情報システム学会 メールマガジン 2009.9.25 No.04-6 [4]

理事が語る

理事 飯島 正(慶應義塾大学 理工学部 専任講師)

【はじめに】

 この5月総会より基盤整備担当理事を仰せつかりました飯島でございます.身に余る大役ではございますが,皆さまの御支援のもと,学会の運営に多少なりとも御役に立てますよう尽力いたします.至らぬところばかりとは存じますが,どうぞ御指導御鞭撻の程,よろしくお願い申し上げます.

 さて,いきなり泣き言で申し訳ございませんが,今回はメルマガ編集委員長の岩崎様より原稿を申し付かり,はてさて何を書いてよいものか大いに迷いました.実は,5月末の総会にて理事就任を御承認いただきました直後より,本連載の執筆の依頼を頂戴しており,それ以来,悩み続けてまいりました.

 私の場合,他の理事の先生方とは違い,研究会幹事や各種委員会委員は別として,他学会での理事等の役員経験はなく,大学ないし企業での経営といった重職を経験したこともございません.強いて言えば本務である大学教員の職の範囲で,かろうじて自分の研究室の運営を手探りで始めたばかりという未熟者でございます.そこで,メルマガ編集長がメルマガのバックナンバー(学会WWWにて近日公開予定)を御整理くださったのをよいことに,まずは,過去の「理事が語る」での話題を一通り拝読することから取り組み始めました.

 その結果,「理事が語る」では,大きく3つの話を「語る」ことがふさわしいのではないかと拝察いたしました.そこで,本稿の目標を「今度,理事の末席に連なった飯島というのはどういう奴だ」ということを知っていただくということに定めて,どれか1つの話題に絞るというよりも,その3つの話題にすべてについて,ちょっとずつ,私の立場からの真情を吐露するという内容で,お届けさせていただければと考えております.

【情報システム(学)との個人的関わり】

 さて,その3つの話題の1つ目ですが,まず「理事が語る」では,「その方御自身と情報システムの関わり」が語られていることが,多く見受けられました.過去の「理事が語る」は,私にとって勉強になる貴重な御話を数多く伺うことができました.しかし,そうした話題を取り上げるのは,私には10年も20年も早すぎます.私の浅い経験の中では,未だとても「経験談を語ること」などできません.かろうじて,実社会での
実務経験に乏しい私が申し上げられますのは,学生時代から今に至るまでの「頭の中で作り上げてきたこと」だけでしかなく,はなはだ迫力に欠けるものです.ですが,ここでは,あえて「情報システムとの関わり」というよりも「情報システム学との関わり」を少しだけ御披露させていただこうと思います.

 いきなりですが… 実は,理事を拝命しながら,このようなことを告白するのも気が引けますが,私は「情報システムは何たるか」について,未だほとんど何も分かってません.末席とはいえ,そんなことで,学会の運営方針を打ち出し遂行していく理事の任が務まるのか,はなはだ不安ではあります.が,発展途上ということで長い目で見ていただき御容赦いただけましたら幸甚に存じます.

 私の情報システム(学)との関わりは,現在,私が勤務しております,慶應義塾大学の管理工学科に繋がる博士課程において,浦昭二先生に御指導をいただいたところから始まりました(学部ならびに修士課程までは計測工学科/専攻というところに在籍しておりまして,博士課程から浦先生の御所属された管理工学専攻へ移籍しました).さらにいえば,初めて情報システム(学)に踏み込まざるをえなくなった切っ掛けといえるものは,その在籍中に,私がかつて1度だけ浦先生に御尋ねした,ある質問でした.
 あるとき研究室の輪講で,浦先生は

 「情報システム学は,単なる計算機システムや
  情報処理システムだけを考えていたのではダメで,
  人や組織を含むものでなければなりません.」

ということをおっしゃられました(表現は多少違うかもしれませんが).私も当時,浦先生の研究室に所属してしばらく経っていましたので,この御話は,直接的にも間接的にもよく伺っていました.しかし,実は,その頃,私は

