情報システム学会 メールマガジン 2011.6.25 No.06-03 [8]

連載 プロマネの現場から
第39回 歩きながらのセルフ・コントロール

蒼海憲治(大手SI企業・金融系プロジェクトマネージャ)

 3月11日の東日本大震災以来、現在も続く余震が心配であり、週末も極力外出を控える生活を続けていました。はや3カ月経ったこともあり、このところ週末毎に、近場の低山の散策に出かけるようになりました。ところで、東京近郊の方でしたら、ミシュラン三ツ星の高尾山がおすすめです。高尾山だけでなく、高尾山山頂から、小仏城山、小仏峠、景信山、陣馬山へと続く山道はとても整備されており、アップダウンも激しくないため、散策にはもってこいです。各地点からのエスケープルートも確保されているので、体調や天候の様子をみながら、早めの下山をすることもできます。また、下山後の温泉も楽しみです。

 古代ギリシアの哲学者アリストテレスの学派は、ペリパトス派ともいわれています。日本語だと「逍遥学派」、つまり「散歩する人々」となります。ペリパトスと呼ばれる覆いのある遊歩道を、弟子たちとペリパテイン(散歩)しながら、哲学上の問題について講義をし、また議論したことに由来しています。また、「種の起源」のチャールズ・ダーウィンも、ビーグル号の大冒険の後、ダーウィンの家の近くにあった小径「サンドウォーク」を、20年余を散歩し、思索にふけったといわれています。
 日本でも、京都の銀閣寺から南禅寺までを疎水に沿って結んでいる「哲学の道」は、西田幾多郎やその弟子の田辺元や三木清らも好んで散策したため有名です。これらの事例が示すことは、歩くことが考えることにとって、よい効果があることを経験的に知っていた表れだと思います。最近では、長い時間のデスクワークをする場合、コーヒーを飲んでの休憩よりも、屋外の散策の方がリフレッシュの効果があるといわれています。また、脳トレブームは続いていますが、パズル等のゲームがいかにも脳を使っているように見えながら、実際には、外を1時間散歩して五感をフルに使って刺激を与える方がはるかに効果的だともいわれています。デスクワークが中心のIT技術者にとって、スポーツや運動を日常生活にいかに組み込み、心身の健康管理をしていくか、ということは自己管理の一つとして大切なことであると思っています。
 しかし、日頃体を動かす習慣がない人が運動をすることは、中高年になってくると、意外な危険があります。体が十分に温まっていないうちに急に激しい運動をすることは、体への負担が大きく、また、怪我にもつながります。健康作りが健康を損なうことにもつながりかねません。
 そこで、今回は、すぐにでも始められて、効果のある散歩、ウォーキングの効用について、考えてみました。

1.心肺機能の強化
 歩くことで、血流量と呼吸数が増えます。意識して使うことによって、心臓も肺も鍛えられます。

2.心臓の循環機能が高まる
 足は血液を全身に送り出すポンプの役割を担っています。加齢にともない、心臓が弱ったら、足のポンプの力を借りて循環機能を高めることが大切になります。

3.骨のカルシウム量の増加
 骨は、骨を太くしてくれる食物を食べるだけでは強くなりません。歩いて体を動かすことで、骨に負荷がかかり、負荷に耐えるために、骨のカルシウム量が増えます。

4.貧血の改善
 貧血は、鉄分の不足によるが、太陽光を浴びることによって、鉄分の吸収がよくなります。ジムで走るのもいいですが、屋外で歩くことの効用は、太陽光を浴びることにあります。

5.体脂肪を消費して、コレステロール値を下げる
 ウォーキングを始めて20分以上たつと、体脂肪が燃焼し始め、エネルギーに変わります。いわゆる有酸素運動により、最初は血中脂肪が燃焼し、その後、肥満の原因となる内臓脂肪が燃焼します。

6.善玉コレステロール(HDL)が増える
 動脈硬化の原因となる悪玉コレステロールを減らし、善玉コレステロールを増やすことにより、動脈硬化の予防になるとともに、脳への血の流れがよくなり脳卒中の予防を期待できるといいます。

7.ダイエットなどの美容・美肌への効果
 ウォーキングにより汗をかくことで、新陳代謝が良くなり、血流の流れが良くなり、様々な代謝が良くなることで、内臓の機能が上がり、皮膚分泌も良くなる。つまり、美肌にも効果があるといいます。

