情報システム学会 メールマガジン 2008.9.25 No.03-6 [3]

第1回シンポジウム研究成果発表 概要

「WEB2.0とその仕組み」(14時―14時30分)
    ヤフー株式会社 事業推進本部デジタルホーム事業室室長 坂東 浩之氏

 Web2.0は技術用語ではなくマーケティング用語であるが、一方2000年頃までに出現したネットサービスと比較し、明らかに違う技術、ビジネスモデルによる新サービスと位置づけられる。

 Web1.0において、広告メディアとしてのInternetは、他メディアと変わらず大きな情報提供手段の一部として広告を挿入するビジネスが主であった。広告メディア価値の基本は"露出量"に置かれており、TV番組の視聴率に対して、Internetでもいかに多くの人がHomePageを見た(Download)かという"Page View"がメディア価値の評価指標とされていた。そのHomePageのHead サイトに注目したDouble Click社の広告サービスがそれである。これに対し、Google社は広告価値が低いとされていたPage ViewのLong Tailに位置するサイトでも、非常に簡単なOnline Sign Upだけでサイトに関連するキーワードに連動したGoogleの広告を出せるようにし、数10万社の広告配信契約を得ている。また、Amazonは十分、Long tail の先頭(Head)に存在するe-Commerce企業であったにもかかわらず、Long Tailに位置するサイトと、非常に簡単なOnline Sign Upだけでキーワードに連動したAmazonの商品広告をだし、サイトと"成功報酬"の仕組みを確立してしまった。どちらのケースもWeb2.0の成功例であるが、"Long Tail"に向けたサービスのアイディアだけではなく、明らかにこれまでとは違ったInternet技術に裏付けされている。

 1986年にデータ記述言語としてISO制定されたSGMLは処理系が重く普及しなかったが、1989年に制定されたHTMLはHyper Link構造を付加してInternet出現と共に爆発的に普及した。その後、1998年にISO制定されたXMLはMachine to Machineの表現方法であり、単体ではBrowserに表示できないが、HTMLの一部としてダイナミックに動作する。情報Databaseに対して一旦XML Web Serviceをつくり、HTMLがXMLを呼び出す方法(WebAPI)によってWeb2.0が実現可能となった。その他応用技術として、複数のWebサービスを組み合わせるMash UpやClient-Server間の非同期通信により負荷バランスを最適化させるAjaxなどがある。

 Web2.0により、マイクロソフトのWindowsをしのぐ地球規模のプラットフォーム・サービスが構築されようとしており、集合知とCGM、オープン化、自己増殖システムを通じて誰もが情報発信者で、誰もが情報受信者になることが可能となったのである。

「オープンソースの潮流」(14時30分―15時)
    ミラクル・リナックス株式会社 取締役・CTO 吉岡 弘隆氏

 インターネットを前提としたソフトウェア開発がどのような特徴を持つのかを考察、議論するために、OSS(オープンソースソフトウェア)の特徴などを紹介する。

 Brooksがプログラムを組み合わせてもソフトウェア製品にならないと述べたように、ソフトウェアは趣味や学校の課題等で作ったプログラムから、マニュアル・教育・サポートなどを備えたソフトウェア製品、依存するソフトウェアが多数存在し利用者のコミュニティが形成されたソフトウェアプラットホーム(例 Windows,Oracle等)へと発展して来た。