 「そこまでのお話はよくわかるのですが,その先に何を
  すればよいのか具体的なことがまったく分からない.」
 「『人や組織を含める』といったところで,学問として,
  さて何から取り組めばよいのだろうか?」
 「『情報システムとは何か』を定義しなければ,
  どう体系化すればよいのかアプローチすら明確に
  ならないのではないか?」

という疑問を抱えて,五里霧中状態に陥っていました.正直言ってしまえば,知的欲求不満に苛まれていたわけです.本当は,本物の生の情報システムにたくさん触れる機会さえあれば,こんな漠然とした疑問に立ち往生する前に,たくさんの具体的な解くべき問題点に直面していたのだと思います.ところが残念ながら,きわめて概念的にしか情報システムというものに接する機会を持っていなかったのが災いしていました.

 このときは,多分に,浦研究室の博士課程の学生でありながら,「情報システムというものが,あまりに分かっていないのは,拙いぞ」という焦燥感も溜まっていたのでしょう(当時は未だ純真で,「情報システムなんて複雑な世界は,学生が分からなくても当たり前」なんて開き直っていませんでした).そこで,満を持して,上記の疑問を浦先生に直接,御質問申し上げました.ところがなんと,それに対して,浦先生は,数秒間(…と感じられましたが実は一瞬かもしれません),じっとこちらの目を見ておられて,それからポツリと「それを,あなたが考えてください」と言われました.これには正直,お返しする言葉もなくなってしまい,慌てました.何かヒントをくれるだろうと信じて,こんなことを伺ってよいものか迷いに迷ったあげく,あたかも,すがるようにした質問でした.それにもかかわらず,取りつく島もなく,バッサリ切り捨てられてしまった気がして,すっかり迷子になってしまいました.ただ,大いに困惑しつつも,なんとなく「お前の今後の仕事に期待しているぞ」と言っていただいたような気もして「満更でもない」と妙に浮き立つ気持ちを隠している自分がいたのも事実でした.

 ところが,これこそ正に大いなる罠にはまったかのようなものでした.その件は「あなたの解くべき問題でしょ」って言われてしまったら,もう二度と同じ質問はできません.それから,なんと十年強の長きにわたって,「情報システムって何だろうか」ということに大いに悩まされ続けることになってしまいました.実際のところ,研究の方向性が定められず,数知れず迷走してしまいました.このとき,いっそのこと,どこかの現場にドップリと浸かってしまえば,浮かぶ瀬もあったのかもしれませんが,その度胸もないままに,泥沼の底でもがいていた時期が続きました.

 そんな中で数年が過ぎ去り,今でも決して芽が出たというわけではありませんが,
何とか自分に最低限の折り合いをつけることができたのは,僅か数年前のことです.たまたま,ペラペラとめくっていた生物学関係の新書本を見ていて,

  「生物学という学問は,基本概念である『生命』すら
   厳密に定義できなくても,ちゃんと成り立ってる」

ということを教えられまして,だったらまあ,「情報システム学も,情報システムの
厳密な定義ができなくても,成り立つのかなぁ」と変な納得をしてしまいました.

 これがきっかけで,やっと次のステップに踏み出せそうな気がしてきた次第にございます.単に時を経て,だんだんずる賢くなってきて,自分を誤魔化しただけかもしれません.最近は更に輪をかけて図々しくなりまして,人や組織を含むか含まないかというのは別として(と言いきってしまいます),情報システムは「何らかの価値を生み出す仕組みを情報の観点からとらえたもの」なんていう,ごく曖昧な位置づけであっても,自分を納得させて,拙いながらも「一般的に価値とは何か」「そこでいう価値とは何か」「誰にとっての価値か」とか「どうやって価値を生み出すのか」というように,一歩ずつ先に踏み出せるようになって来ました.もっとも,生の対象を眺める前に,自分で勝手に作った色眼鏡を掛けてしまっているようなものです.この色眼鏡を通して,ちゃんと対象が捉えられるという保証はありません.失敗したら,また最初からやり直しという覚悟はしていますが…

