情報システム学会 メールマガジン 2013.8.25 No.08-05 [10]

理事が語る

森本 祥一(専修大学 経営学部 経営学科 准教授)

 私と情報システムとの出会いは,大学受験の時でした.私が進学した大学において,丁度その年から「情報工学科」が「情報システム工学科」として改組したのです.将来,ゲームプログラマーを目指していた私は,大学を選ぶ際,「情報工学科」と「情報科学科」を選んで受験していました.受験校を決める大事な決断ですから,高校生なりに自分で調べて理解したつもりでしたが,今思えば「実践寄り」か「理論寄り」か,というなんとなくの感覚で捉えていたように思います.当時は,教科「情報」もなく,パソコンがある家庭もそう多くはなかった時代です.コンピュータを触ったこともない高校生にとって,これらの違いを正確に理解することは難しかったでしょう.そのような状態ですから,更に「システム」が付くとどうなるのか,想像もできなかったと思います.

 念願の「情報システム工学科」へ入学後は,将来のためにどのような専門性が必要になるのか,意識しながら講義を履修する,というより,卒業のための単位を取るために,与えられたカリキュラムに沿って特に考えることもなく履修し,授業についていくのが精一杯でした.それでもなんとか4年次まで進級し,研究室配属の際には,ソフトウェアの開発スキルを身に付けられることを重視して選択しました.就職活動は,自分が学んでいることや研究していることを見直す良い機会でした.採用面接において「情報システム工学科では何を学べるのか」という質問を受けることもありました.そのような質問に対する回答,つまりこの時点での私の理解は「ソフトウェア+ハードウェア」というものでした.事実,ソフトウェアについては当然のこと,ハードウェアに関してもかなり専門的に学べるカリキュラムでした.結局研究が面白くなり,就職せずに博士前期課程に進学しましたが,大学4年間,修士2年間を通して,「情報システム」が何なのか,そのキーワードを意識することはありませんでした.

 博士前期課程を修了後,企業にて「情報システム」の開発に携わることになったのですが,この時も自分の担当するソフトウェア部品を開発するのに手一杯で「情報システム」を開発しているという意識はなかったですし,かなり大規模なプロジェクトでしたので一構成員にはそんな機会もありませんでした.2年ほど勤めた後,更に専門的に研究を続けたいという意志から大学院に戻り,情報システムのセキュリティに関する研究を行っていました.ここで初めて,「情報システム」を意識するようになりました.ですが,「ソフトウェアだけでなく,もっと広い範囲」という漠然とした理解でいたように思います.学位を取得後は社会人を主なターゲットとした専門職大学院にて教員として勤めながら,様々な経歴を持たれた産業界の方々と接する機会があり,情報システムをアーキテクチャという視点から捉えるという経験から,私の中の「情報システム像」が形を成し始めたのです.情報システム学会に入会したのもこの時期でした.学会が掲げる問題意識に強く共感しました.

 そして縁あって現職に就くことになりました.現在は,文科系の学部において,情報システム教育の実践やその方法論の研究を行っています.情報システムは,適切な問題設定や目標設定,問題解決方法の定義を経て,問題領域の理解と導入目的の明確化を行った上で実装しなければ,その効果を十分に得ることができません.それどころか更なる問題を引き起こす原因ともなってしまいます.ICTなどの情報システムの実現技術に対する知識に加えて,問題領域に対する理解を深めることができる,問題解決のための情報システムを提案できる素養が求められます.私は今までの経歴から,文系学部でこそ,学部教育のうちからこうした素養を醸成することが重要であることを実感しました.

 情報システムを専門的に教えるようになって,自分自身の中で情報システムへの理解が確固たるものとなっていきました.大学入学時から今まで,今の「情報システム」への理解をもって,改めて振り返ってみると,「ああ,これもこういう情報システムだったんだ,あれもそうだったんだ」と,今更ながら新しい発見が多くあります.まさに目から鱗,です.

 現在私は,当学会が進めている人間中心の新たな情報システム学の体系化プロジェクトに参画させて頂いています.そこでも問題とされているのは,日本の教育課程において,人間中心の情報システムを意識させるような教育がない,少ないということです.ここまで述べてきた私の実体験にもありますように,情報システムとは何か,それを体系立てて教育することが抜け落ちているように思います.今後は,これらを取り入れた教育課程,高等教育のみでなく,初等中等教育との連携などが必要になってくるでしょう.また,教育だけでなく,実際に情報システムに携わる企業人も,再認識していくことが重要になると考えます.

 こうした問題も含め,新たな情報システム学の体系化が進められています.僭越ながら私もいくつかの章の執筆を担当させて頂いています.この体系化も含め,当学会の活動が,上記のような問題に対して一石を投じることに繋がると願っております.