情報システム学会 メールマガジン 2008.2.25 No.02-11 [1]

理事が語る

「情報系入試:−40%なのに+40%?」    山口高平(慶應義塾大学)

 年が明けると,大学教員にとっては1年間で最も多忙な時期を迎える,高学年から順に,公聴会(博士論文審査会),修論発表会,卒論発表会,期末試験,入試という重要行事が,約1ヶ月という短期間に詰め込まれて実施される。そしてこの入試が,様々な要因により近年厳しい状況になってきた。情報システム学会の会員の皆様には,大学入試の現状をあまりご存じない方もおられると思われる事,および,本件は情報システム学会の将来にも大きな影響を及ぼす可能性がある事から,少しクイズみたいなタイトルを付けてしまって恐縮であるが,情報系入試の現状と課題について述べてみたい。

【少子化問題】

 第2次ベビーブームの影響により,18歳人口は平成4年(1992年)に205万人とピークを迎えたが,その後は下降の一途を辿り,平成20年には124万人にまで減少した(平成21年は121万人,それ以降10年間はほぼ120万人規模で安定推移するが,その後,18歳人口は再び減少に転じ,平成35年頃には105万人規模まで落ちる)。この16年間で18歳人口は40%も減少したのである。しかし,このような急激な人口減少にも関わらず,大学数は534から756(平成19年5月1日現在。国立大学87校,公立大学89校,私立大学580校)まで逆に40%以上も増加したのである。18歳人口は-40%,大学数は+40%である。この間,現役生の大学志願率は51%から55%と微増であったことから,大学全入時代(全大学定員数≧志願者数),大学を選ばなければ誰でもどこかの大学には入学できる時代が到来するとともに,大学の二極化も進んでしまい,私学においては,全体の4割が定員割れを起こす事態になっている。
  http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/001/07073002/004/001.pdf
  http://www.stat.go.jp/data/jinsui/2006np/index.htm

【理工系離れから電気電子系離れ,そして情報系離れ】

 子供たちの理数科離れがよく指摘されるが,医歯薬系は志願者が増加しているので,これは正しい表現ではなく,理工系離れというべきであろう。私大の授業料は,人文社会<理工<医歯薬となっているが,生涯賃金は,理工<人文社会<医歯薬という印象があり,理工学部の高い授業料は割に合わないという想いがあるのであろう。就職戦線が厳しくなると,理工系がブームになることがあるが,それは一時的なものであり,総じて,理工系離れは進んでいる。前述したように,平成4年から平成20年までに大学数は40%増加したが,理工系離れの結果,工学部志願者数は逆に40%減少し(ちなみに医歯薬系は50%増加している),理工系学部の志願倍率は低迷してしまった。ただ情報系だけは人気があったため,情報系学部・学科が多く新設されるにも関わらず,ある一定数の志願者を確保でき,他の理工系学科からは羨ましがられる存在であった。しかしながら,この状況も20世紀までで,21世紀に入ってITバブルがはじけた後,状況は一変し,まずハードの電気電子系の入試が厳しくなり,ソフトの情報系も同様の状況になった。大手予備校からは「関東6大学で電気系学科の偏差値が50を切り始めた」と報告されており,電気情報系に入学してくる学生の量と質ともに大変な時代を迎えてしまったのである。
 国立大では数年前に,東のT大では学科配属時に電子情報系に学生が集まらないとか,西のK大で学部内で電子情報系の入試合格点が最低になるという事態が起こり,昨年12月には,西のO大が電子情報系の入試の厳しさを報告するシンポジウムを開催し,産学共同で優秀な子供達を集める努力をするべき等の議論が成された。一方私学では,西のR大の情報理工学部では,平成20年度志願者が7540人から4553人へ40%減少し,東のW大もK大も,情報系志願者は前年度と比較して20%以上減少し,多数の中堅大学の情報系学科で志願者集めの苦労が続いている。
 確かに,それほど志願者が減少していない情報系学科もあるし,志願者が多い年の翌年は減少するという,隔年(ゆり戻し)現象もあるので,断定的な議論はできないが,情報系学部学科の知人達からは,入試は順調という話は,昨今,全く聞かれなくなった。まさに,情報系入試を「どげんかせんといかん」時代に突入したといえる。
  http://www.yozemi.ac.jp/NYUSHI/data/08/shutsugan_s/index.html
  http://www.oacis.jp/symposium/symposium071212.htm
  http://techon.nikkeibp.co.jp/article/TOPCOL/20060719/119239/

