情報システム学会 メールマガジン 2010.10.25 No.05-07 [8]

連載 日本の情報システムを取り巻く課題と提言
第3回 産(ITベンダー企業)の課題

日本アイ・ビー・エム・サービス(株) 代表取締役社長 伊藤重光

 今回はITベンダー企業の課題を仕事に対する意識、契約方式、下請構造、人材育成、グローバル対応に分けて考えてみたいと思います。

1. 仕事に対する意識

 日本では一般的にITベンダー企業のお客様への対応姿勢は「お客様の言うなり」というケースが多いように感じます。発注側と受注側という力関係の中では仕方ないという意見の方もいると思いますし、最近はどの企業もお客様満足度向上やお客様志向を掲げているので、その一環と考えるべきという方もおられると思います。しかし、私は「お客様の言うなり」は決してお客様志向ではないと考えています。なぜならばITベンダー企業はお客様の重要なパートナーとして機能しないとならないからです。ITの専門家として方向性を語り、お客様の計画や考え方がおかしいと思った時には、理由と一緒にきちんと意見を言うことが必要なのだと思っています。
 例えば年金問題で個人情報の入力方法や名寄せの方法で大きな判断ミスがあり、これが原因で大きな社会問題になったことが表面化しましたが、これがお客様の依頼であったとしても、それに対して有効な代替案を出すことはITベンダーの使命であるのです。どのような経緯でこのような大きな問題になってしまったのか詳細はわかりませんが、この例のようなことは結構多いのではないかと思います。ITベンダー企業には、言われた通りに対応することがさらに進み、自ら考えて仕事を進めるのではなく指示待ちで仕事をする人材が増えきているように感じています。仕事に対する高い責任感を持ち、自分の考えを持ってチームをリードできるマネージャーや技術者を創出するための人材育成が求められているのです。

2. 契約方式

 お客様とITベンダー企業の間の契約方式には大きく分けると請負契約と準委任契約に分けられます。請負契約では成果物を定義し、その成果物を期日までに収めるための価格を提示します。コンテンジェンシーと呼ばれるリスク対応費用が積まれた価格が提示され、もし費用が計画を超えてしまった場合にも提示価格でやり切ることになります。また準委任契約はタイム・アンド・マテリアル契約とも呼ばれ、成果物は定義されず、要求内容を満たすスキルや経験をもった要員をアサインし、単位時間あたりの要員毎の費用を提示します。契約期間の中で想定の工数を提供することになり、もし工数が足りないために追加で作業をする場合には、その時間に応じて追加費用が発生するのです。
 日本では一般的に請負契約が多いようです。本来は成果物や前提条件が明確でないと請負契約は成立しないのですが、曖昧な成果物定義や前提条件のままで契約締結し、費用超過(オーバーラン)してしまった場合にも交渉により、次回の別契約で調整するというようなケースもあるようです。これは予算を守るためのユーザー企業側の都合に合わせたものであり、日本固有のネゴシエーション方式となっています。ユーザー企業がプロジェクトをリードできないためにITベンダー企業に主体を依存し、かつ予算内に納めたいという関係から来た結果であるように感じています。
 欧米ではユーザー企業が主体となってプロジェクトを実施することが多いために準委任契約が多いのが実態です。ユーザー企業は予算を守るためにプロジェクト管理をきちんと実施し、準委任契約の相手には費用に見合った仕事をしているかどうかを把握し、問題があれば要員交代を要請することになります。この契約においてはお互いプロとプロの仕事という印象があります。