 さて,ちなみにだいぶ後になって,当大学に管理工学科を創設された山内二郎先生( http://museum.ipsj.or.jp/pioneer/yamauc.html )が,同学科で後に教授になられた某先生が学生時代に素朴に質問された「管理工学って何だかわかりません」という質問に対して,「それはあなたが考えてください」って返されたという,ほぼ同じ逸話を伺いました.ここに至って初めて,この手の(質問を切り返す)手法は,過去何十年も使われてきた手法(もしかしたら何百年かそれ以上)だということに,ようやく気付いた次第です.これを聞いたとき,私が密かに夢に誓ったことは,「将来,必ずや自分で自分なりの新しい学問分野を興して,若い学生に『よくわからないのですが… 』と質問されたら, 『それこそあなたの解決すべき問題です』と答えてやるぞ」ということでした(実際には,新しい学問分野を創出することなんて,私には夢のまた夢ですが… ).

 さらにまた,もう一つ後日談がございます.つい最近,たまたま雑談をしていて,魚田先生(事務局長)から「浦先生に御質問するとよく『それはあなたが解くべき問題です』とそのまま返されることが多々ある.それは浦先生や浦先生と同時代以前の先生方が,将来,研究に携わる多くの弟子を育てあげてきた秘訣なのではないか」と伺いました.大学教員をやっていると「ついつい我慢できずに教え込んでしまいがち」だけど,「考えさせることこそ大事なことなのでしょうね」と教わりました.最近は,もしかしたら学生の側も堪え性が無くなってきていて,「あなたが考えなさい」と言われると,自分の頭を使う前に教員の指導力の方を疑いかねません.一方,教員の側も自分の指導力を疑われたくないということもあって,ついつい過剰サービスをしてしまい,却っていろいろな可能性の芽,考える力を摘んでしまうことが,あるのかもしれません.このことは,新しい学問分野の創成期ということととは関わりなく,日常あらゆることに関して,一緒に勉強に付き合ってくれている学生諸氏の「考える機会を奪ってはならない」ということなのかと改めて気付かされました.

 私にとっては,長い時間こそかかりましたが,浦先生を始め,多くの先達の御考えの影響をいただいた上で,曖昧さの価値もだんだん分かってきたこともあり,あえて曖昧さを残して,

「情報システムって,(自動化するか否かには関わらず)
 何らかの価値を生み出す仕掛け/ルール/体系といった
 共有認識に対しての,情報概念に基づいた『見方』の一つ」

みたいなものかな?っていう程度で折り合いを付けて,(あくまで自分なりの)立脚点と定めてよさそうな感触を得ています.決してオリジナリティの高い発想といえそうもありませんし,これを読まれた人によっては当たり前すぎると思われたり,考えが足りないのではと思われるかと思います.そのうちすぐに破綻して,修正や方針転換を何度も繰り返していくことと思います.どうか皆様方の御意見を賜り改善していきたくお願い申し上げます.これが立脚点としてふさわしいか,その立脚点に立つことで何か役に
立つことがあるのか/ないのかすらわかっていませんが,とにかくは,やっと出発点に立てたかもしれないと,今は思い込んでいる段階でございます.次は,前に足を踏み出していくだけなのですが…

【理事としての担当業務に対する抱負や方針】

 「理事が語る」で語られる2つ目の話題としては,理事としての担当業務に対する抱負なり方針なりを示されるものがありました.私は,今期,基盤整備担当理事を仰せつかっております.

 この担当業務に関しては,まずは学会業務全体,具体的には,事務局業務から初めて,学会を構成する各部門の現状を十分に把握させていただくことが重要と考えております,特に今年度は,事務局の新潟オフィスから東京オフィスへの移転という大きな転換がありましたので,これを機に,事務局長の魚田先生にお願いして,業務ワークフローの見直しをさせていただければと考えております.

 ただ,現在は,現状把握からはじめて,並行して,少しずつ,学会業務の中で各部門を円滑連携できるような下支えとなる「情報共有とメンバの協調作業のための情報基盤」を整備・拡充すべく活動を開始したところにございます.したがいまして,大変恐縮でございますが,今しばらく御猶予をいただいた後に,それまでの活動結果を踏まえた,今後の基盤整備計画をお話して,会員の皆様ならびに執行部の諸先生方に御意見を賜る機会を頂戴できたらと考えております.

