情報システム学会 メールマガジン 2009.1.5 No.03-9 [2]

大学教育最前線:第13回
「大阪大学を訪問して〜コミュニケーション・デザインセンター」

オージス総研 乾 昌弘

 2008年4月より当学会の人材育成委員長をさせていただいております。2006年3月に当委員会で「人材育成への取組みの基本的な考え方」という報告書が作成されました。100ページに及ぶ内容ですが、一言で言うと「論理的に考える力と理解を高めるコミュニケーション能力」の育成が重要ということだろうと思います。一方で、大学特に国立大学は法人化され私学とともに少子化を背景とした競争の中で、教育も進化していると考えました。
 以上のような背景により、また私は数少ない関西在住の学会員でもあるため、先進的教育をしているであろう大阪大学「コミュニケーション・デザインセンター」を訪問し、教育内容の調査をいたしました。

1.大阪大学の特徴

 大阪外国語大学を合併して、国立大学としては入学定員が日本最大の3235人である。
 理系を中心に非常にレベルが高く、カナダTHOMSONの調査(1993-2003)によれば、論文引用数は東大、京大に次で国内第3位である。今回の合併により文系も非常に充実した組織となった。しかし、旧帝大である京都大学と近いため京大に負けたくないという意識、東京・大阪の関係で東大の2番煎じになりたくないという思いがある(朝日新聞の総長インタビュー記事内容参考)。
 現在下記の3項目に力を入れている。
(1)教養力「大学教育実践センター」
余計な話かもしれないが、成績優秀者に20万円〜25万円の奨学金が出る(総額1000万円以内、返還不要)。私は他大学で教養時代を過ごしたが、教養科目にモチベーションが見出せなかったので、奨学制度は一つの方法だと思う。
(2)デザイン力「コミュニケーション・デザインセンター」
(3)国際力「グローバルコラボレーションセンター」
 これらは、現在の鷲田清一総長(京大哲学科出身)が副学長の時に大学として提唱されたものである。
 また、当学会と関係のある情報工学科は、1970年に我国最初の情報関連5学科の一つとして設立された。その後発展的に情報科学科などに再編されている。

2.コミュニケーション・デザインセンター

 広い視野と確かな社会的判断力を持って、非専門家である市民と十分なコミュニケーションを取りながら研究が進められるような資質の育成を目的としている。教養力を付けた学生つまり大学院生が対象である。専門的知識と判断力、コミュニケーション能力のバランスが重要であると考えられているようである。
 対象となる領域は次の5分野である。
(1)科学技術コミュニケーションデザイン
例えば、BSE、原子力など専門家だけでなく市民の意見を聞くことが重要である。
(2)減災コミュニケーションデザイン
防災ではなく災害時のボランティア活動などで、一般市民とのコミュニケーションができるようになる。
(3)臨床コミュニケーションデザイン
これは差し迫ったテーマである。インストラクタ経験のある看護師や裁判外争いの仲介経験のある先生がインストラクタをされている。
(4)アート&コミュニケーション
リーダは文学部で美学の研究者である。芸術的観点から取り組みがなされている。レイアウトが重要という視点から当センターのパンフレットやシラバスも自作されている。
(5)支援プログラム
有名劇作家、平田オリザがリーダである。

 以下に授業内容の例を挙げてみたい。

(1)科学技術コミュニケーション

 講義形式で行われ、「専門家」対「専門家」、「専門家」対「政策立案者」、「専門家」対「素人」のコミュニケーションをスムーズにいくようにするのが目的である。とりあげる事例としては、遺伝子組み換え作物、原子力、地球温暖化などがある。初日は、はじめに研究科混成グループを作り、自らの研究紹介をわかりやすく行う。この時に理系と文系の習慣の違いも出てくるようである。また、1回は企業の人がインストラクタとなり、コースは社会人も参加できる。

(2)メディア技法と表現リテラシー

 プレゼンテーションから知的表現まで演習する。半期で8回実施され、前期は定員30人のところ60人参加したそうである。成績評価の内訳は、レポート1200字程度(30%)、出席(40%)出席したが意見を言わない場合があるため、さらに授業への参加(30%)

(3)コミュニケーションとスピリチュアリティ

 メルロ=ポンティの身体論・言語論などが導入され、センターの教育プログラムのベースでもある。私はあまり内容について理解できないが、とにかく難しいような気がする。

(4)高度副プログラム

 上記の一連の内容をも取り込んだプログラムがあり、米国のMinor Studyにあたる。今年度前期 100人〜120人参加、後期 20人〜30人が参加見込みである。

(5)その他

  (1)他大学にコミュニケーション学部というのはあるが、横断的なものは日本でもここだけではないかということであった。
  (2)2005年設立、2006年試行、2007年から本格運用している。
  (3)全学向けの教育で、特に情報関係学科との結びつきがあるわけではないが、兼務の先生はおられる。
  (4)学生の意見(例)
専門ばかりやるとさみしい。就職の時に大事。他学部の学生と会える
  (5)企業の目的とだぶっているために、企業の人が受講して会社で活かしている。
  (6)関係者の話によると、授業などで質問するあるいは、自分の考えを伝えていくことが重要であるが、こういう点に学生は消極的である。学生の間は失敗がないため、それを気付く機会が少ないというのが理由として考えられる。
  (7)大阪大学は、文科省「先導的ITスペシャリスト人材育成推進プログラム」の拠点校であるが、当センターは直接関係はしていないようである。

3.訪問後の感想

 以前の特に国立大学は、専門知識及びその応用を身に付けることが中心であったと思うが随分と教育内容が変わってきたと感じる。さらに内容だけでなく、国立大学で最大規模の利点を生かして、研究科間の交流や社会人の参加は、お互いにおおいに刺激になるのではないかと思う。
 一方で人材育成の面からいうと、立派な教育をするだけでなく学生に身につけてもらわなければならない。私が昔、大学院受験をしたときは合格発表日に面接があった。ただ、その目的は成績順に研究室配属の希望を聞くだけのものであった。就職時にも面接試験があるのが普通なので、もし大学院入試で面接試験を行うと、学生は差し迫った問題として、論理的思考力とコミュニケーション能力を身につけないといけないと気付くのではないだろうか? いずれにしても、こういった領域はインセンティブが必要ある。

以上