今回はユーザー企業の情報システムに関する課題をマネジメント・レベル、情報システム部門、そしてエンドユーザーとも言われる利用部門に分けて考えてみたいと思います。
まずはトップ・マネジメントの問題です。日本にはユーザー企業のトップ・マネジメントで情報システムに理解がある方は決して多くはありませんが、三菱東京UFJ銀行の畔柳取締役会長とコマツの野路代表取締役社長兼CEOのお二人はCIOの経験もあり、情報システムに理解のあるトップ・マネジメントだと思っています。お二人の講演を聞かせていただいたことがありますが、畔柳会長は大型銀行のシステム統合を総責任者として計画通りに推進されましたし、野路社長はe-Komatsuで社内のIT活用を推進し、IT技術を駆使した「ダントツ商品」の開発を推進されています。
最近のように情報システムの活用なしでは経営戦略が完成しない時代では、情報システムに対するトップ・マネジメントの理解と関与が必須であると考えています。残念ながら日本には全社レベルのシステム構築にトップ・マネジメントが関与せず現場のマネジメントと情報システム部門任せというプロジェクトは山ほど存在しています。
CIOに関しても欧米とは大分様子が違います。日本の企業は大企業であってもCIO不在や名前だけのCIOが多いのです。CIOは情報技術を理解し、経営戦略にそれをどのように活用するかをトップ・マネジメントに提言して実行する責任者として非常に重要な役割であり、最近はさらに経営への関与の期待が高まっているのです。
世界の2,500名以上のCIOに調査を実施したIBM CIO Study 2009ではCIOの重要な行動特性として”イノベーションの具現化”、”ITの投資対効果の最大化”、”ビジネスへの貢献拡大”の3点が求められているという結果が出ています。いわばCEOの片腕とも言える役割が求められている訳ですが、それに対して日本のCIOは社内の調整役としての役割が中心となっていることが多いようです。日本のCIOは情報技術の習得度が低いために、このような役割の違いになっているのかもしれません。
経営も情報技術もバランス良く理解して行動できる人材をどのように育成していくかは日本の大きな課題です。私がご一緒に仕事をさせていただいた中ではトッパンフォームズの永安専務(後に副社長)とハリソン東芝ライティングの渡部取締役(後に専務)のお二人が素晴らしいCIOであったと思います。お二人に共通することは情報システム部門の経験者ではなく主要事業の責任者であったことです。社運を左右するような大きなプロジェクトを担当されましたが、ITの専門知識はなくても必要な情報技術は積極的に勉強し、常に経営に貢献する情報システムを意識して迅速な意思決定とCEOへの提言をし、強力なリーダーシップでプロジェクトを推進されていたことが印象的でした。
情報システム部門が抱える一番大きな課題はスキルだと感じています。特に外部のITベンダーへの依存度が高い場合は大きな問題になっています。最近では外部のITベンダーにアウトソーシングをしている企業が多くなっていますが、ユーザー企業として最低限必要な機能をきちんと維持することは結構大変なことです。例えば企画・管理機能だけを自社の情報システム部門に残し、他の機能を外部にアウトソーシングするケースは結構多いようですが、当初はきちんと企画・管理機能が実践できていても何も手を打たなければ社員の高齢化とともに機能維持が困難になってしまいます。
開発・保守・運用の作業を通じて成長し、初めて企画・管理ができるようになるのであり、それを経験する仕組を考えていないケースが多いのには驚きます。自社内に開発・保守・運用を一部残すとか、若い時に外部ベンダーに出向をして、これらの経験を積む等の工夫が必須です。あまり任せっ放しにしていると、利用部門と外部ベンダーが直接仕事を進めるようになり、情報システム部門の価値や存在感が失われてしまいます。
外部ベンダーがどんな重要な役割をしているかさえ判らなくなっている企業もあるようで、このような場合には安易にベンダーを変えたりすると大きな障害が長期化してしまうようなことも起きかねません。安易なアウトソーシングによりITガバナンスが利かなくなっている企業もあるようです。このようなケースは大きな経営リスクを抱えていると言っても過言ではないでしょう。このような大きな経営リスクを経営者が把握できていないことが問題なのだと思っています。
