最近、大規模プロジェクトの体制を組成する際に、SIベンダーとしての自社内はもちろんのこと、顧客企業からも、プロジェクト・マネジメント・オフィス(以下、PMOと略)の主管及びメンバーの人出しの要請を受けることが多くなりました。
また、ここ数年急速に、プロジェクト側の立場からみても、プロジェクトの推進において、自社内のPMO組織との連携は、密接になっています。
プロジェクト提案時の受注審議から始まり、案件開始時の実行計画書及び品質保証計画書のレビュー、プロジェクト推進途上での報告会、カットオーバ前のリリース判定審議、そして、リリース後にプロジェクトの教訓を記録する完了報告会まで、ソフトウェア開発のライフサイクル全般にわたってフォローいただいています。
また、プロジェクト本体の活動とは別に、プロジェクトマネージャの育成や各種技術交流会等の主催、組織全体との整合を図るための各種プロジェクト標準の策定・改訂を担っています。
上記の活動に加えて、個人的には、プロセス改善において、アセスメントの知見を踏まえて、実効性のある標準とするための日々の改善活動のため、定期的に現場にも入っていただいています。
ところで、PMOの組織そのもの成立の経緯は、PMBOK等の知識体系の成立などと軌を一にしていると思っています。特に日本においては、団塊世代のベテランが大量退職した2007年問題・・すでに3年経過してしまいましたが・・プロマネのスキルが組織から失われることに対する対応策の一つとして、ベテランPMの暗黙知を形式知化して保有する受け皿としてPMOができ、このPMOが、組織全体の個別プロジェクトを支援することが期待されているのだと理解しています。
プロジェクトの現場を孤立させず、経営層からみても、失敗プロジェクトを予防する。プロジェクトの現場の力を発揮させるための触媒となる存在がPMOである、と思います。
先日、PMI日本支部が作られた『戦略的PMO』(*)を手に取ったところ、興味深い記事がありました。巻末に、欧米等海外のアンケート調査結果があったのですが、そのアンケートの一つに、「PMOが存在することの合理性についてこの数年問われたことがあるか?」という問いがありました。その結果は、存在意義を問われたことが「ある」という答えが実に42%と、予想外に高かったのでちょっと驚きました。また、日本に比べ、PMOについて先進的な取り組みをしていた欧米では、既に廃止されたPMOも多い、という話を聞いたことがあったので、その一端を示しているように思いました。
同書にあったアンケート結果によると、日本におけるPMO導入状況は、2009年時点において、設置済みは、65%であり、8割ほどが5年未満と、従来から品質管理部等の組織はあったものの、PMOとして明確に位置づけたのは、ここ数年の動きであることがわかります。
PMO導入の主要な理由としては、
・プロジェクトを支援する組織がない
・プロジェクトの失敗率が高い
・プロジェクトマネジメントの標準化を推進する組織がない
・プロジェクトの品質を定量的に測る尺度がない
等が挙げられています。
また、重要度の高いPMO業務としては、
・大規模案件フォロー
・プロジェクトマネジメントシステムの充実
・PM育成
があり、導入の契機は、失敗プロジェクトやバーストする案件を無くすことであることが多いのでしょうが、その次の段階として、各種教育や研修によるPMスキルそのものの底上げや、組織としてプロジェクトマネジメント標準やプロセス標準を体系的に整備し、プロジェクト現場に浸透させる活動が続くことになります。
一方、海外では、既に廃止されたPMOもあったとのことですが、プロジェクトの現場からみて、「悪いPMO」の特徴としては、以下のようなものがあります。
<悪いPMO>
1.形式主義
・現場を知らないまま、指標やルールを押しつける
・書面主義、形式主義
・PMOから指示された測定管理、管理成果物の作成負荷が高い
・PMOの存在そのものが、推進の阻害要因となる
2.管理屋
・単なる管理
・取りまとめ屋
3.取締り屋
・PMを叱責するだけ
・取締り屋(警察、ゲシュタポと揶揄される)
・犯人探しをする
4.知見不足
・PMOの構成要員に知見者が少ない
・現場のPMより、スキルがない