 現時点で,基盤整備に対する今後の活動について申し上げられることは,基本方針のようなものくらいでしょうか.私は「学会も一つの情報システムであり,それはまた,いろいろな自律的な情報システムの集合体になっている」と考えております.但し,ここでの「情報システム」という語が曖昧でありますことをお許しください.先に述べたように,「何らかの価値を生み出す仕組みを情報の観点からとらえたもの」という程度に考えております.それ以上のことは,今後の活動を,温かい眼で見ていただければと乞い希う所存にございます.どうぞよろしくお願い申し上げます.

【学会運営の方向性に関することで最近感じた話題】

 さて,「理事が語る」によく見受けられる3つ目の話題ですが...「今後の学会運営の方向性を示す話題」があろうかと存じます.これも,経験の浅い私には,少々,荷が重く感じられます.そこで,当学会に関連して,最近,感じたことを簡単に述べさせていただければと存じます.

 当学会の理念としては,具体的に,以下のような,世の中一般で,異質とされるモノ同士を許容する寛容さが多々見受けられ,それが,この学会と特徴であり魅力となることを目指していると感じています.

・文系と理系の両方にまたがっていること
・学界(学会の誤字/誤植ではありません)と産業界の両方に軸足を置いていること
・研究と実践(事例)の両方に価値を見出していること
・情報システムの構築と運用,そこで活用される技術だけでなく,情報システムを支える人材の育成(教育)や,社会との関わりに関しても積極的に取り上げていく姿勢

 しかし,これが単に異質なモノ同士を,単に両方とも受け入れるというだけでは,この学会の理念を正く伝えておらず,その存在意義を不当に低めてしまうように感じています.ここはやはり,情報システムという考え方を通してみれば,一見異質だったモノが実は共通に扱えて,双方の方法論が互いに有効に適用できる,といった一段高い見地を提供できるものであってほしいと考えています.

 理系と文系では,取り上げる対象や方法論に違いがあると一般には言われることが多いかと思います.系的な対象とか,×系的なアプローチといった言葉はよく聞かれます.しかし,論文では「論理性」という共通基盤を持つ以上,理系・文系のいずれにおいても,一方で開発された方法論がもう一方に適用され効果を上げるという事例には事欠きません.これまで,文系的として扱われてきた対象も,理系的として扱われてきた対象も,等しく「情報システム」という観点で共通にモデル化でき,それに適用する方法論も理系・文系の区別が無く体系化できたときに,情報システムが仲立ちとして理系と文系を結びつけたといえるかもしれません.そうしたことが目指していければと考えております.

 また,当学会の役割としては,異質なモノ同士の出会いの場を提供する,ということが合ってもよさそうです.学界と産業界は,基礎研究などでは一概にどちらかに弁別できないケースもありますが,それはさておき,両者では求められる基準が異なるということは一般によく言われます.一般的には,学界はシーズ(seeds;技術)志向であり,産業界はニーズ(needs;需要)志向であると言われます.ですが,種(seeds)がなれけば欲しい実(needs)も結ばず,どんな実が欲しいかわからなければ,どんな種を植えればよいかもわからず,品種改良の方針も成り立ちません.やはり,needsとseedsはうまくマッチングさせていくことが大事であり,それこそ産学連携に期待されるところかと思われます.産学連携にはもう一つ期待できる部分があります.学界のもつシーズを,実験室の中だけでなく,本当の実践の現場で評価するためには,産業界からの御協力が必要です.当学会が学界と産業界の両方の情報を提供し,交流の場として機能することも,いろいろな面から,この学会に期待されていることの一つかなって感じております.

【おわりに】

「理事が語る」で書くとよさそうな話,3点(「情報システム(学)との個人的なつながり」,「理事としての担当業務に対する抱負や方針」,「学会運営の方向性に関わることで最近感じた話題」)について,それぞれ,述べさせていただきました.あくまで自己紹介のつもりでございます.拙い私見も多々交えてしまいましたがどうかお許しください.今後とも,御指導御鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます.