情報システム学会 メールマガジン 2014.1.1 No.08-09 [11]

理事が語る
持続可能な人間中心の情報社会を目指し、従業員重視の組織創りを!

情報システム学会理事  渋谷 照夫

 一昨年から昨年にかけて「ブラック企業」が世間を騒がせ流行語にもなった。外食産業やアパレル系企業等での長時間の残業や休日出勤で過酷な労働を強いられるという人事労務問題である。そして、大企業においても電機通信系企業を中心として従前のコア事業がグローバル競争力低下から不採算事業化し、何千から何万人という社員のリストラ、希望退職処置などが続いており、まだ収束し切らない状況に見受けられる。政府の補正予算等の景気高揚策、成長施策によって若干の改善は見られるが一方で、無期から有期雇用者へのシフト政策など企業の従業員にとってまだまだ先行き不透明で不安な状況にある。
 一方で、飲食業界、ホテル・旅館業界における食品サービスに関する数々の誤表示あるいは、偽装表示の問題は、理由はどうあれ、消費者、顧客を欺く悪事行為であり当事者となった大企業から中小企業まで、その社会的な責任は問われて然るべきである。これは当該業界を中心とした構造的、体質的な問題といってよいと思われる。
 何故、このように企業の業績悪化やそれに起因する従業員の不満足あるいは不利益な状態は解決されない、改善されないのか、また、消費者やお客様を欺くような企業行動が未だに残っているのであろうか。企業組織の経営革新活動について振り返ってみたい。

 わが国も1990年代前半のバブル経済崩壊を大きなキッカケとして、企業の経営の改革、革新活動が取り組まれ始めた。中長期的に見て、1990年代は顧客満足度向上(CS向上)の取り組みが盛んに行われた。作り手でなく顧客視点で考えよう、更に自社の顧客の先の顧客の立場に立とうと大企業から徐々に中小企業においても熱心に取り組みがなされた。次に2000年代以降、従業員・社員満足度の向上(ES向上)に関する取り組みが顕在化してきた。それは行き過ぎた個人の成果主義の反省を含めて、社員満足度を計測し改善してゆこうという取組みが主であった。そして、CS向上のためにはES向上が前提である、ES向上→CS向上→業績向上→ES向上・・・のサイクルを回すという考え方も大企業や先進の優良な中小企業では主流を占め、浸透してきている。
 私事で恐縮であるが、筆者は約15年間、日本経営品質賞アセッサー活動に携わっており、ご承知のように米国MB賞を日本版に改定した日本経営品質賞(JapanQualityAward、以降、JQAと略す)の経営品質向上プログラムは、体系的に経営の品質の良し悪し、成熟度を測るためのフレームワークやクライテリアが存在して大企業、先進の中小企業、医療業界、特定地域などでかなり運用され展開されてきている。その成果として、JQAは1996年から、既に18年に渡って国内で展開され、経営品質賞受賞企業も34社に及んでいる。勿論、他にも経営革新の考え方や道筋を示す書物も多く各企業での実践的な取組も特に90年代以降、多く世に出されてきた。具体的な業務改革や経営革新活動でもT社の現場生産革新、F社の顧客フィールドイノベーション、A航空会社のCSサービス改革などを初め、それぞれ一定の成果を出してきており継続もされている。
 しかしながら、例えば、一部のJQAを受賞した超優良企業でさえ、冒頭で述べたような経営不振から大規模なリストラや経営責任が問われる事態に苦しんでいる様である。そして、そこから出される不利益や負の影響は従業員や関連する取引会社へ及んでいる。卓越した経営を目指して、持続的に革新、改善に取り組み、企業体・組織体として成長あるいは存続してゆくためには何を変えなければならないのだろうか。

 前述のJQAの経営品質向上プログラムは基本理念として4つの要素から構成されており、それは「顧客本位、独自能力、社員重視、社会との調和」である。筆者は冒頭で述べた問題点も含め「社員重視」の視点の企業組織での革新施策がまだ不十分なのではと考える。JQAでの「社員重視」の考え方は以下の通り、「卓越した経営は経営者と社員との信頼関係によって成り立っているといえます。また、組織は深く考え、挑戦し学び続ける社員を育て、自由に発想し対話できる組織づくりを目指します。新たな価値の発見と創造はこうした組織でしか育めません。」と定義している。しかしこの実践が総じて弱いと思われる。
 長期的に縮小化の時代の中で、日本企業は組織における社員(従業員)重視やその満足度向上についてもう一度、深慮し見直す、パラダイムシフトする段階に来ていると考える。
 大切なのはそこに働く社員を初めとした従業員のやる気や組織への愛着度、自己成長の視点ではないだろうか。冒頭で述べたような企業の取った対策は従業員に対して、やる気を削いでゆく方向にある。どんなに立派なプロセスやシステムを活用しても人間の心を掴めなければ、心が動かなければその組織は短期的には成果が出ても長期的に持続はしない。組織の持続の根本にある考え方は、理想的には「個人と組織が一体となり、 双方の成長に貢献し合う関係」を構築することであり、以下の3点が要素として挙げられる。

 この2014年早春に発行予定の「新情報システム学序説」の中でも述べているが、例えば、組織やプロジェクトのマネジメントでは構成要員のメンタルプロセスのマネジメントがその成功に如何に大きく影響するかという点もこの考え方と共通する面があると考える。
この組織と人間のあるべき姿へ向けた改善の事例はすでにいくつか出ており、紙面の都合で割愛するが、別の機会に本メルマガなどでも筆者より紹介したいと考える。
 この考え方に非常に近いと思われる事例の一つとして、昨年11月の本学会第9回研究発表大会の基調講演で紹介された金井度量衡(株)様の人財教育を挙げさせていただく。聴講されなかった方もおられると思うので、以下に簡単に紹介する。
 金井度量衡(株)は、明治15年創業以来、約130年の歴史を持ち、測量機や気象機器の生産、販売を継続している企業である。経営理念は「我が社は人と地球にやさしい企業市民を目指します。私達は心身共に健康で企業人として家庭人として豊かな人生を目指します。」となっている。特に人財育成に力点を置いて、会社の成長は社員の成長が第一という考え方をとっている。社員が仕事や生活を通じての経験や学びを「時を超える羅針盤」という4つの視点で過去から未来に渡って整理することで、時代の変化の中で自らの立ち位置や方向性の迷いを断ち切ることを容易にしている。4つの視点とは以下の通りである。

 我々は組織や情報システムの改革を進める重要な基本プロセスとして、PDCAを回すことが大事と唱えているが、この視点の中で、「素直に」、「良し悪しに関わらず」、「励ましたいこと」いう言葉に一見何気ない言葉であるが、改革を進める、対話がし易くなる本質的なポイントがある。正に人間中心の情報行動、情報システムの本質の実例の一つと云える。
 持続可能な人間中心の情報社会を目指し、本当に心の通った従業員重視の理念、仕組みと運用が徹底される組織が創られれば、ES向上からCS向上への好循環サイクルも自然とできてくることは明らかである。

 さて、当情報システム学会も、来年2015年で10周年を迎えます。
当学会こそ、わが国の社会(国・自治体、企業、教育機関等)の組織と人間の関係や情報のあり方を正しい方向に導いてゆく、あるいは誤った方向へ行かないように監視し是正させる組織体でありたいとあらためて考えます。そして、今後はこれまでの取り組み蓄積してきた当学会の独自能力、他と差異化された価値を学会員へそして広く社会へ提供してゆく、当学会の理念を実践してゆく段階に来ていると思います。
具体的には、新情報システム学序説の大学、企業への展開による評価獲得や改善、活発に実施されている研究会活動や過去の研究発表から社会的に貢献できる価値の高い論文を選出してそれらを具体的に広めること等を推進すべきと思います。要は研究成果を実態社会の変革へ反映させることを実現してゆくことです。そのためには、集団としての強い意志と相当なエネルギーを要しますが、人脈等を活かした個別の行動と様々な団体との連携、更にはSNSを活用した機動性や柔軟性ある活動等も必要と考えます。
 真に社会へ貢献できる学会組織を目指して、引き続き、微力ながら会員の皆さんと共に取り組んでゆく所存です。

以上