【米国ではもっと大変!:
  A Steep Drop since 2000 in Interest in Computer Science】

 情報系学科の衰退は,米国では既に先行して起こっており,衰退ぶりもさらに顕著である。HERI ( Higher Education Research Institute at UCLA:カリフォルニア大学ロサンゼルス校高等教育研究所)の調査では,2000年から2005年にかけて,米国の大学における計算機科学科入学者は70%も減少したと報告しており,日本以上に厳しい状態である。もはや,米国では,情報プロパーの学科では経営は難しく,いくつかの大学では情報系学科の中にサービスサイエンスの教育コースを開設したり,デンバー大学では,4年生大学としては全米で初めてゲーム開発学科を開設した(ちなみに中国では2007年度において就職率が高かった学科は,1位:ゲーム開発学科,2位:金融学科,3位:人材管理学科,だそうである)。
 しかしながら,このような状況にも関わらず,米国で一番人気のある職業はソフトウェアエンジニアだそうである。給料はさほど高くないが,ストレスが少なく創造性の高い仕事というのが理由らしい。これは明るいニュースであり,このまま人気が継続することを期待したい。
  http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20070393,00.htm
  http://www.cra.org/wp/index.php?p=104
  http://japan.cnet.com/news/tech/story/0,2000056025,20083609,00.htm
  http://www.gameplanet.jp/bbs/view.htm?b_name=report03&seq=513
  http://www.cotton-tree.com/garyu/archives/2006/04/post_197.html

【学会に多くのヤングを呼び込もう!】

 エレクトロニクス,コンピュータが花形であった時代は,受験現場では既に終焉した。40歳以上の人にとっては,大学受験の頃,コンピュータという言葉だけでワクワクしたものであったが,時代は変遷し,日常生活で「パソコン」「インターネット」「携帯電話」をごく当たり前に扱ってきた子供達は,今さら「コンピュータ,インターネットを詳しく学べるよ」と言っても耳を傾けてくれるはずがない。
 工学系他分野の先生方からは,機械には知能ロボット,物理にはナノテク,化学には環境,生物にはバイオというように,時代を先取りするキーワードが受験生を引き付けているという話を聞くが,我々の情報系を考えた場合,知らぬ間に,若者に夢を与えるキーワードを失いつつあるのではなかろうか?
 また,並列計算機を専門としている先生からは,「我々の世代は,学生時代,抽象的なCS論ばかりやらされたが,今は,具体的問題とセットにしないと学生が寄り付かなくなった。でも,10時間以上かかるCT断層画像処理を並列計算機により数分で処理することを目標とした研究テーマを設定したら,学生が研究室に押し寄せたよ」と話されていた。抽象論ではなく,リアリティを伴う教育研究がより重要になってきたということであろう。
 米国では現在出生率が維持されているので,少子化問題はあまり話題にならないが,80年代後半〜90年代前半には18歳人口が約20%減少したため,大学間競争が激しくなり,教職員リストラや教育カリキュラム大幅改定などの大学改革が決行され,大学が活性化したと聞いている。
 若者における情報系の復権には少し時間がかかるかもしれない。しかしながら,米国の先例に見るように,情報産業の魅力を向上させ,大学で実践的教育を実施するなど,産業界と大学が強く連携して対応していけば,そう悲観的になる必要はないと思う。今年12月の第4回全国大会・研究発表大会は慶応大・日吉キャンパスで実施される予定であるが,シニア・ミドル・ヤングが本音で語り合う場を設け,その結果,多くの若者が本学会に関心を示してくれることを期待したい。