情報システム学会 メールマガジン 2010.7.25 No.05-04 [5]

評議員からのひとこと
就職活動を正常化して学力の向上を図ろう

評議員 魚田 勝臣

あらまし

 日本人の学力が国際的に見ても低下しており、その傾向に歯止めがかかっていないと言われます。議論の対象は初等・中等教育、大学の教育現場での実感、雇う側の評価などさまざまです。今回は、大学教育での学力低下の根本的な原因として就職活動による大学2年制化の実態を示し、文部科学省による就職活動解禁日の制定と運営など3つの方策を提言します。本提言が実現されれば大学教育は正常化され、学力は向上します。企業は無用な経費や労力の負担がなくなります。就職活動のミスマッチを防ぐことができ、ニートや非正規労働者の増加を食い止めることができると思います。
 筆者は前職が文系大学教員で、就職指導委員長を務めたことがあります。就職活動の早期化と長期化が大学教育をゆがめ、学力低下をもたらして行くのをつぶさに見てきました。その経験に基づいた提言をしてご批判を仰ぎたいと思います。

1)「大学2年制」の根拠

 現在日本の大学での修業期間は実質2年で、大学生の学力低下は修業期間の半減がもたらした当然の結果であると見ております。
 大学では、3年生になったばかりの4月に就職ガイダンスが開かれ、就職活動(以下就活)が開始されます。ここから適性試験講座、学内企業説明会、履歴書作成、企業セミナへのエントリ、エントリシートの作成、業種別講座、面接対策などの講座や行事が目白押しに組まれています。就活への面倒見の良さが大学選びの指標の一つになっていますから、大学ではコンサルタントに依頼するなどにより内容を充実させています。教員の多くは、これが大学教育の一環かと疑問に思いつつも、現状を受け入れざるをえません。
 夏休みの前後から(念のため申しますが、3年の夏休みです)内々定が出はじめます。内々定とは内緒で内定することだと筆者は思っています。噂は広まり、学生は就職主体の活動になります。授業では就活による欠席が定常化し、ゼミナールや卒業研究も欠席者多数のため不成立のこともあります。勉学優先、欠席は許さないと毅然とした態度を取る教員は少ないのです。
 就活が短期に終わり学業に戻れれば、教育現場もなんとか対応できるかも知れませんが、早期化は同時に長期化をもたらしていますので事態は深刻です。学生は内定を得ても、更に条件の良い就職先を求めて活動を続けます。こうした「くら替え」は雇う側にとって困りますので、費用と労力をかけて内定学生の確保に努めます。具体的には、仕事や昇進に直接つながりそうな資格取得の講座、研修や儀式の実施などです。これらも就活の一環で、学業の妨げになっていることは否めません。
 就活は社会における活動の経験であっても、学問ではありません。就活に費やしている3,4年生の2年間は、大学教育とは言えないので、大学は2年制と結論づけられるのです。

2)「2年制」になった経緯

 筆者が大学に入職した21年前(1989年)頃は就職協定があって、4年生の10月1日企業訪問解禁のルールが守られていました。それがバブルの発現とともに、なりふり構わぬ学生の奪い合いが始まり急激に早期化が進みました。これを阻止すべく雇う側が協定や憲章を作るものの、その都度破られ、早期化が更に進むという悪循環に陥りました。大学は、弱い立場にあるので講座や行事を前倒しにして求人側の早期化に応えてきました。その結果が現状を生み出し、今のところ状況が止まる兆候はありません。
 ご案内の通り、大学では1,2年で基礎学力を養い、3,4年で専門科目の深化およびゼミナール、卒業研究という大学らしい教育が行われています。就職面接では「大学で力を入れたことを答えなさい」と問われますが、ほとんどの学生は2年間のアルバイトやサークルの経験や基礎学習の内容しか答えることができません。学生も本来なら自分の能力を誇りたいと思うのですが、まだ専門教育も深化されておらず研究も緒についたばかりなので、語ることができないのです。
 要すれば、雇う側に、優秀な学生を選んでいるのではなく、これから伸びるであろう期待感で選考している実情を認識していただきたいのです。実績に基づいた能力を問うているのではないので、ミスマッチが多発し、入職後3年で3−4割が辞めるのも当然と思われます。これが青田買いの現状です。

3)就活正常化への提言

 先に述べましたとおり、雇う側も就活の早期化に歯止めをかける努力を続けてきました。それにもかかわらず改善の糸口が見いだせておりません。よって、雇う側の論理に委ねていては問題が解決できないことは明らかです。
 そこで、筆者は文部科学省(文科省)に対して、教育の元締めとして先頭に立って、就活に対するルールを作りかつ毅然とした態度で運営することを提言します。具体的には次の通りです。
(1)4年の夏休みをインターンシップ(就業体験)の期間とする。学生は、2週間ずつ2回に分けて、企業や団体などで実習する。実習先は企業などの応募を見て、学生と大学が決める。
(2)4年の10月1日を企業訪問解禁日とし、選考試験・面接等を開始する。12月1日に全国一斉に内定式を行い、卒業を条件に、入職と雇用を双方が約束する。
(3)ルールの運営は、文科省の下に置いた「公正就職委員会」が行う。ルール破りにはペナルティを科し、公表する。

4)結びに

 大学2年制化は、産業優先・教育軽視の政策がもたらしたもので、改める責任は政府にあり、改めることができるのは政治家であると考えます。今の政治家は「票になることしかやらない」と言われますが、こんな明らかな国家的損失を放置してよいのでしょうか?
 日本人は、かつて貧しくても子どもの教育を優先する国民でありました。それが優秀な日本人を育み、驚異的な発展をもたらしました。その血脈を再び呼び起こし、この問題を解決すれば、「国家百年の計:教育を建て直した」と歴史に残るでしょう。時間をかけて国民を納得させれば企業等は喜んで協力すると思います。なぜなら雇う側は良い学生を雇うことができかつ無駄な労力と支出がなくなるのです。国民は、たわわに実った収穫の喜びを分かち合えるようになると思います。本気で取り組む政治家の出現を切に望むものです。

以上