情報システム学会 メールマガジン 2010.10.25 No.05-07 [9]

連載 情報の価値とインテリジェンス
第5回 インテリジェンス・サイクルを必要とする環境

日本経済大学(渋谷キャンパス) 教授 菅澤 喜男

1.はじめに

 インテリジェンス・サイクルを利活用する目的は、競争相手よりも優れたパフォーマンスを継続的に維持するための競争上の優位性を築くために、必要な意思決定を行い、戦略を立て、自らを取り巻く環境(例えば業界)と競争相手をより良く理解することです。当然、分析結果は「絵に餅を書く」のではなく実行可能である必要があります。つまり未来志向で、意思決定者がより良い競争戦略を立てるのを助け、競争相手の戦略よりも理解しやすく、現在または将来出現するかもしれない競争相手の計画および戦略を識別できる必要があります。分析の究極の目標は、組織にとってより良い結果を生み出すことです。これらの結果を競争分析から抽出することは、本稿で紹介するような理由により、近年、特に競争上より重要なってきています。

2.競争の激化

 第一に、グローバリゼーションによってほとんどの市場に存在する競争の絶対的レベルが押し上げられてきたと言えます。今までの競争相手は、適時適切な場所に留まっていれば市場での優位性を維持することが可能でした。しかし、通信、通商産業政策、技術および輸送方法の飛躍的な進歩により、多くの障壁が崩壊しているか、あるいはしようとしています。これらの障壁が崩壊した市場では、新しい競争相手が出現する可能性が極めて大きいと考えるべきです。
 新しい競争相手は、既存の競争相手とは極めて異なる手法で競争を挑んでくることが一般的な参入方法です。彼らは異なる背景そして状況から物事を学び、異なる顧客の需要にも頻繁に直面してきているために、独自の経営資源を用います。また独自の背景状況と経験に基づいて競争を理解していると考えるべきです。その結果、もはや競争相手が旧態依然の競争のルールや手段を用いることを期待することはできません。異なる分野から参入してくる競争相手との競争に勝つための方法は、論理的ではなかったり、洞察力がない、または合法ではあるものの道徳に沿ったものではないようにときおり映ることもあります。このような新しいグローバル競争下で、競争相手とビジネスの背景そして状況をよく理解することは、ますます重要になってきています。

3.グローバル経済は知識経済

 2番目に、グローバル経済は、ますます知識経済の特徴を帯びてきていると考えられます。パラダイム・シフト(つまり、多くの人々が物事を新しい見方で見るように今までの物事に対する考え方が変わること)が起こり、我々が過去に経験してきた産業経済のパラダイムから大きくかけ離れようとしています。有形なものだけではなく、サービスやそれに関連する無形なものについても、世界のほとんどの主要経済のGDPの最大部分を占めるようになってきており、サービスは物質ではなくより知識ベースになっていますと思われます。
 企業は必要なデータや情報を蓄積していますが、知識と情報は同一ではないということを意外に理解していないのではないかと思います。通信チャネルの改良によって、今までには有り得なかったような多量の情報が利用できるようになっています。その結果、単なる情報はだんだんと意味のないものに変わってきています。情報は多くの先進国で経済学者などによれば「供給過剰」と呼ぶ状態になっており、先進国以外でも類似した状態になりつつあります。競争上の優位性を維持するには、混沌または複雑さの中から新たな秩序を創出したり、新たに必要な専門知識を得ながら知識をレバレッジ(梃入れ)あるいは移転するために、企業は独自の方法でデータと情報を応用しなければなりません。
 知識とは行動の基盤となす価値として利用されるものではないかと私は考えますが、ほとんどの知識は言葉に表されないものかもしれません。つまり、人々は語れる以上にそのことを知っているはずです。
 インテリジェンス・サイクルの根底にある情報から、得られる知識を具体的な行動に結びつけるためには、情報をインテリジェンスに変換するための能力が必要となります。ここでの能力とは、経験、業界や組織の状態に関する事実に基づいた理解、意思決定および管理能力、人脈、洞察に満ちた価値判断が含まれます。能力は、間違いも犯しますが、練習、反復および訓練することにより開発することができます。組織が競争上の優位性を維持したいと考えるのであれば、かつてないほどに経営資源、才能、能力、そして最終的には専門的な知識をスピーディーに獲得するか、あるいは開発する必要があることが、知識経済は意味するようになってきているのではないでしょうか。

