情報システム学会 メールマガジン 2010.8.25 No.05-05 [11]

連載 プロマネの現場から
第29回 システム構築における 「クレーム処理の心得」

蒼海憲治(大手SI企業・金融系プロジェクトマネージャ)

 『社長を出せ!』という衝撃的なタイトルで有名な川田茂雄さんのクレーム処理に関する一連の著作を手に取ると、普段の仕事では想像もつかないクレームがねじ込まれ、その対応に悪戦苦闘されている様子がわかります。大手カメラメーカーで、消費者相談室、各サービスセンター所長を歴任された川田さんのご苦労は並大抵のものではありません。クレーマーの方へのきめ細かなフォローの結果、≪いつしか家族ぐるみのお付き合いに発展し、年末にはクリスマスパーティーを開いたり、呼んだり呼ばれたりのお付き合いは、その出費もばかになりませんでした≫とご本人も書かれていますが、クレーマーの方々に見込まれたため、会社を退職された後も、手紙のやりとりを続けられ、手紙で不十分な場合は電話でフォローされるという関係を続けられています。この人生をかけたクレーム処理の大変さ、察するにあまりあります。

 ところで、システム構築においてもクレームとその対応は避けて通れません、その一例をあげてみます。
 第一に目につくのは、開発やテスト実施途上での進捗遅れ。状況の事前相談がなく、顧客にとって不意打ちとなる場合、クレームとなります。スケジュール遅延となる理由が、顧客と共有できている場合であれば回避されるケースが多く、きめ細やかな報告・相談が欠かせません
 次に、様々な品質問題が発生しているケースです。何度レビューで指摘しても、成果物の品質が良くならない。同じミス・誤りが散見される。ミス・不具合の情報がメンバー間で共有化されていないため、同様のミスが発生する。ミスそのものよりも、成果物を作り出すプロセスや体制そのものに問題があるため、同じミスが発生し続けることと、それが改善されないことに対してクレームがなされます。
 そして、本番障害発生。・・これはクレームより、トラブル対応になりますが、障害発生後の対応が迅速ではない場合、大きなクレームに発展します。
 また、見積りや提案時、顧客からの前提条件を見直すよう求められての再提案に対して、期間やコスト等の条件の相談をする前に、「できない」の一点張りの対応をしたと受け取られたケースがあります。クレームを言わないお客様だと、黙って他社へ相見積りをとり、知らぬ間に逸注という営業的にとても恥ずかしいことが起こります。
 以上のように、クレームは提案フェーズから、設計・開発・テスト、本番後の保守・運用フェーズまで、システム構築の全ライフサイクルにおいて発生します。そこで、今回は、システム構築の現場でも必要なクレーム処理の心得について考えてみたいと思います。

 クレーム処理において、最も大切なことは、「クレームは逃げても追ってくる」ということを肝に銘じておくことだと思います。クレームの指摘があった後、「他の誰かに回せないか」「他の部署に押しつけられないか」とぐずぐずしている間に、ボヤは火事になってしまいます。また、逃げよう、ごまかそうとする態度は、それまで我慢に我慢を重ねた上でクレームをしてきた顧客には簡単に見破られ、さらに不信感を増すことになります。

 ところで、クレーム(claim)とは、要求やその要求の正当性を主張することを指し、法的根拠に基づくものと定義されます。一方、法的根拠に基づかないものを、苦情(complain)といいます。

 システム開発のメンバーの立場からみた場合、ややもすると、クレーム=苦情と受け止めがちです。しかしながら、顧客というものは、何か不満があり腹立たしいことがあったとしても、一度だけでわざわざクレームを言うケースは少ないものです。クレームとなる前には、伏線となるような二度三度と度重なる大小のトラブルがあり、しかもそれらの問題が改善する傾向がないことに対して、はじめてクレームとなります。さらには、クレームをいわないまま、自社から黙って離れていってしまうケースの方が多いかもしれません。

 したがって、クレーム対応によって、顧客のサービス満足度が高い組織にすることができれば、仕事や案件の受注において、一度目は営業が仕事を取ってくるが、二度目からは技術が取る組織になることができるようになると考えています。

