企画委員長を仰せつかっている杉野(国士舘大学)と申します。
昨年末の朝日新聞社説に,日本は,ピラミッド型産業構造が機能しなくなり,ネットワーク型産業構造に変わりつつあるという論説がありました。21世紀型産業構造の中心にあるのは「人」であり,「人」の働き方もピラミッド型からネットワーク型に変わるべきだと主張します。このことについてちょっと考えてみようと思います。
「人」のネットワークの元祖は古代ローマのキリスト教団だといわれます。イエス・キリストの死後,残された弟子たちは,イエスを復活昇天した「救世主」として信仰するキリスト教団を組織し,伝道を開始しました。その伝道活動の中心人物は使徒パウロでした。キリスト教の概念は古代ギリシア・ローマの宗教と相容れず迫害を受けましたが,使徒パウロらは,皮肉にも,ローマ帝国が広大な版図を経営するために建設した道路ネットワークを利用して伝道活動を行ったわけです。
今をときめくインターネットは分散型ネットワークの典型ですが,その元祖は,フランスのシャップが考案した腕木通信といわれます。フランス革命後の1794年に共和国政府に採用され,1855年に全廃されるまで60年間にわたりフランスの国営通信システムとして活躍しました。このネットワークは運用開始当初にはスター(ピラミッド)型の形状でしたが,後にメッシュ(ネットワーク)型の形状に進化しました。
付記しますと,このネットワークは,ネットワークシステムに関する幾つかの教訓を与えてくれます。腕木通信網はフランス以外のヨーロッパ各国にも拡張されましたが,相互接続を実現するには通信プロトコルの標準化が重要であることです。また,通信の盗聴が発生し暗号化の必要性も認識されました。通信士を買収して株価情報を通常通信にこっそり挿入して送信し,いち早く株価情報を受信して巨富を得るといったネットワーク犯罪も発生しました。ネットワークにおける情報セキュリティの問題は19世紀にも既に今日と同様に存在したというわけです。
「人」のネットワークも,進化すると,集権型と分散型のハイブリッド型になっていくと思います。昨年出版された翻訳書に『ヒトデはクモよりなぜ強い』(日経BP社刊)という本がありますが,ヒトデは分権(ネットワーク)型組織,クモは集権(ピラミッド)型組織を代表しています。集権型組織では,権限と知識がトップに集中しており,外界の変化に対して柔軟に対応できない。一方,分権型組織では,組織は流動的であり,権限と知識が分散しており,変化に対して柔軟に対応できる強さを持っています。しかし,現実には,これら両極端の組織形態ではなく,両者の混合したハイブリッド型組織の企業が成功しているといいます。ドラッカーの分析を引用しながら,トヨタがまさにハイブリッド型組織であると指摘しています。しかし,この混合割合(スイートスポット)は一定ではありません。トヨタは,常に権限分散のスイートスポットを追い求めるところに強みがあると説きます。
さて,学会という組織も「人」のネットワークです。生まれて間もない本学会が発展していくためには,やはり,ハイブリッド型の組織にする必要があると思います。もちろん,学会の性格,規模によってスイートスポットは異なります。今後,会員の皆さんのご意見も伺いながら,情報システム学会のスイートスポットを見出していきたいと考えています。ご協力をよろしくお願いします。