情報システム学会 メールマガジン 2009.9.25 No.04-06 [6]

大学教育最前線:第21回  法政大学
「法政大学ビジネススクールにおけるプロジェクト・メソッドによる人材育成」

法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科 教授 石島 隆

主旨

 法政大学ビジネススクール(正式名称:大学院イノベーション・マネジメント研究科イノベーション・マネジメント専攻)では、新たな企業を立ち上げたり、企業の経営革新にリーダーとなって取り組む人材の育成を行っており、そのために、「プロジェクト・メソッド」という教育方法を採用しています。
 この教育方法は、学生が自ら達成を目指すビジネス・プランやリサーチを「プロジェクト」と捉え、経営に関わる様々な要素を総合的に検討し、プロジェクトを完成するための活動を実践する中で、ビジネスイノベーターとなるためのさまざまなスキルを身に付けてもらうことを目的としています。
 本稿では、法政大学ビジネススクールにおける「プロジェクト・メソッド」による教育の実践例と特徴をご紹介します。

1.プロジェクト・メソッドとその実践例

「プロジェクト」とは、従来の研究大学院の修士論文に代わるもので、学生が1年又は2年間の成果として自ら達成を目指すビジネス・プランやリサーチなどの総称です。「プロジェクト」は、学生のグループ又は個人と複数の指導教員が一体となって進められます。
 将来起業又は新規事業を開始するためのビジネス・プランを作成し、あるいは、イノベーティブな戦略や経営手法等を体系的に研究し、事業化の可能性を判断する等のリサーチ・ペーパーを作成します。これを「プロジェクト報告書」と呼びます。
 起業又は新規事業を開始するための「プロジェクト報告書」の場合、企業理念から始まって、市場・競合分析、ビジネス・モデル、製品・サービスの内容、組織計画、損益計画、資金計画など、経営者として事業を起こすために考えるべきすべての要素が盛り込まれます。その作成にあたっては、学生が徹底して調査と研究を行い、指導教員やクラスメートと討議を重ねることで磨き上げていきます。
 プロジェクトの起案から最終評価に至る流れは、以下のようになっています。

・4〜7月  プロジェクト起案
・8月上旬  第1回中間発表会
・8〜11月 プロジェクト推進
・11月上旬 第2回中間発表会
・11〜1月 プロジェクト仕上げ
・2月中旬  プロジェクト報告書提出
・2月下旬  最終発表会
・3月上旬  優秀プロジェクト選考会
・修了後   インキュベーション、事業立ち上げ

 なお、法政大学ビジネススクールは、1年制と2年制のコースが併設されていますが、2年制の場合は、1年目に「プロジェクトの起案」までを行い、2年目に「プロジェクト推進」以降を行います。
 プロジェクトのテーマは、極めて多様性に富んでいますが、これまでに学生が取り組んだテーマには、以下のようなものがあります。

インターネットを活用してビジネス革新を起こすプロジェクト

・ITシステム開発仲介マーケットプレイスの提供
・ブログとモバイルを活用したコミュニティサイトによる顧客接点革新
・著作権保護における電子透かしサービスモデルの構築と有効性評価
・有人検索サービス用システムの設計
・内部統制導入支援サービス事業

新たなビジネス分野や経営ツールの開拓を目指すプロジェクト

・相互作用を考慮した調査手法モデルの開発
・個人情報漏洩リスク診断及び教育サービス
・健康・美容産業に対するホスピタリティ・マインド育成プログラム
・シニア向けオーガニック化粧品開発
・ラッピングコーディネータ派遣ビジネスとラッピングワゴンの展開

新たなマーケティングやビジネス・プロセスの革新を試みるプロジェクト

・花のシェルフ・ギャランティ
・希少品種を取り入れたベジタブルファーム
・株式会社カイゼン・マイスター設立プロジェクト
・不動産利用のコンバージョン・ビジネス
・知的障害者とともに会社を作り上げるプロジェクト

