情報システム学会 メールマガジン 2010.6.25 No.05-3 [7]

連載 情報の価値とインテリジェンス
第2回  「情報の意外性とインテリジェンスの概念」

日本経済大学(渋谷キャンパス)教授 菅澤 喜男

1. はじめに

 日本社会あるいは企業社会は、いわゆる縦割り組織であると言われます。その結果、組織としての意思の伝達あるいは行動は必然的に縦割的な方法で行われることになります。この縦のラインに多くの情報が伝達、つまり流されることで(上手くいけば)末端の組織あるいは人間に意思が伝わることになります。
 情報の価値の一つに意外性があります。意外性を見いだせる情報には、多くの人間はエモーショナルとも言うべき「心を動かす、感動的な」思いを基本とした行動を起こすように思えます。この意外性を情報に求めるには、縦割り的な情報伝達ではなく水平的かつ横断的な情報伝達が重要な役割を果たします。
 私が1970年代前半のアメリカ留学時代に勉強をした「エントロピー」、つまり平均情報量を思い起こしてみると、ある情報が生起する確率がちょうど1/2(どちらとも判断がつかない状況)の時に平均情報量が最大となるという理論です。つまりエントロピーは、意外性が最大の時に平均情報量も最大となる訳ですから、意外性を含んだ情報がもっとも価値ある情報と考えられます。したがって、意思決定者は判断に迷いがある時こそ、多くの意外性のある情報が必要であるということです。また、生起確率が1は、まさに意外性が的中した場合であり、逆に生起確率が0は起き得なかったと言うことになります。
 ビジネスを上手く行ってゆくにあたっては、この情報が持っている意外性こそがビジネスチャンスでありニッチな市場の存在を示していると言えます。しかし、我々は、情報を受け身の姿勢で単に待っているだけでは、情報が持っている役に立つ意外性を見極めることはできません。そのためには、常にマーケットを監視(モニタリング)している必要があります。
 本稿では、インテリジェンスの概念、インテリジェンスの歴史、そして欧米で研究が盛んに行われてきたビジネス・インテリジェンスそしてコンペティティブ・インテリジェンスなどについて概説します。

2. インテリジェンス研究の歴史

 ビジネス・インテリジェンスの概念は1970年代初めにスウェーデン・Lund大学のDr. Stevan Dedijer(デジェール)博士が唱え、Lund大学で講義に取り入れ、脚光を浴びたことに始まります。同博士は、特に情報の安全性を重視すべきことを主張し、情報化時代の大学こそ、情報活用のためのインテリジェンスの中心になるべきであることを指摘しました。同博士は世界のインテリジェンスの代表的なものとして、バチカン、スイス銀行、Royal Dutch Shellの3つをあげて研究を継続し、ビジネス・インテリジェンスの創始者として世界で高く評価されました。
 その後、冷戦終了間近の1986年になると、米国ではCIA関係者を中心にSociety of Competitive Intelligence Professionals (SCIP)-競争情報専門家協会が設立され、CIAなど諜報関係機関の競争相手国の情報の収集、分析法をビジネスに応用する動きが現れました。
 ビジネス・インテリジェンスの概念を38年前の1972年に唱えたスウエーデン・ルンド大学のデジエール博士は、どちらかと言えば情報収集を競争相手だけに絞るやり方に批判的で、関連する情報を幅広く公正に収集、分析、活用する必要性を提唱していました。デジエール博士は、IBMが競争相手の動きに注力している間に、ガレージでコンピュータソフトの開発に成功し、瞬く間にIBMの強力な競争相手として出現した、マイクロソフトの事例を引用し、競争相手だけの動きに焦点を合わせるコンペティティブ・インテリジェンス(Competitive Intelligence競争情報)の情報収集技法に疑問を投げかけました。
 世界の潮流として、ビジネス・インテリジェンスの呼び方はヨーロパ諸国が中心であり、北米ではコンペティティブ・インテリジェンスと呼ぶ場合が一般的です。本質的な2つの呼び方は、競争相手に絞り込んだコンペティティブ・インテリジェンスなのか、広く競争の範囲を広げ競争相手だけではない競争を範囲としたビジネス・インテリジェンスの違いであると考えます。

