情報システム学会 メールマガジン 2010.6.25 No.05-03 [11]

新刊紹介『情報文化論ノート サイバーリテラシー副読本として』

矢野直明著、知泉書館、2010年6月、2600円(+税)

 1960年代、日本では世界に先駆けて、情報産業や情報社会の議論が盛んに行われた。しかし、当時の議論は通商産業省の情報政策と歩調を合わせた未来社会論的な趣が強く、人文社会系でアカデミックな「情報」研究が本格化したのはそれよりずっと後の1990年代に入ってからである。「社会情報」研究の拠点となるべく、東京大学の新聞研究所が社会情報研究所に改組されたのは1992年だった(同研究所は2004年には情報学環に吸収された)。学会活動をみても、経営情報学会、日本社会情報学会、情報文化学会などはいずれも1990年代以降に設立されている。情報処理学会が今年設立50周年を迎えたのと比較すると、人文社会系の「情報」研究はまだ20年ほどしか経っていないのである。
 歴史は浅いが、産官学の多様な専門家が研究に加わった結果、今日では、情報法、行政情報、情報経済、経営情報、情報政策、情報産業、社会情報、災害情報、情報社会、知識社会、ネットワーク社会、情報行動、情報文化、メディア、コミュニケーション、ジャーナリズム、図書館情報、情報倫理、インテリジェンスなど、多くの専門領域が生まれている。専門の細分化は学問の発展の証なので、おそらく望ましいことなのだろう。しかし、もっと広い視野から、情報の社会・文化的側面を考察したい、情報技術と社会の関係を分析したという社会人や、情報社会の本質を考えるべく勉強を始めようとする学生にとってみると、一体どこから手をつければいいのか、ますますわかりづらくなってきたようにも感じる。
 そのような初学者にとって、本書は最良の読書の手引きとなるだろう。本書は、前作の『サーバーリテラシー概論』、大川出版賞を受賞した『総メディア社会とジャーナリズム』に続く、「サイバーリテラシー三部作」の最後の著作と位置づけられている。とはいえ、体系的な情報文化論の最終編というような内容ではない。前書きで著者自身が述べているとおり、まさに「ノート(覚え書き)」と呼ぶのがふさわしい。情報文化・情報社会研究の分野で、重要かつ基礎的文献を網羅して、各文献の要旨をノートとしてまとめたものになっている。
 第I部では、「情報」という言葉の起源を辿り、森鴎外や福沢諭吉の議論が紹介されている。第II部では、梅棹忠夫の「情報産業論」、アルビン・トフラーの『第三の波』、増田米二の『原典・情報社会』など、情報社会論の古典がコンパクトに解説されている。第III部ではメディア論の古典となったマクルーハンの議論、第IV部ではウィーナーのサイバネティックス論などが取り上げられている。続く第V部ではIT(情報技術)の発展に伴う社会の変化が、第VI部ではローレンス・レッシグをはじめとする現在注目されている研究者の著作が、それぞれ紹介されている。そして、最後の第VII部では、人間や社会の新しいあり方を考えるために参考となる議論として、「デジタル・ネイティブ」や山岸俊男の『信頼の構造』について解説されている。巻末には、年表、文献案内、索引が付されている。
 本書を最初から丁寧に読めば、古典となった著作、注目されている論文、現在話題となっている研究テーマのほぼ全体像を把握することができるだろう。初学者にとって必要不可欠な情報が網羅されている点がたいへん便利である。この本を案内役として、読者は自分の興味にしたがって今後どのような方向へ研究を発展させていくべきか、その道筋見えてくるだろう。一方、すでにこの分野の研究を続けてきた読者にとっては、あたかも事典を引くかのように、自分がまだ読んでいない文献の情報を調べたり、すでに読んだものの記憶が定かではない文献の内容について確認したりすることができる。
 著者は、朝日新聞社でジャーナリストとして活躍した後、サイバー大学IT総合学部教授をつとめている。本書の中には多くのアカデミックな文献を含む著作が紹介されているが、単なる理論の紹介にとどまらず、ジャーナリストらしくIT社会の現実をみつめて問題を深く考察しようとする思考が一貫して流れている。それが本書の魅力となっている。

(砂田薫)
著者紹介: 『ASAHIパソコン』創刊編集長、『DOORS』創刊編集長、現サイバーリテラシー研究所 http://www.cyber-literacy.com/ 代表、サイバー大学IT総合学部教授、情報セキュリティ大学院大学客員教授。

 2010年7月25日号から、矢野直明先生の長期連載が始まります。ご期待ください。

 以下、本書からの抜粋。

【目次】
 I 物から情報へ
 II 情報社会の到来
 III 「文字の文化」から「電子の文化」へ
 IV サイバネティックス・ロボット・人工知能
 V デジタル情報社会(IT社会)の出現
 VI 現代IT社会論
 VII サイバーリテラシーの周辺

【はじめに】
 この本は、『サイバーリテラシー概論』、『総メディア社会とジャーナリズム』に続く「サイバーリテラシー三部作」の最後にあたる。「サイバーリテラシー」という考えをすこしずつ具体化する過程で、私自身が読んだ本や、多くの人に会って話を聞いた内容をまとめた、まさに「ノート(覚え書)」である。だから「サイバーリテラシー副読本として」とサブタイトルがついている。体系的な「情報文化論」でもなく、「論」より「事実」の紹介に重点が置かれている点でも、「ノート」と呼ぶのがふさわしい(^o^)。しかし、現代社会の基本素養としてのリテラシー、すなわち「サイバーリテラシー」を理解するために最低限知っておくべき内容はとりそろえた、といささかの自負がなくもない。(後略)

【おわりに】
 私が「サイバーリテラシー」という表現を最初に使ったのは、新聞社在籍中に『朝日総研リポート』1999年6月号に書いた「『表現の自由』の現代的危機について─ネット規制と『サイバー・リテラシー』」という論考である。マスメディアにおける表現の自由を守る気概の退潮をリポートしながら、勃興しつつあるパーソナルメディアも含めた「表現の自由論」の再構築について考察したもので、「サイバースペースの組織論は、まず何よりもサイバースペースの理解、メディア・リテラシーにならっていえば、『サイバー・リテラシー』に裏打ちされたものでなければならない」と書いている。
 ついで2000年に刊行した『インターネット術語集』(岩波書店)では、「サイバーリテラシー」という一項目を立て、これを「サイバースペースの構造や仕組みを理解することで、私たちの生活をより豊かなものにしていきたいという思いを込めた、メディアリテラシーにならった造語である」と説明している。その骨子は、2002年にサイバーリテラシー研究所のウエブを立ち上げたときに掲げた「サイバーリテラシーの提唱」でほぼ固まったと言っていい。(中略)
 その過程で(いくつかの大学で教壇に立って──引用者注)私は、大学や一般社会における情報教育を、これまでのようなマスメディアをめざす人びとを対象にした専門教育から、万人が情報発信する時代の基本素養を教える教養科目に転換する必要を強く感じるようになった。「情報社会のリテラシー」を体系的に教えるカリキュラムが必要であり、そのバックボーンこそサイバーリテラシーであるという確信(!?)である。(後略)

(編集部)