情報システム学会 メールマガジン 2009.10.25 No.04-08 [11]

連載 プロマネの現場から
第19回  「ぼやき」 と上手く付き合う法
              ・・プロジェクトにおけるメンタルヘルス

蒼海憲治(大手SI企業・金融系プロジェクトマネージャ)

 プロジェクトの成否は、そのプロジェクトのメンバーの活躍によって大きく左右されます。
 生産性と一口に言っても、個人のモチベーションによって、倍・半分変わります。
 ある個人の生産性を単純化したとき、通常時1の生産性が、モチベーションが高ければ、1.5になり、モチベーションが低ければ0.5になるとすると、同じ個人であっても3倍余りの差が生じてしまいます。ソフトウェア開発において、年7%程度の生産性向上が困難ともいわれているので、プロジェクトや組織としての様々な組織的な生産性向上の取り組みは中長期的にも必要不可欠ですが、この結果を踏まえた現場のプロマネの立場からみると、いかにプロジェクトメンバーのモチベーションを高く保つかが重要な課題となります。また、業務やシステム面での知識を得たプロジェクトメンバーを、いかに心身ともに健康に活躍してもらうか、ということになると思います。
 身体面については、直接的には過勤務や休日出勤の削減ということになりますが、そのための業務負荷は、見積りの高度化による業務量の適切な把握、WBSやEVM等による適切な管理やコントロール、そして必要な要員のアサインになります。
 これは、プロマネやリーダーの本来業務ですので、今回は、プロジェクトメンバーのモチベーションを維持するために必要なメンタル面について考えてみたいと思います。
 そして、メンタル面を考えるにあたっては、「ぼやき」を取り上げたいと思います。
 日常的に、ぼやきや愚痴は、困っていることがある場合や物事が自分の思い通りに進まないときに出ます。そして、このぼやきや愚痴を放置し、ストレスが積もり積もると、うつ等のメンタル不全につながります。つまり、メンタル不全の前段階として、プロジェクトメンバーのぼやきに着目することで、プロジェクトや組織の課題が見えてくるともいえます。
 ポジティブ志向の観点からみると、ぼやきや愚痴は極力使わないことが良いと思いますが、プロジェクトの課題の明確化から解決への糸口と捉えるのであれば、ぼやきや愚痴が出ることは必ずしも悪いとは思いません。これは問題や課題があるプロジェクトや組織がそれだけで悪いわけではないことと同じです。
 困ったことが、困っているといえる。何に悩んでいるかわからないことを相談できる・・というぼやきや愚痴が許容される組織風土、問題があることを非難するのではなく、問題を受け止めることができ、問題解決できる組織であるかが大切なのだと思います。
 その結果、メンタル不全のメンバーを出さない組織、プロジェクトメンバーの力が発揮できるプロジェクトチームにつながると考えています。

 以前、健康相談室の方に、どのような「ぼやき」がでているか、お話を伺ったことがあります。
 プロジェクトにおける典型的なぼやきの例としては、
 部下・メンバーからみると
 ・プロジェクトや組織のビジョン・目標がよくわからない
 ・プロジェクトを通して、成長していない・成長していると感じられない
というものがあります。この同じぼやきを、
 上司・リーダーからみると
 ・プロジェクトや組織のビジョン・目標は、説明している(はず)
 ・最後は、自分で育つしかない。自分もそうして育った(まだ育っていない?)
という真逆のコメントになります。

 この部下−上司におけるギャップは、部下のコメントを補足すると、
 ・プロジェクトや組織のビジョン・目標を聞いたことがあるが、
  それが、自分の役割・キャリアに、具体的にどう結びつくかがわからない
 ・手取り足取り教えてくれとはいわない。
  しかし、OJTというのであれば、自分の中長期のキャリア目標を踏まえて、
  いまの仕事や業務がどのように位置づけられているのか、説明してほしい。
ということになるのだと思います。そして、ここまで分かれば、上司・リーダーも、先輩として適切なアドバイスもできるし、即効性がなくともメンバーに寄り添った声かけができるようになる、と思います。
 つまり、このギャップを埋めるのは、上司−部下間を軸とするコミュニケーションであり、直属上司だけでなく、さらにその上長を含めてのコミュニケーションになります。

