「畳重性」に関連して、今月の学会の研究会で慶應大学の山内志朗教授がお話しされたテーマの1つに、ベイトソンの「ダブルバインド理論」があります。レベルの異なる2つの矛盾したメッセージが伝えられ、そこから逃れられないとき、人は混乱に陥り、うまく対処できない場合、統合失調症の発症契機にもなるという考え方です。
先の参院選では、野党8党とマスコミなどから与党に対して、「マニフェストが実行できていない」という厳しい批判がある一方、「マニフェストはバラマキだから撤回せよ」という主張があり、また、かなり唐突に持ち出されて賛否の拮抗した消費増税について十分な説明ができないうちに、与党は敗北、総選挙から1年を経ずして国会は再び(逆の)ねじれ状態になりました。
ねじれが生じると、法案や同意人事案件の審議は難航します。今回の場合、与党は衆議院で3分の2以上の議席をもっていないため、最悪の場合、法案は1本も成立しない可能性もあります。
国会の審議が難航すると、経済や財政の危機に対して迅速な対応がとれなくなり、国民生活にも影響が及びます。
英国で活躍された経済学者の森嶋通夫氏が、政権が代わるごとに成長率が下降することを実績データから明らかにされ、これをもとに森嶋氏は、いわゆるイギリス病の原因が二大政党制にあるという仮説を提示されました。政策転換にともなって、成果ロスが生じるのですが、これを森嶋氏は「民主主義のための費用」と位置づけられています(「サッチャー時代のイギリス」岩波新書)。
勝敗がはっきりして安定政権が成立する二大政党制でさえ、交代時には成果ロスが生じるのですから、9党が乱立してさまざまな主張をする、衆参がねじれた国会の場合、どれだけのロスが発生するのか、想像を絶します。
ところが、少数与党であっても長期にわたって政権を持続し、他党との間で合意形成を行なって優れた政策を次々に実行、顕著な成果を挙げた事例が国外にあります。それは、スウェーデンの社民党です。
早稲田大学の岡沢憲芙教授が著された「スウェーデンの政治」(東大出版会)によると、社民党は1889年に結成、1914年には第二院(現在は一院制)の第一党になり、以来今日まで比較第一党の地位を保っています。1917年に、他党首班の連立政権にはいり、1920年には単独政権を樹立、1932年以降、実に44年間連続して政権を担い続けました。
第2次大戦後、1945年7月から2006年10月の選挙まで延べ28回、内閣が発足しましたが、そのうち22回が社民党中心(単独19回、連立3回)で、社民党以外の政党の連立は6回でした。驚いたことに、この間社民党が選挙で過半数の議席を占めたことは、たった1回しかなかったのです。
スウェーデンでは多党が並立していて(現在総議席数349を7党で分け合い、最も少ない環境党・緑で19議席)、その中で少数与党または連立内閣が続く、一見不安定に思える状況にありながら、その政権運営成果にはすばらしいものがあります。
メルマガの3月号などでも一部述べましたが、国際競争力(2010年IMD発表)スウェーデン6位(日本は27位)、国民一人当たりGDP(2009年IMF)スウェーデン13位(日本17位)、幸福度(2008年ミシガン大学)スウェーデン14位(日本43位)、幸福度(2006年レスター大学)スウェーデン7位(日本90位)、債務残高対GDP(2009年)スウェーデン42%(日本189%)に見られるように、多くの項目で優れた指標値が示されており、年金・子供手当・教育の無償化など社会福祉・教育関係の諸制度も、わが国よりはるかに充実し安定しています。
もちろんこのように顕著な成果が、66%(日本39%)という高い国民負担率(租税負担率+社会保障負担率)(対GDP比)によっていることはまちがいありません。消費税率を5%から10%に上げる構想を示しただけで大騒動になるわが国がここから学ぶべきは、例えば消費税率25%のように負担感が大きいと懸念される制度に対しても、国民的な合意を得て実行に移し、かつ最終的に国民に満足度を与えているプロセスであると思われます。(わが国の内閣府が行なった世界青年意識調査(2004年発表)によると、社会への満足度に関して、スウェーデンでは「満足」と「やや満足」の合計が75%(日本は36%)でした。)
岡沢教授は前掲書において、合意型政治が成り立つ条件として次の5項目を挙げられています。
一般的に合意に難渋する問題の項目として、憲法、政治体制、外交・防衛、経済活動に対する国家の介入度、地方と中央の関係、環境、難民の受け入れなどが挙げられ、いずれもスウェーデンでは重厚な合意範域が形成されているとされています。日本なら激しい対立が起きそうな項目ばかりです。
例えば外交・防衛について、スウェーデンでは非同盟・武装中立・国連主義で合意ができていて、実に190年間にわたって戦争をしていないことが、政策の正しさに対する確信になっています。