 Richard Stallmanが提唱したフリーソフトウェアはソフトウェアの利用、変更、再配布の自由を保障するライセンス(GNU General Public License:GNU GPLと呼称)によりソフトウェアの自由を強調したが、インターネット普及前にはデリバリーに時間がかかったこともあって大きく広がらなかった。OSSのライセンスはGPLを包含するような形で定義されたが、ビジネスを否定せず経済的な価値を強調している。
 OSSによるソフトウェア開発はバザールモデルと呼ばれ、コミュニティによる開発を通じて明確な指揮系統、開発組織がなくても大規模で緻密なソフトウェアを実装可能であるということを示した点が画期的である。コミュニティによる開発はボランティアにより行われ、会ったことも見たこともない人からのコードを受け入れるというコミュニティに対する信頼感が、スケジュール管理・要求仕様・品質管理等を求めるソフトウェア工学の常識を打ち破るアンチ・テーゼとなっている。また、コミュニティによる開発は、インターネットを基盤として利用しており、メーリングリスト・コード管理システム・バグデータベース・ポータルサイトなどで構成される。Linuxの事例を見ると、大規模(800万行以上)かつ開発者が多数(4000人以上)であり、所属は250以上、ロングテールの様に多数の人々によって少しずつ開発されているなどの特徴が挙げられる。

 今後、好むと好まざるとに係わらず、コミュニティにより開発されるソフトウェアの重要性は増加する。そのコミュニティの行動原理は、従来のビジネス指向の原理とは全く異なるものであり、尊敬、愛、楽しさ、カネ等の多様な動機で、それを理解した個人・組織が影響力を持つようになる。又、OSSでは、価値創造の方法として情報を公開し自律的に進化、発展するパターンが生じていることが特徴である。今後も、コミュニティにより開発されるソフトウェアの重要性は増大する。

「情報検索サービスデザイン」(15時―15時30分)
    慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構准教授 嶋津恵子氏

 Intra-Universityデジタルコンテンツ検索サービスの開発プロジェクトに取り組み、2005年〜2006年に実施したプロジェクトにおいては目標通りの成果創出には至らなかったが、2007年〜2008年に実施したプロジェクトにおいては上流工程にシステムエンジニアリングの最新手法の導入をした結果、成功することができた。

 IT系プロジェクトの成否傾向は「Chaos Report」(Standish Group International,Inc)の1995年の報告によると、成功が16%、失敗(中断/破棄)が31%、(QCD上の)課題付き継続が51%となっており、2004年の報告では成功が31%近くまで進展したものの満足できる数字とは言いがたい。日本についても同傾向のようである。(独)情報処理推進機構のWebページによると、ソフトウェアの不具合の40.5%が上流工程で発生しており、47.3%が実装で発生して、そのほとんどがテストと実装段階で発見されている。今回の体験も類似点はあるが、違った観点から失敗と判断したものである。

 慶應義塾大学の教授のほとんどが自らデジタルコンテンツ作成していない状態であり、研究成果等の評価・再利用は進んでいなかったことにより、プロジェクトはDMC(デジタルメディア・コンテンツ)システムの開発と利用を最初のターゲットにスタートした。当初は各部の著名な教授の集まりである運営委員会と予算を掌握する事務室のニーズを集約し、知財情報をメタデータで管理し、全学部のコンテンツを検索可能とすべく、先進的自然言語処理技術(固有名詞特定技術)を駆使してメタデータの自動検索付加機能を実装した。システム自体は予算プラス1割で予定日までに完成したのだが、その後も手直しの要求が尽きず、保守費用が開発費と同額にまで膨らんだ時点で中断したものである。

 2007年〜2008年に実施したプロジェクトでは、大学院にシステムデザイン・マネジメント研究科が新設されたこともあり、スタンフォード大学のCVCA(Customer Value Chain Analysis)を取り入れた。今回は、お金やモノ・情報の流れを一枚の図に落とし込んで分析した結果、ユーザーとして学外情報利用者にターゲットを置き直し、SQuBOKの適用により定量的目標値を設定して開発を進めた。利用者の視点として検索は日常的に行うが1ページ目しか見ないことに注目し、Usabillityとして公的情報優先・学内外横断・鳥瞰的俯瞰を挙げた。要求仕様のターゲットを変えたことにより、前回とはまったく異なるものができたが、半分の予算で完成に至り、運用コストも予定を下回っていることから、成功と言える。

 外部からの検索を可能とするためにGoogleのブック検索プロジェクトと連携し、また慶應関連のニュースを年表に貼り付けた俯瞰方法は人気を呼んでいる。

以上