4.模倣の増加

 3番目に、ニューエコノミーの特徴の一つとして、模倣の増加をあげることができます。企業は競争相手の新製品、新技術またはサービスを迅速に模倣する能力をかつてないほど身につけています。市場の複雑さ、そして模倣の結果として他組織との提携、競争相手と多くの局面での類似した作業、これに加え拡大する社会および物理的ネットワーク、スピンオフそして組織間で絶え間なく変わるアウトソーシングの人材または社員の配置のため、模倣者の攻撃をかわすのはますます難しくなってきています。さらに著作権、特許そして商標権など、法律で製品またはサービスを守るには多数の情報を収集しなければならないので、競争相手にとっては企業の新しい提供物を模倣するのは簡単です。
 新しい提供物の存在を法律で守るために、現在、政府と国際機関間では互いにこれらの情報を共有しなければならなくなっているため、これらの情報を入手するのは加速度的に容易になっています。企業の中には、オリジナルの製品に改良を加えた製品を市場に送り込み、それを自社の競争上の優位性として強調し、「すばやく2番手」として成功している企業もあります。競争戦略上で考えてみると、2番手戦略は決して悪い戦略とは言えないのが模倣の時代と言われる所縁です。

5.増す複雑性とスピードの加速

 最後に、ますます物事が複雑になっていると共に変化のスピードが加速していると言うことがあります。このような市場における変化は、かつてないほどの早い割合でのデータ送信を実現した通信および情報技術の進歩のおかげです。しかし人間がデータを処理する能力は基本的に変わっているとは思えません。10年程前はスーパーコンピュータを用いてしか処理できなかった量や割合の計算が、ほとんどのオフィスあるいは家庭にあるコンピュータでも行えるようになっています。従来、企業は他社よりも先駆けて数年前に製品・技術またはサービスを市場に投入することによって圧倒的な優位性を確立することができましたが、今日では今までにないほどの短期間でしか最優位の座にいつづけられなくなっています。新製品およびサービスの投入のサイクルタイムは短くなっており、企業はそれを短くし続ける努力をする一方で、競争相手に追いつかれないようにするために、市場への投入数を増やさなければなりません。
 インテリジェンスおよび分析の価値を永続的にするには、ユーザー主導にする必要があります。ここでユーザー主導とは、ユーザーの判断または方針決定のニーズに情報収集プロセスの焦点を当てることが重要です。
 インテリジェンスを具体的に生成するための基本は情報収集にあります。一般的に知られている標準的な情報収集プロセスは、
(1) 分析の種類を確定する
(2) 必要なデータの種類を確定する
(3) データ収集の種類を確定する
のステップで行うことが良いとされています。このステップの基本は、顧客を理解することが骨格となっています。しかし、ユーザーが自分のニーズを明確にすることができなかったり、または本当に何が必要なのか明確に理解していない場合もあるため、これは必ずしも簡単に確定できることではありません。そのために競争分析では、組織で方針を決定するキーとなる人物と常に対話を継続することが重要です。

終わりに

 組織の意思決定者にインテリジェンスの利活用は信頼できるとのお墨付きをもらうためには、分析すべき対象を組織の戦略および実務上のニーズと密接に結び付けなければなりません。さらにラインマネージャをプロセスに巻き込むことは良い方策だと言われています。常に時間の制約に縛られている意思決定者は、これ以上のデータ、事実、また情報を欲しくないと思うことがしばしばあります。意思決定者に提供される情報がフィルタリングされていなかったり、分析されていない場合は目も触れないことがしばしばあると思いませんか。意思決定者が必要としているのは、戦略の構築および指導のために使用できる正確で完全な分析のフローから出力される優れた情報、つまりインテリジェンスだと思いますが、いかがでしょうか。
 米国CIAで活躍した後にインテリジェンス専門家学会の設立に貢献したHerring(1996 pp70-73)は、インテリジェンスの分析には、基本的に次の5つのタイプがあると述べています。
1. 早期警告を発することで、組織が不意打ちをくらわないようにする。
2. 意思決定プロセスのサポート。
3. 競争相手の評価と監視。
4. 計画および戦略開発のためのインテリジェンスの評価。
5. 収集および報告の主要部分の作成。
 企業内でインテリジェンスの利活用が広く受け入れられる基盤としては、新しいコンピュータベースの分析ツール、データベース、および双方向通信などが整備されてきたことで、情報管理の面からも効率的な方法で行えるようになってきています。その結果、さまざまな場所と時間からインテリジェンス活動に参加することが可能となり、多くの情報分析ツールまたはデータソースをリンクできるので、インテリジェンス活動を組織として受容する社会的な基盤などは整備されています。
 質の高い競争および戦略的なインテリジェンスを得るには分析を効率的に行う必要があります。ビジネスおよび競争分析を成功させるためには、企業と取りまく環境、業界そして組織に関する理解が徹底していなければなりません。そのためには何よりも豊富な経験、内容の充実したデータと情報、適切な分析テクニックの選択と使用、および組織としての制度化された競争優位モデルの確立および競争方法を確立するとの強い意志が必要です。