戦後スウェーデンで体制に関わって対決の可能性のあった問題として、岡沢教授は2項目だけ指摘されています。1つは社民党がプログラムとして「国有化」政策を進めるかどうかということで、これは国内に懸念が生じた途端、社民党が棚上げしました。2つめは、労働者基金という、労働運動がコントロールできる巨大資金が誕生し、社会主義化の不安が高まったときです。このときも社民党は妥協点をさぐり、産業界が納得する方向で収束しました。
それ以外の原発開発、EU加盟、ユーロ加盟、一院制への移行(日本なら大変)などの問題は、状況問題・微調整問題の性格が強かったとされています。
国民の議会制民主主義に対する支持度が高く、また広範に国民を政治に参加させる制度が整えられてきています。
選挙権・被選挙権はともに18歳に引き下げられ、在住外国人にも選挙権・被選挙権・住民投票参加権が付与されています。1票の格差は是正され、公平度の高い選挙制度になっています。全国すべての郵便局が投票場となり、投票期間も長期に設定されています。
この40年間で最高の投票率は91.7%でしたが、最近3回の投票率も、81.4%、80.1%、82.0%と、強制投票制や罰金制度がとられていないにもかかわらず高い投票率が維持されています。(ちなみに日本の最近3回の国政選挙の投票率は、58.6%、69.3%、56.4%でした。)
世界で最初にオンブズマン制度ができたのはスウェーデンです。一般的に社会問題や政治問題を解決するための任意団体やNPOなどへの国民の参加率が高く、日常生活の一部にもなり、それが連帯感醸成の前提になっています。
利益団体や市民は、法案に意見上申書を出すことができ、政策決定過程への利益団体の招聘も行なわれています。地方議会の場合、市民が集まりやすい夕方、学校の体育館などで開催が可能です。
スウェーデン国民は、現実的な解決策を重んじ、ドグマ過剰のカリスマ・リーダよりも実務家タイプのリーダーを求めています。現役時代に膨大な老後投資を行なう高負担社会が、国民を既得権保守派に変換し、一層プラグマティックな心性を助長しました。
このような国民の期待に応えるため、政党も権力への距離を意識して求心的に競合し、ここに連合形成を通じて漸進的改良を志向するアウトプット重視の政治文化が生まれることになりました。
これは、政権に肉薄して利害関係の調整機能を分担する実権政党への成長を選択した社民党が長期にわたって定着させた風土でもあり、今日すべての政党がこの軌道の上を走るようになりました。
スウェーデンの政治的問題解決プロセスの特徴は、まず女性・在住外国人・高齢者など、従来排除されがちだった人たちの参加を広く求めていることです。
改革案(法案)の策定にあたっては、調査委員会をつくり、時間と資源を投入し、広範に意見を集約、熟議を重ねていきます。当然野党にも参加してもらい、また前述したように利益団体の代表の招聘も行なわれます。報告書に対しては、利益団体や市民から意見上申書の提出を受けます。
地方自治体も議員内閣制を採用していますが、内閣には野党の代表がはいることになっています。それによって、少数意見を採り入れるとともに政権交代の準備をさせ、交代時、政策の一貫性が保てるようにしています。
190年という先進国では稀有の平和が継続していることから、国に対する絶大な信頼が生まれました。危機に際しても一切武器を使わず対処してきた実績が、対決ではなく、Win−Winの関係をめざした、中庸のところで問題を解決していく風土を培ってきました。戦争による破壊の懸念がないため、長期的な展望をもつことができ、将来に期待して高負担にも耐えられる国民性を生み出しています。
その国民性が政治家にも反映して、長期的な視点に立った合意形成型の議論と政策判断を可能にしてきています。
わが国の国会における不毛な審議と、その後の「数の論理」による強行採決などを度々見るにつけ、スウェーデンと日本では、政治家・国民ともに、問題解決と合意形成能力の成熟度に、かなりの差があるように思われます。
岡沢教授の合意形成型政治の分析を読むと、その背景として、スウェーデン(あるいは北欧)では、ヨーロッパにおける人材育成の伝統である実践知(フロネーシス)と言語技術能力の涵養が、国民とその中から選ばれた政治家の双方に、比較的純粋な形で実現しているのではないかと推察されます。
政治が管理対象の著しく多い、時系列をもった複雑系の問題である以上、今までのように経験と勘を能力の基礎にしているような政治家だけでは、到底多くのステイクホルダに納得される適切な解を見出すことはできません。
情報システムの専門家も参画しシステム思考を駆使して、国際的にも国内的にも満足度の高いソリューションを展開すべき時期に来ているように思われます。
この連載では、情報と情報システムの本質に関わるトピックを取り上げていきます。
皆様からもご意見を頂ければ幸いです。