筆者は5年近く前にSI企業から大学の情報センター部門に転職した者である。ここでは学生に対する情報関連教育と共に、企業でいえば情報システム部に近い役割も担っている。ところで元SI企業とはいえR&D部門であり、顧客とそれほど接点があったわけではないため、企業の情報化について十分な経験があるとはとても言えない。また組織の情報化レベルは個々の企業や大学によって千差万別で、単純な比較はできないだろう。それでも規模の近い組織を比較すれば、大学の情報化は企業に比べて大きく遅れていると感じる。
企業の情報化は、生まれては消えるあまたのバズワードが示すように変遷著しいが、大ぐくりに捉えると(1)単一事務作業にコンピュータを導入する個別効率化段階(部分最適化)、(2)それらをネットワークで結びデータ共有などを図る全体効率化段階(全体最適化)、(3)単なる効率化の域を超え、情報を戦略的に扱えるようにする戦略的情報化段階(SIS)に分けられる。(1)、(2)が主に定型業務を対象とするのに対し、(3)は非定型業務も範疇に入る。SISという言葉が流行・衰退してから十年以上が経つが、企業であっても完全にそこに達しているのは今だに少数で、多くは(2)の段階ないしは(3)に向かっているところであろう。
大学の場合、先進的な私大では(3)に着手したところが見られるものの、筆者の知る範囲ではほとんど(1)の途中か、ようやく(2)を射程に入れた程度であり、企業のおよそ2周遅れの感じである。研究・教育関連では先進的情報技術を扱う場合もあるが、そのことと組織の情報化とは何の関連もない。社会の情報化が進み、個人でもIT機器を使いこなす割合が増えているにもかかわらず、なぜ大学はこのような状況に置かれているのだろうか。
さすがに今時ITの効用を疑うものはいない(はずである)。もちろん費用の問題は常につきまとうが、これは企業でも同じであり情報化の進んだ企業がすべて潤沢な資金があるとは考えられない。あるいは、よく企業は利潤追求という明確で共有されたミッションがあるのに対し、大学はそれがいま一つはっきりしないと言われる。大学のミッションとして教育・研究に加えて最近では地域貢献が挙げられるが、企業と違いそれぞれの顧客がはっきりしてなく、そのため組織内の意識が統一されず、目標にむかって一致団結した行動にならないというのである。しかしある程度の規模になれば、企業でも顧客と直結しないコストセンターやオーバーヘッド部門があるし、そもそも顧客が見えるからといって簡単に組織の一致団結が図れるとは限らないだろう。
また、しばしば組織の情報化を推進するにはトップの指導力が鍵とされる。確かに大学という所は教授を社長とする零細企業の集団に比喩され、学長でもトップダウンで社長(教授)連中を動かすのは難しいといわれることがある。このことは、国公立大よりも私大の方がまだ理事長を頂点とするトップダウン・メカニズムが働くことからも裏づけられそうである。つまり企業に比べ、大学はガバナンスが欠如しているというのである。
しかし大学の情報化ということで対象となるのは多くが事務部門であり、教員や学生はユーザとして関係するに過ぎない。大学全体の中では事務部門はハイアラキー性が強く、したがってトップダウンは働き易いはずである。さらに企業でも常にトップダウンが働くとは限らない。その道一筋○十年という、上司よりも仕事に詳しい主(ぬし)的存在がいて、その人がウンと言わなければその組織が動かせない場合や、特に現場主義志向の強い日本型組織ではボトムアップを重視し、号令一下のトップダウンは馴染まないケースもあるだろう。
縦割り組織の弊害が指摘される場合もある。局益あって省益なし、省益あって国益なしのごとく、学内の事務部門内部が縦割りで部分最適化を図るため各部門が構築する情報システムも全体最適にならないのである。まさにこれは先に述べた(1)は達し得ても、(2)や(3)は難しいということである。しかし組織の縦割り化は企業でも見られるもので、大学固有とはとても言えない。企業でもこのような障害はあり、それを乗り越えているはずである。
このように考えると、大学の情報化が遅れている原因に大学独自のものはなさそうである。つまり2周先を行っている企業でも多かれ少なかれ困難さを経験しており、それを克服した結果が今日の姿であろう。恐らくは企業の情報化の道は死屍累々のはずである。もちろん企業は生存競争が厳しく、情報化しないと生き残れないことが最大の背景にあろう。しかし周知のごとく、大学も競争が厳しくなりつつある。逆にいえば後発者としての大学は、企業の情報化の歴史から学ぶべきことが多く、特に法人化され独自性が認められた国立大学はキャッチアップのチャンスともいえる。
ところで、企業の情報システム部門でアクティブに活躍している専門家をはじめ、様々な分野の研究者、実務家、経営者などが参加している本学会は、先人の知恵を獲得するには最適の場である。もちろん企業側から大学への一方的情報提供では提供側のメリットがない。大学側がそれを咀嚼した上で両者が協力し抽象化・一般化することで学術的価値が生まれ、また提供側自身にも新たな知見をもたらすことができるはずである。産学が緊密に連携している本学会ならではの活動ができることを期待するものである。