先日、新人の配属に先立って、現場側の配属予定プロジェクトの状況と育成方針とともに、新入社員に要望するスキル・資質をとりまとめ、人事部門に対して要求を出しました。またそれとともに、新配属となる新人へのプレゼントとして、所属部署やプロジェクトにいる若手・中堅層を中心に、過去に自分が読んで役に立った、新人に対して手に取ってみるべき本の紹介と、若手社員に対するアドバイスを募集しました。そのアンケートの結果を整理してみた結果はこうでした。当然のことながら、IT技術系の本が大半であり、技術分野別・要素技術別に整理しました。その一方でIT技術系以外の本、例えば思考法・発想法などの本や、モチベーションを高めたり、プロジェクトが苦しかったときに読んで感動した本などの紹介も多数ありました。また、若手社員に対するアドバイスは、その内容そのものに、メンバー自身の仕事観や直面している課題観がよくでていました。マネージャとしては、期せずして配下のメンバーが普段見せない想いの一端がわかり、その後のフォロー、コミュニケーションの面でも良い効果がありました。
今回、プロジェクトメンバーみんなの回答をとりまとめながら思ったのは、これらの貴重なアドバイスを、どうやればよりスムーズに新人たちに受け止めてもらえるだろうか、ということでした。
同じ話を聞き、同じ経験を積んでも、大きく学べる人と、そこから学ばない人、学べない人がいることは、誰しも感じることだと思います。
同じ教育を受け、同じ経験を積んだ上での差があるとすると、教える側の問題以上に、教わる側にも課題があり、教わる上での姿勢・技術・心得のあり方が、より大切になります。
そこで、今回は、教わる技術・心得について考えてみたいと思います。
ところで、「教わる技術」という言葉が思い浮かんだ時、以前、手にした水上浩一さんの同名の本『教わる技術』(*1)を思い出しました。今回、再読してみて、とても良い気づきを得たので、『教わる技術』でのヒントも踏まえた9つの「教わる技術」を紹介してみたいと思います。
1.好奇心
まず、これから取り組もうとする仕事・プロジェクトにおける「IT技術」「業務知識」「プロジェクト管理」「顧客」等について、「知りたい」、「理解したい」、「できるようになりたい」という気持ちを貪欲に持つこと。そして、いつまでも持ち続けることが、誰にどのように教わるか、ということよりも大切だと思います。
2.無知の知
「知らない」ということを知ること。それによって「謙虚」になれるし、より深く知ることができるようになる。人に対する知ったかぶりよりも、自分自身に対して知っているつもりになる愚を犯さないように心がけたいものです。
3.目的意識を持つ
カラーバス効果を利用します。カラーバス効果とは、漫然としていてはそれまで見えていなかったことが、意識した途端、目に入ってくるようになる現象を指します。たとえば、ある部屋の中で漫然と座っている時は気づかなかったものが、「赤い色のものを探そう」と部屋を見渡すと、沢山の赤い色のものに取り囲まれていたことに初めて気づく、というようなものです。目的を持つことによって、必要な情報が手に入りやすくなるし、情報への感度が格段に向上します。
4.質問・問いを持つ
講習やセミナーはもちろんこと、人とのヒアリングや本を読む際、問いを持っているか否かで、受け取るものが大きく変わってきます。また、事前に問いのリストを作って、リストを潰し込んでいくことによって理解の抜け・漏れを防ぐことができるようになります。
5.情報を発信する
手に入れたい情報を習得する都度、自分の理解した内容を発信する。発信すればするほど、新しい情報が入ってくるようになります。
6.ロールモデルを持つ
目指すべき目標の人物像を持つ。問題や困難に出会った時、あの人ならどう考えるか?と言う目を持つことができます。
ロールモデルの重要性を考えるにあたって、齋藤孝さんはこう語っています(*2)。
≪天才とか偉人と呼ばれている人は、学ぶことがうまい。あるいは学ぶ情熱にあふれているので、そういう人たちのほうが、ヒントを多く与えてくれる気がします。
大きな仕事をする人というのは、向き合っているトラブルの数で言うと、ふつうの人より多いんですよね。
そういうトラブルの乗り越え方というメンタリティの面でも、勉強になります。
自分と比べれば、偉大な人の陥っているトラブルのほうがうんとすさまじい。≫
ここでは、ロールモデルというより、偉人を対象とされていますが、自分と比べて、より大きな、より困難な課題に取り組まれている人をロールモデルとし、彼らだったらどう考えるだろうか? どう行動するだろうか? と自問自答することが、悩んでいる自分を超えたメタレベルの認知を得る上で大切なことだと思っています。