・そのため実プロへの発言力が小さく、説得力が乏しい
5.コミットメント不足
・プロジェクトの成功にコミットしない
そもそも現場を知らなかったり、また現場に入ったとしても、苦戦しているプロマネよりプロジェクト管理の知見が不足している。にもかかわらず、書面主義で管理・報告資料の作成を要請・強要する。最悪なのは、トラブル現場で、一致団結しての問題解決より先に、犯人探しを始めるようなケースが浮かび上がります。
PMO本来の意義である、プロジェクトを状況に応じて適切にマネージメントする存在ではなく、プロジェクトを決めたルールに当てはめてコントロールする管理屋的な存在・・PMOではなく、PCO(プロジェクト・コントロール・オフィス)になっています。
そうであれば、時々刻々変化するプロジェクトの状況を踏まえて、現場が助かる「良いPMO」の特徴は、以下のようになるのでは、と思います。
<良いPMO>
1.メンタリング、コーチング
・困ったことが相談できる
・悪いことを進んで言える
・罪を憎んで人を憎まない
・問題解決のための討議ができる
・現場の状況をわかって適切なアドバイスやフォローをしてくれる
2.マネジメント層と現場の橋渡し
・上位マネジメントへの報・連・相
・エスカレーションできる場の提供
・PMOとしてのエスカレーション
・他組織との連携
3.プロマネ知見
・プロマネやリーダに足りないマネジメント知見を補ってくれる
・プロマネやリーダ層の育成
4.コミットメント
・プロマネの目線を持って、プロジェクトを見る
このようなPMOにするための成功のポイントとして、『戦略的PMO』においてはこう提言しています。
1.経営のコミットメント
PMO活動が、余分な管理業務と思われてはならない。
2.PMOのリーダシップ
PMOリーダのコンピタンシーとして、
・リーダシップ
・プロジェクトマネジメント経験
・国際標準に基づいたプロジェクトマネジメント知識
・事業経営の知識と能力
・社内マネジメントからの信頼
と、並みのプロマネ以上のスキルが本来必要である、と指摘しています。
3.明確な目標設定
4.継続的改善
5.ITの有効利用
・プロジェクト・データベースの確立
・プロジェクト基幹システム
・ツールの標準化と整備
これらの成功のポイントの中でも、とりわけ、「継続的改善」の取り組みが一番重要であると考えています。
PMO組織は、一度では完成しません。PMOが導入された後、その役割を果たしていくにつれ、その組織におけるプロジェクトマネジメント能力や組織文化も変化していきます。最初は、トラブル対応、バーストした案件のフォローに忙殺されるかもしれませんが、徐々に、予防としてのリスク管理に注力の観点が移ります。さらに、プロジェクトの現場が自立できるよう、リスク・マネジメントを含むプロジェクト・マネジメント教育により、プロマネ層を底上げする。そして、プロセス改善活動をサポート・支援することで組織力そのものを引き上げる。この一連の取り組みの中で、PMOに期待される機能や役割もPMOの発展段階によって推移します。
プロジェクトの組織がプロセス改善モデルに基づいて成長していくのと同様に、PMOもプロジェクトマネジメント成熟度モデルに基づく継続的な改善が必要になります。
最後に、冒頭で紹介した、顧客側PMOメンバーのアサイン要請を受けて悩むこと。それは、強力なPMOとするためには、大規模プロジェクトを推進する知見がある人材であることはもちろんですが、「良いPMO」の条件を満たすためには、プロマネやリーダが十二分につとまる人材をアサインする必要があります。中小規模の案件であれば、複数プロジェクトが組成できるのがわかっていながら、あえてPMOメンバーにアサインする。
SIベンダーとしては、プロジェクトを取るのか、顧客PMO支援を取るのか、のビジネスとしての選択が迫られることになります。
実際には、SIベンダーとして、大規模開発をするプロジェクトにおいては、顧客側にもキーとなるメンバーを顧客側PMOとして配置し、顧客−ベンダー一体となって、プロジェクトを円滑に推進していくことが現実的なあり方になっているのではと思っています。
(*)PMI日本支部編『戦略的PMO―新しいプロジェクトマネジメント経営』オーム社 2009年刊