3. 明治以降の日本軍のインテリジェンスと世界のインテリジェンス

  ・1868年(明治元年)海陸軍科が設置されて以降、軍部がインテリジェンスを整備することに関心を持っていた。
  ・1878年、陸軍参謀本部が、中・南支(編集部注:中国中南部)方面派遣将校を長期の駐在員としたことで、本格的な対外情報収集活動が開始される。当時は、まだ情報収集の基盤も無いために、民間人の力を得て、軍は民間の商取引のルートに沿って情報担当将校を配置していた。

→ いわゆるインフォメーションオフィサー(情報将校)がいた。

  ・日清戦争では、石川伍一や鐘崎三郎が活躍。
  ・日露戦争では、石光真清や明石元二郎などが活躍した。明石の活躍は自身の『落花流水』にまとめられ、それは後の陸軍中野学校の教科書として採用されている。
  ・1908年、陸軍参謀本部が本格的な軍事情報部であった第2部を設け組織的な情報収集活動を開始した。
  ・この頃に、英国では秘密情報部(SISまたはMI6)そして防諜部(MI5)が誕生している。

 ここで、日本を取り巻く状況を概観してみると、第一次日英同盟が、1902年1月30日に調印され即時に発効している。その後、第二次(1905年)、第三次(1911年)と継続更新され、1923年8月17日に失効するまで日英同盟が日本外交の基軸であったことは良く知られている。第一次世界大戦までの間、日本の外交政策の基盤となった。その間、1914年8月23日にドイツに宣戦布告をしている。第一次大戦の最大の任務は偵察−索敵だと言われています。また、世界初の飛行機の軍事利用は、1811年のリビア戦争でのイタリー軍のニューポール機による偵察飛行が世界で初の偵察・索敵と言われている。これはライト兄弟による初飛行の8年後である。偵察も航空写真が実用化されるまでは、記憶によるか写生などに頼っていたようですが、戦線が膠着化し騎兵による浸透が不可能になると飛行機の利用が重視される中で航空写真を最も早く実用化したのがフランスです。航空機による偵察が重要視される中、1918年にはイギリスは世界初の独立した空軍を発足させています。アメリカの空軍は第二次大戦中に独立した空軍を組織化しました。日本は第二次大戦中でも欧米各国のような空軍を保有することはなく、1952年航空自衛隊にその原型ができている。また、驚くことに第一次大戦末期イギリスは、22,500機を保有し、空軍全体で30万人が在籍し、主任務が索敵でこれだけの兵力を有していたことは驚きです。日本は日英同盟を基軸とした外交政策であったが、第一次大戦での航空機により偵察技術などを含めた武器の飛躍的な進歩と、総力戦として求められる相手国の人口や工業力、そして飛躍的な通信技術の進歩などから大きな遅れを取った理由と考えられます。
 その結果、広範囲な情報を把握するためのインテリジェンス能力が軽視されました。それが要因となって、この時期になると、インフォメーションオフィサーの存在が不明確となっているのではないか!

  ・1930年代後半までインテリジェンスが重要視されることはなかった。
  ・その後太平洋戦争に突入したが、軍のインテリジェンス活動は主に個人的な能力に頼り、組織的な活動とは言い難い状況であった。

  <『日本軍のインテリジェンス』小谷賢著を参考>

海軍軍令部の中枢であった作戦部は既に対米英戦の勝算がないことを認めていました。

  ・1941年2月:情報部の結論は次のような内容であった。「米国は1944年以降においては日米各種兵力比は、帝国に対して十分な勝算を確信するに至るべく従って右時期以降においては、帝国に対する圧迫政策は現在のごとく微温的ならず武力行使を予期しつつ極めて強硬なる策に出づべく」。

→危機管理の段階

  ・海軍が最も恐れていたのはこのような状況であった。すなわち将来的に日米の戦力格差が増大し、さらに日本が戦力的なストック、特に石油を使い果たしてどうにも行かなくなった末に米国から強硬な対日政策を押し付けられることである。つまり、先に進めば進むほど、勝ち目が無いのであれば、開戦は早いほど良い、といった結論に至ったことは理解できる。