私生活も含めてのロールモデルとするのであれば、理想の一人の人物が想定できた方がよいのかもしれません。しかしながら、自分の興味・関心・指向性等すべての面で一致する人を求める方が実際には難しいことを考えると、一人の人物にすべてを仮託せず、いろんな人から各々良い所を学ぶのが現実的です。たとえば、技術分野毎、コンピタンシー毎に、自分にとってのロールモデルを設定するのがよいと思います。
7.私淑する
自分にとってのロールモデルを定めたら、勝手に私淑してしまうのが、コツかもしれません。ロールモデルした当人に知らせる必要さえないと思います。
同期・同僚 : 同じところからスタートしたはずなのに、数年も経つと、活躍する分野や身につけたスキル・経験が大きく異なっています。その良い点を謙虚に学び、また、仕事上、協力してもらう。一緒に仕事をして、知識を共有し、考え方や物事を捉えるときの観点を学ぶようにします。
下位者・部下 : 下位者・部下からの疑問・質問をないがしろにせず、改善の契機と捉えます。彼らからの質問は実はベテランが知らないうちに行っている暗黙知の宝庫であり、明文化していくことで組織力の底上げを図ることができるようになります。また、後輩に質問される人間、質問をするに値する人になることを心がけることが大切です。このマインドは、自分自身が若手であったとしても、大切だと思います。
上司・元上司 : 現時点の業務推進の責任者であることはもちろんですが、仕事を離れた後が非常に大切になります。直接の仕事を離れた後の元上司は、メンターの最有力候補になります。部署や職場が異なった後も、自分にとっての応援団であり、引き立て役になっていただけます。
顧客 : 厳しいだけの顧客は敬遠したいものですが、お金も出し口も出す厳しい顧客は、「知恵のなる木」です。厳しい要求に応えることを通して、自分とプロジェクトチームが鍛えられます。
8.頼まれやすくなる
頼まれごとをされたら、極力嫌な顔をせずに受けるようにします。依頼されれば依頼されるほど、学ぶ機会が増えます。その際は、やったことがないからと断らないように気をつける必要があります。依頼する人がまったくできないと思っているのであれば、そもそもお願いされることはありません。一見難しそうな依頼でも、依頼者との人間関係ができているのであれば、その取り組み方を含め、相談しながら共に成長していくことができます。
9.顧客志向の信念を持つ
最近の目標設定についての研究(*3)によると、仕事の信念には、「目標達成の信念」と「顧客志向の信念」の大きく2つがある、といいます。
「目標達成の信念」とは、明確な目標を設定し、情熱・熱意を持って、努力・挑戦し、その結果として、自己実現や学習を重視する考え方です。一方、「顧客志向の信念」とは、顧客の立場で現状を把握し、顧客が意思決定することを支援し、結果として顧客満足や信頼を高めることを重視する考え方です。この2つの信念と業績結果を調べたところ、「顧客志向の信念」が高い人ほど、経験や学習と実績が強く結びついていた、といいます。
その理由はこうです。顧客の問題を解決しようとすると、顧客の要求や課題・問題を探るための「コミュニケーション力」や「情報収集力」が高まり、また、当初想定しなかった問題と対峙することで難易度の高い仕事に取り組むことになります。さらに、顧客に対して解決策を出すために、提案を行うための「企画力」が鍛えられ、また、解決に必要な「専門技術」の理解が深まることになります。
こうして「教わる技術」を整理してみると、新人だけでなく、中堅・ベテランにおいても自己点検して我が身を振り返ってみることが有益ではないか、と気づきます。
今後の新人の職場受入時の教育時には、教える内容と一緒に、以上のような「教わる技術」についても、あわせて紹介したいと思っています。
とりわけ顧客志向の信念を持つことの大切さなどは、オフィシャルな教育や職制での指導によって頭で理解するだけで終わらせず、腑に落ちて納得できるようになるまで、仕事のできるベテランやリーダから問わず語りに伝え続けることが大切であると思っています。
(*1)水上浩一「教わる技術 なぜ、メンバーの教えをものにできないのか?」
ソフトバンククリエイティブ 2004年刊
(*2)齋藤孝・梅田望夫「私塾のすすめ ─ここから創造が生まれる」(ちくま新書)
2008年刊
(*3)松尾睦「経験からの学習─プロフェッショナルへの成長プロセス」同文舘出版
2006年刊