スキルの課題は最近のシステム環境の影響も受けています。昔はメインフレームと呼ばれる大型機1台で様々な業務を処理していたために、対象となる情報技術も限定されており、自社要員が十分なスキルを持って情報システムを開発・保守・運用できていたケースが多かったのです。オープン・システムの時代となり、コスト削減を目指して、メインフレームだけでなくUNIX、Linux、Windows、オフコン等の多岐にわたるシステム環境を保持している企業が多くなりました。
このような環境では必要な情報技術が多伎にわたり、そしてInternet関連も含めて技術進歩も激しいために限られた自社要員だけでは追いつけないという課題を抱えています。多伎にわたる情報技術から方針を定めて選択し、主要な技術に関しては自社でスキル要員を保持することも情報システム部門の重要な役割になって来ていますが、これが出来ている日本企業は決して多くはありません。
利用部門の課題は部門責任者や現場リーダーの情報システムに関する理解不足と情報技術を使いこなす能力(ITリテラシー)の不足だと認識しています。例えば欧米との違いで強く感じることはシステムの使い勝手へのこだわりです。欧米では投資対効果が常に意識され、多少の不便は我慢するという考えが定着していますが、日本では利用部門のこだわりにより大きな費用をかけて、必要以上に使い勝手を向上させているのではないかと感じることがあります。
一般消費者のような場合は使い勝手の良いユーザーインターフェイスは必須条件ですが、専任のシステム担当者の場合には時間とともに習熟するので、使い勝手にあまり費用をかけることは避けたいものです。またSAPやOracle等のERPパッケージ導入の場合にも同様の問題が発生します。利用部門独自の要請によりパッケージの標準機能では物足らずに追加機能を作り込んで開発や保守に大きな費用がかかってしまうケースはいくつもあります。
勿論、各企業の独自要請だけでなく日本での商習慣によるところも多いのですが、価格未決定のままでの契約や製造部品の有償支給等の日本独自の商習慣は、今後のグルーバル競争激化の環境で世界標準から取り残された日本企業が不利になる可能性も秘めており大きな課題になるかもしれません。ただ日本の高い品質意識はグローバル化の流れの中で大切にしたいものでもありますので、費用対効果以前の最低品質、そして費用対効果での品質判断と二段階で考えることが必要なのかもしれません。
ここで欧米の情報システムの考え方の違いを強く感じた出来事を紹介しましょう。10年ほど前のことになりますが、アメリカの競馬場のシステムを視察に行ったことがあります。競馬システムというと大型コンピュータを利用したオッズ情報と馬券購入システムが主要システムですが、日本のシステムと米国のシステムの設計思想が全く違っていたことに驚きました。
オッズは日本中一律が当たり前と思っていましたが、米国では場内、そして場外のシステムは別々のオフコンのシステムであり、それもシステム毎にオッズが違うのです。どこで馬券を買うかによってオッズが異なるのです。最初は唖然としましたが、考え方によっては合理的と言えるかもしれません。少ない費用でシステム構築できますし、もし障害が起きても限られた範囲ですので暴動も起きないでしょう。
最近の話題に戻りますが、情報システム再構築のような場合に利用部門が情報システムの業務要件を定義することができないと言うケースを時々聞くようになりました。以前は考えられなかったことですが、情報システムを使用することはできても、業務を手作業でやった経験が無いために業務要件がわからなくなっているのだそうです。
そうなると既存の業務パッケージをベースに検討するしか手はなくなる訳で、パッケージを上手に使いこなす能力が求められてきます。利用部門に対して、あるいは全社員に対してITリテラシー(IT技術だけに限定せず、広く情報システム・リテラシーと呼ぶべきかもしれません)を高める教育が必要なのではと感じるこの頃です。