情報システム学会 メールマガジン 2009.1.30 No.03-10 [3]

連載 プロマネの現場から
第10回 変化の必要性と2つのチェンジ

蒼海憲治(大手SI企業・金融系プロジェクトマネージャ)

 昨年1年間繰り広げられたアメリカの大統領選挙を通じて最も印象に残ったのは、やはり新大統領となったバラク・オバマの言葉でした。
 それは、「Change! チェンジ(変化しよう)」と「Yes, we can!イエス・ウィ・キャン(私たちにはできる)」の2つの言葉。「チェンジ」とは、直接的には、8年続いた共和党政権からの交代、原油など資源を求める世界戦略の見直し、イラク駐留からの撤退、サブプライム問題を生んだ金融システムへの規制・・等々の変化を求めたのでしょうが、その根本には、100年に一度の不況に対応するために、未曾有の危機を脱しようという決意があり、国民に対して変化する覚悟を訴えたこと、また、その変化への対応が「イエス・ウィ・キャン」私たちにはできる、と繰り返し繰り返し訴え、それが伝わった選挙結果だったと思っています。

 また、このオバマの演説を聴きながら、国は異なれども、IT業界等という大上段に構えずとも、個人やチームとして、「チェンジ」することを恐れない覚悟を持つことを鼓舞されました。

 一方、IT業界がドッグイヤーと呼ばれて久しいですが、ジャック・アタリ「21世紀の歴史」(*1)の未来予測によると、21世紀における技術革新のスピードと社会の変化のスピードもそれに負けていないことがわかります。

「技術革新のペースは加速する。食品や衣服の開発から生産・商品化されるまでのサイクルは、1ヶ月から4日に短縮される。自動車や家電製品のサイクルは、すでに5年から2年にまで短縮されたが、まもなく6ヶ月になる。同じことが薬品では、7年から4年になる。ブランドの寿命もますます短くなる。
 よって、すでに強固な経営基盤をもち、グローバル化した企業だけが、めまぐるしく変化する経営環境のもとで生き残ることになる。・・」

 また、この変化のスピードを踏まえて、知識習得のスピードも加速する、といいます。

「・・現在よりもさらに知識の獲得競争が主要な活動となり、企業はさらなるイノベーション競争をうながされ、そうした競争によって常に検証されることになる。
 最新の職業知識が非常に重要となり、人々は自らの<就労可能性>を維持するための勉強を強いられ続ける」
「・・必要な知識は、すでに7年ごとに倍増しているが、2030年には72日ごとに倍増する。知識を得て学び、<就労可能>な状態であり続けるために必要な時間も同様に増加する。」

 72日ごとに倍増・・の信憑性がわかりませんが、自分自身のチェンジなくして変化への対応はできません。

 ところで、「チェンジ」という言葉については、昨年12月にお亡くなりになった加藤周一さんの追悼番組(*2)の中で、40年前の1968年にも同じような場面があったことが語られていました。
 それは、フランスのパリの5月革命の標語であった「Changer la vie! (暮らしを変えよう)」という言葉であり、この当時の精神を表していた、と。
 同時期に、チェコスロバキアに起こった自由を求める市民たちによる「プラハの春」は、
ソ連軍の圧倒的な戦車部隊によって破壊されたのですが、その時の様子を加藤さんはこう表現しています。
 「1968年の夏、小雨に濡れたプラハの街頭に相対していたのは、圧倒的で無力な戦車と、無力で圧倒的な言葉であった」。そして、戦車=軍事力が徹底して言葉を弾圧したのは、言葉を軽んじていたからではなく、言葉が圧倒的であることを知っていたからである、と。

 1968年当時は、圧倒的な軍事力と自由を求める圧倒的な言葉との対立でした。
 そして、今回のサブプライムローン問題に端を発する世界金融危機とその結果の不況は、世界が一体となった圧倒的な金融資本及びそれを支えた金融システムと、個人・企業、さらにいえば国家との対立と見ることができるのでは、と思います。そして、現在のIT技術やITをベースとしたシステムは、意図せずして、前者に対して圧倒的に寄与してしまったかのようにみえます。そうであるのであれば、今後は、IT技術やITシステムの使い方によって、社会をより良くするために後者の個人・企業・国家に対してより寄与をすることが必要である、と願望も込めて思います。

 年初にあたって、SEの役割は「社会システムの変革の担い手である」といわれることを改めて思い、その矜持を持って足元の業務に取り組みたいと思います。

(*1)ジャック・アタリ「21世紀の歴史――未来の人類から見た世界」

(*2)NHK ETV特集「加藤周一 1968年を語る〜"言葉と戦車"ふたたび〜」2008年12月14日放映

    加藤周一「言葉と戦車」1969年刊