年の定期昇給が前提となっています。
 日本では就職というとほとんどが新卒採用で、学歴で給与が一律になっていますが、欧米では採用は中途採用が基本であり、新卒の場合も何ができるかによって給与が違ってきます。そのために大学ではビジネスの実践に近いことが教えられ、またMBA等を目指す学生が多いのです。最近では、この違いは大きな問題になりつつあります。世界中のビジネスが連携して動く時代となり、日本だけ固有の教育、給与制度が足かせになりつつあります。この点でも日本はグローバル対応しにくい国となってしまっているのです。
 ビジネスの世界では海外との連携は強まる一方であり、この流れから取り残されていく訳には行かないので、遠くない将来に日本も欧米型になっていくと思っています。日本の高校生は大学受験に一生懸命で、いかに一流大学に行くかが最優先で、何を学ぶかは後回しになっているような気がしますが、今後は高校生の時点で将来の就職を考え、それを意識して学部や専攻を考え大学に進学するという当たり前のことが行なわれるようになるのでしょう。
 また現在の就職活動では業界も職種もバラバラで20社も30社も入社試験を受けるような状況になっており、有名企業に就職することが目的のようになってしまっていますが、自分がどんな仕事をしたいのか、そのために何を学んだのかがきちんと説明できる学生が増えることを期待しています。

3. 学校で学ぶこと、社会(企業)で学ぶこと

 情報システム教育の実態は学校毎に随分違うようです。情報リテラシーを高めるためにということで高校や大学の一般教養としてWord、Excel、Power PointのようなPC系オフィス製品を教え、大学の情報システム専攻や専門学校ではWeb系開発の実践も行なっているようです。どちらかというと限定された技術研修という色合いが強いような気がしています。私は情報技術というものは常に進歩するので、むしろ普遍的なシステム思考(論理的・体系的・構造的なものの考え方)や検討・計画の技法、そしてコミュニケーション力を高める教育に力を入れるべきだと考えています。

 将来、情報システムに広く関わる立場として、情報システムの重要性を理解し、仕事に適切に活用できる人材になるためには、学校で次のような内容を学んでおくべきと思っています。
 ・経営者の関心事、決算の仕組、企業の業務体系、システム思考、システム化計画(投資対効果、プロジェクト計画)、コンピュータの仕組、情報システム活用の代表的な事例、情報システムに関わる関係者とその役割、プロジェクト管理とは、文書化手法(要因分析、HIPO等 編集部注:略語の原語等は文末参照のこと)、プロゼンテーション技法、セッション技法、各種分析技法(SWOT分析、KJ法等)、IT技術の動向(概説)、ITガバナンスとセキュリティ

 また専門の技術者の立場として、情報システムの導入・運用に当たって、その狙いをきちんと理解し、最適のIT技術を適用できる人材になるために前述の内容に加えて、さらに次のような内容を学んでおいてほしいと思います。
 ・開発技法、運用管理(CMMI、ITIL)、プロジェクト管理(PMBOK)、標準化、開発プロジェクト経験、IT技術の動向(詳細)、プロジェクト事例、提案書作成経験(投資対効果、プロジェクト計画、コスト見積り、SOW、WBS)

 このように書くとかなり広範囲の内容になりますが、グローバルなレベルで日本企業が戦えるようになるためには大学までに上記の内容を学び、企業側では情報システムの基礎研修は修了しているものとして、さらに最新の技術や管理手法、そしてさらに高度なコミニニケーション能力を身につける教育が行なわれるべきではないでしょうか。

4. 情報システムを教える人材

 問題は情報システムに関わる前述の内容を誰が教えるかということです。内容的には現有の先生達だけではかなり難しい内容であり、企業側に協力を求める必要があるのではないかと思っています。幸い定年退職を迎えても元気な方が大勢おられます。勿論現役社員にも協力してもらう必要がありますが、今でしたらまだ在職中に貴重な情報システム経験をした企業OBの方に活躍していただくことができるのではないかと思っています。
 私自身も定年が近づいていますが、今後は将来の情報システムの発展を支える若い人の育成に貢献したいと考えています。またいくつかの大学では産学協同プロジェクトを通じて、それに参加する学生を企業側のメンバーが教えるという試みも実施されているようです。大学院生レベルにならないとあまり戦力にはならないようで、双方にとって意味のあるプロジェクトは多くないようですが、学生が実践的な知識を身につけ始めれば、このような機会もさらに増えてくるのではないかと思っています。
 企業側も優秀な人材が欲しいのであれば、今まで以上に高校や大学の情報システム教育に協力する姿勢が欲しいものです。また情報システムに関わりのある学会(情報システム学会、情報処理学会、経営情報学会等)での産学の積極的な交流にも期待をしています。

<略語説明>
CMMI: Capability Maturity Model Integration
    ソフトウェア開発プロセスら改善モデルとアセスメント手法
HIPO: Hierarchy plus Input Process Output
    システムを入力・処理・出力で文書化する手法
ITIL: IT Infrastructure Library
    ITサービス管理の成功例をまとめたフレームワーク
KJ法: Kawakita Jiroh
    川喜田二郎氏か発案した、発想を整理する手法
PMBOK: Project Management Body Of Knowledge
    プロジェクト・マネジメント技法(知識体系)
SOW: Statement Of Work
    作業内容を明確にするための記述
SWOT: Strengths Weaknesses Opportunities Threats
    戦略立案のための分析手法
WBS: Work Breakdown Structure
    階層化された作業計画

以上