 クレーム処理を行う目的は、
 ・自社の正しさを証明し、顧客に認めさせることではないこと
 ・顧客が不満・苦労したことを理解し、お詫びすること
 ・情報を提供し、事実関係を理解してもらうこと
 ・自社の不備についてはお詫びし、再発防止を約束すること
 以上の点にあることを踏まえた上で、具体的な対応をとることが必要となります。

 以下、クレーム処理の心得を紹介します。

1.素早い対応
 夜討ち朝駆けではないですが、早朝・深夜、休日にとらわれず、迅速に対応する。クレームが入ってから即応し、放置プレーはしない。懇切丁寧な初動ができるか否かで、その後の展開は180度変わる。

2.トップダウンで対応する
 担当者任せ、現場リーダ任せにしない。クレームの情報と、顧客との対応状況について、逐次、営業及び技術側上長含め、社内関係者間で共有を図り、社・組織として受け止め、対応するという姿勢をみせる。顧客内でエスカレーションされ、どの窓口に連絡がきても、自社の対応状況が回答できるようにしておく。自社内・組織内は一枚岩となる。

3.顧客の感情面へのお詫びをすること
 顧客を怒らせてしまったこと、ご不満・ご心配をおかけしたことに対して、まずお詫びする。それ以上の謝罪は、事実関係に基づいて行う。むやみに謝らない。顧客の誤解、事実誤認については根拠・証拠を持って説明し、顧客が社内で説明できるよう支援する。
 自社が悪かった部分に対しては謝罪し、暫定対策だけでなく、恒久的な再発防止策を実施する。明らかな侮辱や理不尽な要求には、毅然とした態度で臨む。

4.相手の意見をよく聞く。話せば必ずわかる、という確信を持って対応する。
 顧客側の認識、不満、言い分をとことん言っていただく。顧客の話を一言も聞き漏らさないよう、傾聴する。後ろの時間を気にしなくて良いように、後続の打合せのキャンセル等の段取り、深夜であれば帰りの足の心配をしないよう手配する。

5.嘘はつかない、ごまかしを言わない
 無責任なその場限りの言い逃れはしない。バグ0件を約束する、というような安請け合いはしない。品質保証のプロセスや体制について十分に説明する。その上で、発生した障害については、速やかに対応する。

6.原因を個人に求めない
 調査と称して、犯人探しをしない。一見、個人のミスのようにみえても、「なぜその人が間違ってしまったのか」「作業プロセスに、誤り・漏れはなかったのか」といった真因分析をする。

7.再発防止は、プロセスと体制の両面から捉える
 直接原因としては、ミスや思い込みということが多いが、真因分析を踏まえた対策を実施する。

8.情報は組織として共有する
 再発防止の実施により、改訂されたプロセス標準に基づいた教育により、プロジェクトメンバーに対して周知徹底を図る。

9.クレームに感謝し、定期的にフォローする
 クレームをきっかけに、月次での報告会や情報交換会を実施し、その後の改善状況や  その時点での取り組み状況を説明する。また、顧客側の要望を伺うことを通して、改善案件や新規案件の情報を得る。顧客側も、顔が見えて言いたい要望が言えるため、一番の営業にもなる。

10.礼儀正しい言葉づかいと態度を守る
 クレームを受けた時、被害者意識を持って、否定的・攻撃的な発言を決して行わない。

11.クレームを発生させない
 上記の施策を実施することで、サービスレベルそのものを向上させ、クレームの防止を図ることが、クレーム処理の最終形となる。

 適切にクレーム処理を遂行するためには、平常時から、クレーム処理ができる体制、エスカレーション・ルートを整えておく必要があります。
 そして、クレームは、危機管理のための「抜き打ち検査」とも積極的に捉え、即応し適切に処理できれば合格だし、残念ながら上手く対応できなかった場合、自社組織の改善のチャンスと受け止めることが、前向きに取り組むコツだと思います。
 お金だけでなく口も出す・・厳しいことを言ってくださる顧客は、「金のなる木」ならぬ「知恵のなる木」であるといいます。厳しい指摘や要求レベルの高いお客さんとどう付き合うかが、自分たち自身がどこまで成長できるかの鍵になります。

 トラブルを契機に改善し強い組織となるように、クレームを契機に、サービスレベルの高い組織になれるように努力していきたいと思っています。