8.脳の活性化
 足を使うことで、足の筋肉を司る脳が使われ、脳全体に大量の血液が送られます。
 そのため、頭がすっきりし、記憶力や集中力が高まります。また、座ったままより、適度に動いた方が、暗記にも効果があるといわれています。

9.中高年の認知症の予防
 外界からの刺激を得ることで、記憶力や集中力が高まり、認知症の予防にもつながるといわれています。

10.筋肉強化
 ウォーキングにより、足を含めた全身の筋肉を強くすることができます。
 加齢により、集中力が落ちる、と思われていますが、脳科学者の池谷裕二さん(*1)によると、集中力は加齢よりも、筋力や体力が落ちることで、同じ姿勢を維持できないことにあるといいます。だから、読書に集中したいのなら、まずは体力や筋力をつけなさい、とアドバイスされています。

11.姿勢が良くなる
 机に向かうと下ばかり見ていることが多いですが、歩くことで、視線が自然と前を向きます。

12.安眠・熟睡
 デスクワークだけだと、精神的には疲れていても、肉体はあまり疲れておらず、精神が高ぶったままであることが多い。こんなときはウォーキングにより体を適度に疲れさせることで、心身のバランスをとり、安眠・熟睡することができます。

12.ストレス解消
 ウォーキングすることで、季節を感じながら、視界に入る風景や風、気温など五感に感じることで、脳を刺激し、活性化させることができます。

13.心の声を聴く
 机上だけでは、内向き、マイナス思考になりがちでも、歩きながらだと、いろいろ刺激を受けることで前向き、気づき、アイデアが得られます。

14.歩くことから趣味が広がる
 歩きながら考える。また、五感を通して入ってくる様々な情報に触れることで、新しい気づきを得たり、新しいことを知りたいという好奇心が生まれてきます。そのことを通して、自分の関心や興味の幅を広げることができるようになります。

 これほど効果のある散歩、ウォーキングですが、単に一定の距離を歩くよりも、ウォーキング以外に目的がある方が張り合いがあります。実際は、私も同じ散歩道を歩くよりも、目的地に着くまでに多少の移動時間がかかったとしても、何か目的の物を見るために歩いた方が楽しいと思っています。
 泉嗣彦さんの『医師がすすめるウオーキング』(*2)の中に、「歩くのが楽しくなるヒント集」が紹介されていますが、読むだけで、次に歩きたい場所が次々に連想されます。
 コツは、歩くのに先立って、「楽しいストーリー」を探しておく、というものです。
 少し例を紹介すると・・

 自然が好きな人には、
 ・花や樹木を見て歩く
 ・水辺を歩く
 ・公園を歩く
 ・森や里山を歩く
 ・温泉を巡る

 歴史が好きな人には、
 ・神社や寺を歩く
 ・博物館や郷土資料館へ行く
 ・史跡や墓碑を訪ね歩く
 ・遍路や札所巡りをする
 ・街道を歩く

 絵画やアートが好きな人には、
 ・建築を見て歩く
 ・銅像を訪ねて歩く

 買い物好きなら、
 ・デパートを歩く
 ・問屋街・専門店街を歩く アキバ、神田の古本屋街
 ・骨董市やフリーマーケットを歩く

 文学が好きなら、
 ・作家・作品巡り
 ・文学館・記念館を訪ねる

 ほんの少しの例ですが、自分の興味のあるものであれば、いろいろと訪ねたいところが連想されてくるのではないでしょうか。自分のこだわりのある分野に対して、100箇所訪れてみるだけで、それを達成するための計画を立て、訪問場所を往復するために歩いていれば、それだけでも健康作りとしては十分になるのではないでしょうか。

 最後に、IT技術者にとっての思想としては、精神面については、先日紹介したストア派の思考法を参考にして、ストレス耐性を高める一方、行動面は、歩きながら考え、健康作りともなるペリパトス派・・というのが良いのではと思っています。

(*1)「日経ビジネスアソシエ」2010年9月7日号の特集「決定版 読書術」より。
「それはウソです。脳のせいにしないでほしい。
 健康的な生活を送っていれば、たとえ百歳を超えても脳はそう簡単に衰えません。
 年をとると集中力が衰えたような気になるのは、体力のせいです。
 体力が衰えると筋肉が落ちて、同じ姿勢を保ちながら本を読むことが苦痛になります。だから、読書に集中したいのなら、まずは体力や筋力をつけろと言いたいです。・・」

(*2)泉嗣彦『医師がすすめるウオーキング』(集英社新書)