大学教育最前線:第13回
「長岡技術科学大学 経営情報システム工学課程の場合」
長岡技術科学大学 教授・副学長 淺井 達雄
はじめに
会員の皆様方には本学のことや本課程のことをご存じない方が多くおいでになるのではないかと思いますので、まず、本学、本課程の特徴を紹介し、続いて学生気質と課題についてお話したいと思います。
その前に、本学会と関係する部分について自己紹介をさせていただきます。私は1971年に日本IBMにSEとして入社、本学会の北城会長が日本IBMの社長に就任されるより前に担当された部門でご指導頂いた年月があります。IBMには21年間、SEまたその管理職としてお世話になりました。その後、さらに10年間の情報システム分野における実務経験ののち、2002年に本学に参りました。また、本学会神沼靖子先生には、本連載への寄稿のことを含め、私が学界にはいってからずっと御交誼頂いています。
長岡技術科学大学の特徴
次のものがあります。
1)「学部を有する大学院大学」であること
学部の定員と大学院の定員とがほぼ同じ。
2)筑波大学、豊橋技術科学大学などと同じく、新構想大学のひとつであること
教育組織と研究組織とを分離。
3学期制。
3)高等専門学校とのつながりが強いこと
高等専門学校を卒業した学生を第3学年に受け入れ、修士課程修了までの4年間の一貫教育を基本としている。このような学生が全体の約8割、残る2割が高等学校を卒業して第1学年に入学してくる学生。
4)産業界とのつながりが強いこと
教員の3割以上が産業界での職業経験を有する。
大学院に進学する学部4年生には約5ヶ月の実務訓練(8単位)がある。
5)指導的技術者の養成を目指していること
技術者を使う技術者の養成を目指している。
大学院にも教養科目があり、6単位取得が修了要件の一つ。
就職率はトップクラス。2007年実績で求人倍率は約30倍。
経営情報システム工学課程の特徴
本学では学部における学科のことを課程と呼んでいます。その特徴には次のものがあります。
工学の環境の中で経営情報シテムを工学として学びます。経営情報システム工学課程は本学7学科のうちで最も新しい学科で、2006年春に第1期生(修士修了者)を社会に送り出しました。
2)経営のわかる技術者、ビジネス・プロフェッショナルの育成が目標
逆に、換言すれば、財務諸表のわからない技術者は卒業させない思いです。
情報技術を用いての経営革新の担い手、しかもそのリーダーたり得る人材の育成を目指しています。
3)教員の専門は広範囲
博士号取得分野は、工学、コンピュータ理工学、政策・メディア、経済学、経営学、法学、医学と広範にわたっている。教養科目も担当している。
4)入学してくる学生の背景が多様
入学してくる学生の専門分野は、電気、電子、情報、通信、制御、機械、情報デザイン、経営情報、貿易など多種多様です。
5)求人倍率は7学科中、最高
2007年実績は59倍でした。他学科は、最も低いところで20倍、最も高い生物機能工学で56倍でした。
本学学生の学生気質と課題
まず、経営情報システム工学課程の学生だけでなく、本学の学生全体に共通した特性としては次のようなものがあると認識しています。
2)すなおである。
いわれたことに対して、疑問や疑念を抱くことなく、素直に反応します。
3)横着な学生はほとんどいない。
都市部の大学などであるときく講義室での化粧などは見たことがありません。また、私語はありますが、やめるように一度いえば、それ以降はめったにありません。
4)挨拶はうまく出来ないが礼儀正しい。
矛盾しているようですが、このとおりです。
5)親思いの学生が多い。
学費を出してくれている親のことを思い、希望する研究室に配属されるように一生懸命勉強する学生が数多くいます。また、家族のことを思い、親元の近くに就職する学生もいます。
以上は、世間的判断基準に基づけば長所ですが、大学生としてはこれが逆に課題ともなります。たとえば、
1)教師のいうことや書物に書かれていることに疑問を抱かない。
素直でまじめすぎ、ものごとを批判的にとらえることができない。授業中に質問はないかと尋ねてもほとんど質問がでない。議論の余地のあることを講義しても、数学の公式を暗記するような姿勢に見える。
2)指示されたことは期限内にきちっと仕上げるが、問題を自ら見出す力が不足気味になる。これは大学院大学である本学にとっては大きな課題です。
3)大勢の前で言いたいことがうまく言えない。
コミュニケーション能力やプレゼンテーション能力の強化が課題。
4)大志を抱いて世界に雄飛するというような大きな望みや野望を抱かなくなる。
家族思い親思いの念が強く出て、自らの人生や社会的に果たすべき役割などへの思いが二の次になってしまう。
英語力の強化なども課題です。高等専門学校から入学して来る学生に見られる弱点として英語力が弱いということがあります。この背景には、高等学校に比べて英語教育の時間が少ないこと、高等学校から進学する多くの学生が経験する大学受験を経ないで第3学年に編入してくることなどが挙げられます。本学の教育目標である指導的技術者の育成ということを考える時、英語力の強化は大きな課題です。
経営情報システム工学課程の学生に見られる傾向と課題
本学学生に共通して見られる長所と弱点に加えて、次のようなものがあります。
1)多様な背景を持つ学生が集まっており、互いに啓発しながら幅広い視野が拓ける。
電気や機械の学生は背景がほぼ例外なく電気や機械ですが、先に述べたとおり経営情報システム工学課程に入学してくる学生の学問的背景はさまざまです。貿易に関する学科を修めてきた学生が修士を修了した時点では立派なITプロフェッショナルの卵として社会に巣立ち、活躍しています。
2)一方で、近年見られる傾向として、あえて挑戦しないで無難な選択をする学生の割合が増加しているように見えること。
実務訓練先の企業は学生の希望を尊重して決定していますが、訓練内容が厳しいと思われるいわゆる一流企業ではなく身近な地元の企業を希望したり、先輩が高い評価をえた企業を避けようとしたりする学生が出て来ています。いかにして挑戦意欲を持続、向上させるかが課題です。
3)もう一つ気がかりな傾向として、「打たれ弱い」学生が多くなってきたことです。ゼミなどで、きつく指導したり叱ったりするともう立ち上がれないほどにげんなりとしてしまう学生が出てきたということです。この傾向は研究室で見られることなので、本項では課程内での傾向としましたが、本学全体、いや、他大学でも広く観察されることかもしれません。
おわりに
ここまで述べてくると心配になることが多々あることに気づきます。叱られたりきつく指導されたりすることは社会に出れば珍しいことではなく、必ずこのような場面に遭遇します。そんな時に簡単に出社拒否になってしまう恐れがあります。問題の解決に挑戦せず避けて通ったりせずに、グローバル化の波の中でたくましく挑戦を続け、この国を支え革新し発展させていける人材を育てていかなければなりません。一人ひとりにとっての人生最後の学府としての大学だけでなく、幼少をはぐくむ家庭、初等中等教育そして社会全体がこの課題を共に認識し、それぞれの立場で役割を果たすという強い意識と連携・協力が必須だと思います。
以上