情報システム学会 メールマガジン 2010.1.1 No.04-10[11]

会員コラム 「政府ICT調達を横目で見ながら」

ハンドルネーム 森のかめさん

 私は公務員で、過去にICT調達関連部署にいたことから興が昂じて大学院に入りなおし、今もまだ研究を続けている。周囲にはお上から派遣されて大学に行くものはいるものの、自費で行くものはほとんどおらず、そうしたところで評価もされることもない。先日制定された自己啓発のための休業を申し出たこともあったが、体よく却下された。
 これまで足掛け6年電子政府政策を追いかけてきたが、業務で変わったことを挙げるとすれば、少しセキュリティが厳しくなった程度で、業務は何も変わっていないような気がする。それでクレームも特にないのだから、よく雑誌などで組まれている電子政府調達の非効率などは、全体をマクロに見、比較対象を持った人たちだけの所見なのかもしれない。
 研究テーマは電子政府システムと危機管理の関係といったものなのだが、わが国のシステムとの比較のために、これまで多くの国を訪れた。一番印象的なのはお隣の韓国で、ソウル市役所は入るとガランとしてほとんどだれもおらず、その理由を尋ねるとインターネットで住民票の取得等を含めたいていのことは間に合うので、わざわざ来る必要がないとのこと。また入口の横には職員のICT講座のカリキュラムが張り出され、入ってすぐの教場では30名近くの方がそれを受講していたのはさすが世界第1ともいわれるだけあると思ったものである。年間一定時間勉強が義務付けられ、成績の悪い者は首にされることもあるそうだ。そういえば昔ICT調達部署に転勤してきた、これまでパソコンを触ったことのないような者に、業者との調整で使うエクセルを昼休みを使って教えようとすると、なぜおれがそんな勉強をしないといけないかといわれ唖然としたことを思い出す。世界最先端など夢のまた夢である。
 フィンランドも面白かった。そこで見たものは私がそんなものがきっとどこかにあるに違いないと思っていたものであった。彼の国では警察も、消防も、沿岸警備隊も、軍もみな共通の機材を使い、必要に応じてアドホックにネットワークを構築できるそうだ。その後フェリーで海を渡り、電子政府の先進国といわれるエストニアにも立ち寄ったが、同様のシステムの装備を始めていた。ドイツにも同様のネットワークが構築されているそうで、コソボ紛争でも使用されたそうだ。欧州の一つのトレンドとなっているようであった。
 米国で思い出すのは、顔の横で指を2本折り曲げるサインである。文字の「」のことらしく「いわゆる」という意味で、表向きはそうだが実はどうだといった話のときに使われるらしい。行った先は国土安全保障省で、堅いガードで入り口で写真も撮らせてもらえなかったので、黙って近くへ移動してこそっと撮ったがどうやらみつからなかったようだ。中に入るとPh.Dや階級をずらりと並べた名刺を山ほどいただき、ありがたい話をたくさん伺ったが、そのあと連邦危機管理庁(FEMA)に20年勤続した方にその話をすると、それは「」だよとの返答が返ってきた。911テロの後、国土安全保障関係に莫大の予算が投じられ、雨後のタケノコのように俄か専門家が現れ、その化けの皮が剥がれたのがハリケーンカトリーナなどの一連の不手際なのだそうだ。日本では国土安全保障省に関し、いいことばかりのように聞いていたが、実はそうでもないらしい。行ってみて初めて分かることもあるものだ。
 総じて思うことは、電子政府といっても、その国の制度や文化に根差したものであり、各国ごとに異なるその事情抜きにして比較しても意味がないということである。また政府はどこでも公式見解しか発表せず、それらは決して裏付けのないものではないが、みんな裏で苦労していることは日本のそれと同じである。
 だが一つ大きく違うと思うのは、担当者のICTスキルである。Ph.Dが当然のような米国はもちろんのこと、韓国ソウル特別市のCIOはカーネギーメロン大の博士で、ICTベンチャーもやったことがあるとのこと、エストニアでもオーストリアでもシンガポールでも台湾でも話せばそれなりの見識を持たれた方が担当しているのに対し、日本では官尊民卑の陋習の中、お茶汲みOLと同じように実質何もわかっていない人が、わかったふりをしてまるでお茶を出すかのように、来てくれる人にみんなのお金を出している。たまに分かったといわれる人でも日曜大工のように自分の家のネットワークを構築するぐらいの知識でしかなく、何千万、何億、何十億円もする巨大システムに必要なプロジェクトマネジメントや、アーキテクトといった知識は持ち合わせていないことが多い。そんなことでいいのかとはおもうが、納税者がそれでいいとする限り、それでいいのだろう。もっとも、納税者が「それ」を知っているかどうかは甚だ疑問であるが。
 韓国のように家で住民票が取れる国が隣にあることを知ったら、少しは変わるのかもしれないと願い、メルマガへ寄稿させていただいた。しかし、知識がなければ意識もなく、関心がなければ前進もない。それこそ、何千万、何億、何十億円もする巨大システムはすべて事業仕分けならぬシステム仕分けの対象にして、その内容を明朗にすべきだろう。納税者の関心を呼んだ上に無駄遣いが減ったら、素晴らしいことではないか。そんな事を思う昨今である。