3. 下請構造とワークスタイル

 日本のITベンダー企業はメーカー系、独立系大手、独立系中小の3階層構造(一部の通信系ITベンダーはメーカー系を下につけることもありますが)となっています。ユーザー企業の多くはメーカー系企業と契約をしますが、メーカー系企業の下請けとして独立系大手企業、その下請けとして中堅企業や中小企業という構図で体制が組まれることが大変多いのが現状です。最近は個人情報や機密情報の扱いもあり、ユーザー企業は契約に関連する企業を開示することを要請していますが、下請け・孫請け構造はあいかわらず多く存在しています。当然ながら要員単価や契約条件は段階的に厳しくなり、情報サービス産業の3K、7K問題の原因のひとつになっています。
 最近、情報サービス産業に限らず日本企業の労働時間の多さと単位時間当たりの労働生産性の低さが問題になって来ています。ある調査では2008年の労働時間当たりの国内総生産(GDP)で労働生産性を計算するとOECD(経済協力開発機構)加盟30ケ国で20位、先進7ケ国で最下位となっているそうです。情報サービス産業の仕事はプロジェクト型の仕事が多いためにピーク時の対応で長時間労働が発生しやすい環境にあります。最近は他の業界の仕事もプロジェクト型の仕事の割合が増えています。情報サービス産業だから仕方ないとせずに、業界全体として下請け構造の見直しや労働時間ではなく成果で評価をするような仕組の定着、そしてワークライフバランスを意識した労働環境の見直しをすべきでしょう。
 また女性の活躍の場の拡大、育児や介護のための短時間労働制など柔軟な勤務制度の導入、長時間労働の解消、働きやすい環境の整備等、業界の労働環境の見直しは優秀な人材を引き付けるための必須条件となりつつあります。ワークライフバランスというと、経営者から見ると労働時間の短縮という捉え方をされるケースもあるようですが、私は時間的に余裕ができると、仕事と生活両面で生きがいを感じ、気持ちが豊かになり、仕事に対しての考えも深まり、モチベーションが高まると思っています。モチベーションが高まることで仕事の生産性や品質は大きく変るので、長期的には必ず企業のビジネス成長に繋がると考えています。

4. 人材育成

 日本の多くのITベンダー企業では新卒社員を多数採用し、入社後にIT関連研修を実施していますが、一般的に研修期間は2〜3ケ月であり、2〜3日の社会人教育とプログラミング等のIT技術研修が中心となっているケースが多いようです。外資系のITベンダー企業ではこれらの内容に加えてコミュニケーション能力(お客様、社内、チーム内)や資料作成能力、説明能力そして管理技術、状況対応能力、チームでの仕事の仕方、リーダーシップといった内容の研修にも力を入れており、実際の仕事の現場で役立つ実践的なワークショップやロールプレイ等が実施されています。お客様のパートナーとして活躍するにはIT技術以上に、プロフェッショナルとしての対応能力が必要となるので、日本のITベンダー企業もこの分野の育成にさらに注力すべきと思います。研修内容の相違が前述の社員の仕事に対する意識にも大きく影響しているような気がします。
 育成の仕組は研修だけではありません。実践的な対応力向上には、実際の現場におけるOJTやメンタリングが有効ですし、研修も集合研修だけではなくeラーニング等の活用が効果的です。特になかなか現場を離れられない社員の育成には、いつでも、どこでも自分の都合に合わせて研修受講ができるeラーニングは大変有効な手段です。そして人材育成のためには個人別に将来のキャリアを意識した育成計画を策定し、それを意識して仕事のアサインをすることが最も大切なことと言えるでしょう。

5. グローバル対応

 最近は日本企業も日本国内だけでなく海外市場を意識したビジネスをする必要性が高まっています。少子化により経済成長が期待できない日本だけを対象にしていては企業の存続も危ぶまれ、BRIC(ブラジル、ロシア、インド、中国)を初めとした成長国にビジネスを展開することが重要なテーマとなっているのです。海外で調達、生産、販売を行なう企業が増えており、これに伴い海外でのシステム構築のニーズが高まっています。しかし、日本のITベンダー企業は社員の英語力や海外での対応力に弱みを抱えている企業が多く、日本企業の要請にも関わらずなかなか対応できていないのが現実です。
 今後はグローバル対応力がビジネスの決め手になることがますます増えると予想されるため、日本のITベンダー企業自身もグルーバル化を進める必要があると思います。外国人社員の採用、海外ITベンダーとの提携という方法もありますが、国を越えた強い連携が必要となるので、まずは自らがグローバル企業になるという意識が大切です。前述の下請構造の中で下部にあたる中小規模のITベンダーにとっては、さらに難しい問題になってくるため、会社統合や再編等が起きる可能性を秘めているのではないでしょうか。

以上