情報システム学会 メールマガジン 2009.2.25 No.03-11 [5]

連載 プロマネの現場から
第11回 システムエンジニア観・再考 〜3Kから新3Kへ

蒼海憲治(大手SI企業・金融系プロジェクトマネージャ)

 昨年来の景気の波の落ち込みは依然継続中・・景気の「気」は、多分に「気分」を映しているといわれますが、こういう時節こそ、目線を上にあげねばと思う日々です。
 気分を左右するものとして、IT技術者に対してなされる3Kという「きつい、帰れない、給料が安い」というような揶揄された言葉や、さらには、「化粧ののりが悪い」なんて悪乗りも含んだ42K(しにく・・死肉)という語呂合わせだか言葉遊びのような言葉があります。こういった物言いを聞くたびに思うのは、事実認識の妥当性に疑問を感じるとともに、言霊というものの存在の有無とは別に、予言の自己成就の作用を考えれば、状況は何も良くならないのではと思っています。
 42Kの中には、「気が休まらない」「キリがない」というソフトウェア開発の特性にあたるようなものもあり一理あると思ったりするものの・・その結果が「過労死」までつながっているのを見ると、そこにはマネジメントの姿がみえず、憮然とします。また、プロジェクト・メンバーが全員、全くの受身で、何も準備せず工夫もなしに、大規模化・複雑化・高度化しているプロジェクトに臨むのであれば、プロジェクトがバーストし、3Kのような状況が頻発するのも、ある意味、必然ではないか、と思います。
 そこで、今回は、3Kなどという言い方を拒否することが大切であること、そして、それに変わる新しい言葉・・新3Kを考えてみたいと思います。

 アメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズの言葉に、
「意識が変われば行動が変わる。
 行動が変われば習慣が変わる。
 習慣が変われば人格が変わる。
 人格が変われば運命が変わる。」
というものがあります。同意の表現として、ヒンズーの教えやフレデリィック・アミエル等いくつかあるようですが、そのことがかえって、人生における真実を表しているからなのでは、と思っています。

 意識が、行動をつくり、
 行動が、習慣をつくり、
 習慣が、人格をつくり、
 人格が、運命を決する

 それでは、「意識」は何がつくるのか?

 これについては、自己暗示について研究したエミール・クーエの法則、

 「意志力と想像力(イメージ)が相反した場合は、常に想像力(イメージ)が勝つ」

という、「努力逆転の法則」がヒントになるのではと考えています。
 目の前に、幅が60cm、長さが5mの木の板があったとして、これが床の上にそのままおいてある場合、板の上をやすやすと歩いて渡ることができます。しかし、この板が、空中20メートルの建物の間に橋渡しされている場合は、万一足を踏み外したらどうしよう、突風が吹いたらどうしよう、と想像し始めると足がすくんでしまい、そこを無理強いして歩いても足を踏み外してしまうことになる、ということを示しています。

 このことからは、

 イメージが、意識をつくる

ということが言えるのではと思います。

 それでは、さらに、「イメージ」は何がつくるのか?

 最近のNLP(神経言語プログラミング)等でわかるのは、冒頭にいった言霊・・ではありませんが、使う「言葉」によって、私たちのイメージや意識が大きく左右される、ということでした。

 つまり、言葉が、イメージをつくる、と。

 以上をまとめてみると、

 言葉が、イメージをつくり
 イメージが、意識をつくり
 意識が、行動をつくり、
 行動が、習慣をつくり、
 習慣が、人格をつくり、
 人格が、運命を決する

 だから、否定的な言葉はできるだけ使わず、常日頃から肯定的・良い言葉を使うべきではないか、と思っています。

 そこで、システムエンジニアにとっての必要とされる言葉・良い言葉探しをしてみました。新3Kの候補ということで、Kで始まる言葉を少し挙げてみると・・

 好奇心、興味、教育、考える、概念・コンセプチュアル、仮説、行動、感性、開発、改善、改革、工夫、向上、解決、開花、果敢、決断、決定、コントロール、協力、協業、協創・コラボレート、協働、共同、交流、コミュニケーション、カバー、矜持、貢献、快適、快感、快挙、格好いい、稼ぐ、希望、期待、感謝 ・・・

 ところで、これらの中から、システムエンジニアにとっての相応しい言葉を選ぶにあたって、ロシアの研究者・A.P.Erchovの「プログラミングに必要な才能」(*)についての要件を振り返ってみます。

 ・第一級の数学者の論理性
 ・エジソンのような工学の才能
 ・銀行員の正確さ
 ・推理作家の発想力
 ・ビジネスマンの実務性
 ・協同作業をいとわず経営的な関心も理解する性向

 当然ながら、こんなスーパーマンみたいな人はいないのですが、そもそもプログラミングには、こういう能力を要求されているのだ、ということを示しています。こういう難度の高い仕事にいかに取り組むか、その取り組みそのものがソフトウェアエンジニアリング
であること、そこには様々な創意工夫があり、チャレンジがふんだんにある世界なのだ、といえます。
 その上で、システムエンジニアにとっての3つのKを選んでみると、

 1.好奇心・興味
  コンピュータエンジニアリング、コンピュータサイエンスから、プロジェクトマネジメントにわたる広範な知識と、プロジェクトが対象とする業務知識・ドメイン知識を修得し続けるマインドが必要とされます。
 また、仕事を通してスキル・能力が向上することによって、より高度な仕事にチャレンジできるようになることが報酬になると思います。

 2.改善・工夫
  プロジェクトの成果物の設計・開発とともに、その成果物の設計・開発プロセスそのものの構築をすること。そして、個人レベルから組織レベルにわたる、その継続的な改善活動をすること。新規・先端的な技術面でのチャレンジや、様々な技術の、大規模・複雑化した実プロジェクトへの適用時においては現場での工夫が必須となります。

 3.感謝
  大規模・複雑化した実プロジェクトに立ち向かおうとする時、そのプロジェクトに必要なスキル・能力が非常に多岐にわたっていることに思いをいたすと、プロジェクトの推進が、ステークホルダーとしていかに沢山の人々や組織の協力や支援の上に成り立っているかに気づきます。協業・協働・協創を通して、プロジェクトの仲間や顧客とともに、成長していくこと。このことに対する感謝なくして、プロジェクトはないと思っています。

 以上を踏まえて、システムエンジニアは、新3Kとして、常に「好奇心」「改善」「感謝」を持って行動指針とすべきではないか、と思います。

 最後に、この新3Kが、ユーフェミズム(Euphemism)・・事実の隠蔽のための婉曲表現となっていないかどうか、プロジェクトマネージャは、胸に手を当てて考えてみる必要があります。現実にプロジェクトを苦痛に感じているメンバーがいるのであれば、そのことを真摯に受け止めること。その原因が、プロジェクトに必要な知識やスキル不足にあるのか、要員や体制の不足・不備にあるのか、プロセスが不十分であるのか、等々を明らかにした上で、組織的な取り組みを行うことになりますが、また別稿にて紹介できればと思います。

(*)鶴保征城・駒谷昇一「ずっと受けたかったソフトウェアエンジニアリングの授業 1」より引用