プロマネにとって、納期に余裕があり、お金が潤沢にあり、スコープも自在に調整が可能なプロジェクトなど存在しません。そのため、プロジェクトにおいて前提となるスコープの変動に対して、トレードオフの関係にある納期・品質・コストを、ステークホルダーの理解と協力を得ながらいかに調整するかが、マネジメント・プロセスの一つとして重要になります。しかし、トレードオフというとおり、すべてを無条件に満足させることができないため、いかに納得づくで仕事を進めればよいかに、いつも頭を悩ませることになります。
「相手を説得するには、百万言弄するよりも、効果的な質問をした方がいい。その人自身が考えて腑に落ちれば納得してもらえるのだから」とは、以前受講したコーチングのセミナーで聞いた言葉です。
プロマネの業務の8割はコミュニケーションである、といわれますが、このような言葉をみると、質問こそ最大のコミュニケーション・ツールである、と思えてきます。また、プロマネにとっての合意形成や説得術の一つとして、質問の力を再考してみることが有効ではないか、と考えています。
最近、ゲームやドリルなどを使った様々な「脳トレ」がブームになる一方、それに対する批判も目にするようになりました。そのうちの一つは、「脳トレ」は、作業効率を求める反射的能力の向上にしかならない。思考は深まらないし、何よりも問題なのは、「一問一答」を前提としていることだ、というもの。世の中の問題は、一問百答もあるし、解なしという解もありうる。このことを心に留めた上で、解を求めるには、質問とその問いの結果を基に展開していくための論理的な思考が必要になります。
○×式の思考を拒否すると、解そのものよりも、解・解決を得るまでのプロセスが重要になります。プロセスを身につけることができれば、何度でも、適切な解を手に入れることができるようになるからです。
いきなり問題の解に飛びつく前に、そもそも何が問題になっているかを明らかにすること。何が原因か、複数の原因を押さえる中で、問題の構造を可視化すること。解を求めるにあたっては、どういう制約条件があるかを明らかにし、前提条件を置き、到達すべき目標のレベルをどうするか決める。そして、目標までのプロセスを想定し、シミュレートしてみる。このような思考過程をたどるためにも、すべてのプロセスを通して効果的な質問を行うこと、そのための質問力が必要とされていると思います。
そこで、今回は、質問力を活用するに先立って理解しておくべき、質問の持つ力、質問の威力について考えたいと思います。
一口に「質問」「問い」といっても、その持つべき効果・威力はさまざまです。
わからないこと、知らないことを尋ねるということから、何がわからないか・何を知りたいかを明らかにする質問があります。また、その質問によって、自分自身が気づきを得たり、相手やチームに気づきを与え、自信を与え、勇気を与える質問があります。
以下、質問の効果、質問の威力というべきものを整理してみます。
1.無知の知
質問の第一の意義は、わからないことがわかるようになることであり、また、何がわからないかがわかるようになることにあります。自分の理解のために質問するのはもちろんのこと、現状を認識し、そこで何が起こり、何が問題となっているかを知るためにも、質問が必要になります。
2.カラーバス効果
カラーバス効果とは、何かある物事を意識した瞬間、それまで気づかなかったその物事に関連した情報が手に入るようになる現象を指します。たとえば、ある部屋の中で漫然と座っている時は気づかなかったものが、「赤い色のものを探そう」と部屋を見渡すと、沢山の赤い色のものに取り囲まれていたことに初めて気づく、というようなもの。よくアンテナを高く伸ばそう、といわれますが、問題意識を持つか持たないかで、大きく認識が変わります。
一つの質問によって、いままで見えていなかった事実・問題がわかるようになることから、質問によって、カラーバス効果を味方にできます。
3.問題のメタレベル(一段上のレベル)を意識する
「問題を生み出した時と同じ意識のレベルでは、その問題は解決できない」といったのはアインシュタインです。この言葉を裏返すと、問題を解決するためには、その問題の発生の基となっているメタレベル(一段上のレベル)に立った上で、原因を押さえ、対策を考える必要があります。