2.「ケース・メソッド」の限界と「プロジェクト・メソッド」

 次に、ケース・メソッドと比較することによって、プロジェクト・メソッドのメリットを説明しておきたいと思います。
 まず、ケース・メソッドの第1の限界は、ビジネス・ケースの多くが意思決定の判断を問うものであって、ビジネスのアイデアを問うものではないことです。
 一方、プロジェクト・メソッドでは、新しいビジネスのアイデアを創造することが要求されます。いわば、まったく白紙の「ケース」があり、そこに、自らの「プロジェクト」を描いてみることが、プロジェクト・メソッドの第1の課題になります。但し、ケース・メソッドが役に立たないというわけではなく、そこで使われたケースは、プロジェクトの起案のヒントになるビジネス・モデルやビジネスにおける思考方法を知る手がかりとして重要な参考資料となります。
 ケース・メソッドの第2の限界は、特定の「ケース」に対する学生の発言には責任がないということです。すなわち、ケースを学習する学生は、実際にリスクを背負い込むことはありません。
 ケース・メソッドに比較すると、伝統的な教育方法である修士論文の作成には、学生自身の責任が伴います。プロジェクト・メソッドでも、「プロジェクト報告書」の執筆と、中間報告会・最終発表会でのプレゼンテーションが求められ、プロジェクトの成果が評価されます。
 また、プロジェクト・メソッドでは、良いアイデアを出した学生は、そのアイデアを起業にまで高めることができる一方で、実際に起業する場合には、リスクを背負いこむことになります。したがって、プロジェクト・メソッドは、学生に真剣勝負を要求するということもできます。
 ケース・メソッドの第3の限界は、それが過去の事例であるということです。すなわち、報道や企業広報によって、ケースのその後の展開を知っていたとしても、それを知らないという前提で話す必要があるのです。これは、過去のデータを分析するという意味では、修士論文作成でも同じ課題を負っているといえるでしょう。
 一方、プロジェクト・メソッドは、未来を創り上げるための研究方法論です。未来に創り上げる新しいビジネスが、議論のテーマであり、ケースになっているのです。学生の数だけ新たなプロジェクト=ケースが生まれていくのです。
 しかし、未来に創り上げる新しいビジネスの評価のためには、ビジネスの「目利き」が必要です。そこで、現役の経営者からなるプロジェクト・アドバイザーと呼ばれる客員教授を多数招聘し、中間発表会、最終報告会の場で、きめ細かなアドバイスをいただいています。さらに、優秀プロジェクト選考会では、プロジェクト・アドバイザーが中心となって、創造性、実現可能性、収益性等の観点から優秀プロジェクトを選びます。受賞者には表彰状とともに奨励金を贈呈しています。

3.進化する教育方法としての「プロジェクト・メソッド」

 プロジェクト・メソッドという呼称は、すでにさまざまな教育機関で用いられていますが、法政大学ビジネススクールの独創的な点は、起業家育成や新規事業の創造のための専門職大学院教育として組織的に取り組んでいることです。
 大学院のカリキュラムにおいて重要なのは、配置されている科目の違いよりも、教育の理念と方法、そのための教授陣の意思疎通の程度だといってよいでしょう。また、在学生や修了生からのフィードバックによって、イノベーションを継続することも不可避です。
 一方、プロジェクト・メソッドは、誰が学生となって参加するかによって大きく変化します。参加する学生の質が高くなればなるほど、実効性のある議論ができ、在学生と修了生のネットワークが生まれ、そのネットワークを利用した具体的なビジネスが展開できるのです。
 さらに、専門職大学院には、ファカルティ・ディベロップメントという教授方法の高度化に向けた組織的取組みが義務づけられています。法政大学ビジネススクールは、プロジェクト・メソッドを日々進化させるとともに、これを補強するための授業科目の見直しも継続しています。
 例えば、ビジネスリーダー育成セミナーでは、第一線の現役経営者を招いて「リーダーの決断」をテーマにお話を伺い、質疑・討議を行っていますが、これも過去のケースから脱却し、現在進行形の経営者の感覚を知るための取り組みです。
 法政大学ビジネススクールは、本年度で6期目を迎えましたが、「毎日がイノベーション」を合い言葉に、研究科の名称通りイノベーションを継続し、進化していきたいと考えています。

 なお、本稿の内容は、『めざせ! ビジネスイノベーター』(法政大学専門職大学院イノベーション・マネジメント研究科編、2008年、同友館)及び同研究科イノベーション・マネジメント専攻パンフレットの内容から抜粋・要約して作成したものですが、誤解を招いたり、説明不足の点があれば、全て筆者の責に帰するところです。