 このことを、メンタルヘルスの立場で少し捉えてみます。
 メンタルヘルスケアには、「4つのケア」があります(*1)。
 1.労働者自身による「セルフケア」
 2.管理監督者による「ラインによるケア」
 3.事業場内の健康管理担当者による「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」
 4.事業場外の専門家による「事業場外資源によるケア」

 プロジェクトがピークを迎え、頑張った結果がメンタル不全・・ということであれば、
 1.の「セルフケア」は必要ですが、十分ではありません。
 4.の専門家の協力は、「うつ」等の具体的なメンタル不全の症状が出た後は必要ですが、予防としては一歩遅すぎます。
 そこで、この中で一番大切になるのは、2.の「ラインによるケア」だと思います。
 常日頃、直接、部下・メンバーと接している上司・リーダーによるコミュニケーション、「ラインケア」が生命線です。この「ラインケア」をいかに機能させるか。それが、組織が提供する様々な「場」になります。
 また、3.の職場における健康相談室等も、ラインを効果的にフォローする役割を果たします。個人的な体験としても、数ヶ月に一度のカウンセラーとの面談は、第三者としての立場からの問いかけを受け止めることで、足元の業務負荷の状況と自身の心身状態の確認、そして今後の見通しを振り返る良い機会になっています。

 山本晴義氏の「ストレス一日決算主義」(*2)によると、一見平穏に暮らしているかのようにみえる典型である南の島の住人にも悩みはあり、ストレスはある。だから、ストレスから逃げようとしないでください。でも、ストレスを溜めないことが大切だといいます。その日のストレスは、その日のうちに、を心がけよう。そして、「その日のうちに」ということを注意されているように、ストレス解消を週末まで待てない・・週末まで待たないこととして、「ストレス一日決算主義」を提唱されています。
 その方法として、運動、労働(勉強)、睡眠、休養、食事の五本柱を正常に保つこと。日常的に心がけることで、ストレスを翌日に持ち越さない生活を送ること。
 また、具体的なストレス解消法として、「ストレス解消10カ条」を挙げられています。
 S sports 運動
 T travel 旅
 R rest&recreation 休養と遊び
 E eating 食事
 S speaking&singing おしゃべりとカラオケ
 S sleeping&smile&sake 睡眠と笑いと酒
 そして、夜寝る前に、一日を振り返り、「ああ、今日も一日充実した日だったな」と思える毎日をおくりなさいとアドバイスされています。かくありたい、と思います。

 ところで、長生きに必要な条件として、肉体的な健康とは別に、社会的に健康であること、すなわち、その人とその生活を取り巻く環境が健康的であることが重要であることが指摘されています。社会的健康とは、「周囲との関係」が健康であることです。そうであれば、SEにとってSE人生を健康に生きるためには、プロジェクトの現場というラインの「場」が有効に機能することによって、「場で支える」力が発揮され、部下・メンバーだけでなく、上司・リーダーも、有形無形の「支えられ感」が得られることによって、安心・安定して仕事に専念できることができるようになることだと思います。

 プロジェクトチームやそのプロジェクトを支える組織の目標が、当初、直接の目標である生産性向上や品質保証を目指そうとした場合でも、それを実現するためには、プロジェクトの絶えざるプロセス改善が必要となります。
 そこで、プロセス改善を推進する過程で、プロジェクトメンバーを「支える場」ができれば、プロセス改善活動そのものも軌道に乗っていきます。
 プロジェクトの成功はもちろんのこと、改善活動を一過性に終わらせないためにも、プロジェクトメンバーが安心して信頼できる場を作ることが、上司・リーダーの重要な仕事になりますが、投資する価値は十二分にあると思います。

(*1)江口毅「管理職のためのこころマネジメント」
(*2)山本晴義「ストレス一日決算主義」