たとえば、システム開発の実行ベースにおける様々な問題は、How(どのように実現するか?)についての試行錯誤となりますが、そこで解決策に行き詰った場合、そのHowが必要となったWhat(何を実現するか?)を確認する必要があります。Whatを満たすためのHowの選択肢は他にあったかもしれず、前提条件や制約条件を変えて、他のHowを選択しなおすこともできます。さらに、Whatが行き詰まった場合は、Why(なぜ実現するか?)のレベルに立ち戻って考える必要があります。
4.元気になる
自分自身や周りの人を鼓舞する、元気づけるための質問があります。
苦しく困難な状況下においても、決して自分を被害者だと思わないためにする質問としては、
「いま私は何を学んでいるのだろうか?」
「いま私は誰を助けることができるだろうか?」
と問うことで、一被害者からその状況にコミットするメンバーなりリーダーとしての自覚が生まれ始めます。
5.問題の本質をつかむ
問題が複雑になり、頭が混乱した場合、自問自答すべき問いは、
「要するに、それはどういうことなのか?」
沢山の情報がある一方、「要するに」と説明するために必要な情報や知見は足りているのか、もし足りていなければそれを持っている人に早速相談してみるという次のアクションにつながることになります。
6.周りの空気を変える
会議や交渉の場において、行き詰ったり険悪になった場合において、「問題のメタレベル(一段上のレベル)を意識」させる質問をすることによって、視野を広げ、また、視点を変えることによって、突破口を見つけることができます。会議のテーブルについた相手と対峙する場合、常に目的を共有した上でWIN-WINの関係になる解決策を探すことが必要とされています。
7.相手をインスパイアする
斎藤孝さんは『質問力―話し上手はここがちがう』において、様々な質問がある中で、質問の「最終目標は、相手をインスパイアする質問」であると指摘されています。
「答えている当人がその質問をされるまで思いもしなかったことが導き出されるものを、最もすぐれたクリエイティブな質問という。」
こうして列挙してみて気づくことは、質問には、「知識」を得るための質問と、「知恵」を身につけるための質問という大きく2つの種類があることがわかります。そして、「知識」に関する質問は、最初に「1.無知の知」として挙げた、知らないこと・わからないことがわかるようになることであり、それ以外は、みな「知恵」に関わるものばかりであることに気づきます。誰しも「知識」以上に「知恵」が重要であることを漠然とは理解していると思いますが、質問の利用においては、想像以上に重要な位置づけであることがわかります。私自身、知ること以上の質問を、ほとんど効果的に活用できていないことを再認識しました。
また、質問力を高めるには、上記の視点を踏まえた上で、質問するのにふさわしい状況を整えること、質問のための前準備をすること、そして、効果的な問いかけをすること等が必要となります。
しかしながら、様々な質問を当意即妙に織り交ぜたコミュニケーションができるようになれば理想ですが、質問のテクニックに走った会話の上達法や当意即妙な受け答えを習得するよりも、相手への敬意と関心を持った上で、適切な質問を投げかけていく習慣を身につけることが、どのIT技術者にとっても大事であると思っています。なぜなら、テクニック以上に、同じような質問でも、質問の仕方が違えば、答えの内容も大きく変わるからです。漠然と尋ねれば、漠然とした答えしか得られないし、偏った思い込みのある問いかけをすれば、相手の考えの一部しか引き出すことはできません。ここに、質問は、質問者の理解のレベルを表しているという怖さがあります。
最後に、「質問こそ最大のコミュニケーション・ツール」であるといいましたが、その質問を投げかけるべき相手を考えてみる必要があります。プロマネにとっては、その質問の対象者は、様々なステークホルダーであるのはもちろんですが、それ以上にプロマネ自分自身への質問・問いかけを行うことが非常に大切になります。他者に問う前に、自らに問いかけること、その問いの内容を洗練させ、問いのレベルを高めていく努力を続ける必要があると考えています。