→この結論が航空機による真珠湾への奇襲攻撃(戦術)へと突き進んで行った。

  ・戦術的に見れば、海軍の判断は極めて合理的であったが、しかし、戦略的に見ると、対米戦という判断は全くナンセンスであったのではないか。
  ・背景には、日本軍は中長期的な観点から状況を判断するセクションが存在していなかったために、米国の世論が長期的に耐えられないという何の根拠も無い予想に頼っていた。
  ・山本五十六は真珠湾攻撃が米国の世論に打撃を与えると考えていた節があった、すなわち山本五十六は、戦術的にアメリカ海軍をたたく方法を提示したが、戦略的な考え方については明確な解決策を提示しなかったことになる。

<『日本軍のインテリジェンス』小谷賢著を参考>

 さて、日本企業は、戦術タイプですか、それとも戦略タイプでしょうか?どうやら、戦術タイプの企業が多いのではないでしょうか。

4. 戦前・戦後のインテリジェンスに関する問題と問題解決の指針

 『日本軍のインテリジェンス』の著者である小谷賢博士によれば、日本軍の問題として、以下の6点を挙げています。

(1)組織化されていないインテリジェンス
(2)情報部の地位(立場)の低さ
(3)防諜の不徹底
(4)目先の情報運用
(5)情報集約機関の不在とセクショナリズム
(6)長期的な視野(戦略)の欠如による情報のリクワイアメント(Requirement:要求)の不在
→インテリジェンスに求められる仕事は、リクワイアメントに基づき情報を収集し、それらを分析・評価した上で政策決定者に判断のための材料を与えることである。
→各組織のセクショナリズムの緩和と情報部の立場の強化、そして収集した情報の集約・共有化が必要である。
   米国型:強力な権限を伴う中央集権的(CIA)組織
   英国型:それぞれの関係組織が持っている情報の共有(MI5、MI6)組織
→情報部の地位の低さは「インテリジェンスの政治化」にある。行動しようとする人間(意思決定者)が情報を扱いだすと、手段と目的が混在するために客観的な情報判断が難しくなる現象である。インテリジェンスの政治化とは、いわゆる上司あるいは権限を有している者に都合の良い情報だけを提供することである。最近では、イラク戦争で英国のMIそして米国のCIAが当時の最高権力者に都合の良い情報だけを知らせた結果、イラク戦争が勃発したとの事実がある。最近、英国では当時の首相が聴聞会に呼び出され、なぜイラクには科学兵器が存在したとの偽りの情報で英国軍をイラクに派遣したかについて厳しい質疑がなされたことは記憶に新しい「インテリジェンスの政治化」である。インテリジェンスの政治化を避けるための解決策としては、「実行するスタッフと調査するスタッフをできる限り厳密に分離しておくことである」(アメリカ人ジャーナリスト、ウオルター・リップマン)がある。

 さて、小谷博士が指摘した日本軍の問題は、戦後半世紀以上が過ぎた日本では、どの様な反省がなされたかも大きな疑問です。

5. インテリジェンスの概念

 シャーマン・ケント(1949年)によれば、「知能」とは別にインテリジェンスは知識、組織、活動の3つの意味を持つと指摘しています。また、知識としてのインテリジェンスは、判断・行動のために必要となる知識であり、情報より生産されるとしました。
 広辞苑の定義によれば、「情報」とはあることがらについての知らせ、インテリジェンスとは、判断を下したり行動を起こしたりするために必要な知識となっています。
 仏仏辞書(私の単なる推測ですが、インテリジェンスという語は英語よりはフランス語の方が古いと思っている)から見た違いとしては、
情報(Information)
・データ、情報
 ・教え(理解を含まない)
 ・調査する
 ・出来事を伝える
 ・ニュースを聞く(理解することとは別)
 ・メディア
 ・何らかの印で伝えることが出来る
インテリジェンス(Intelligence = Com(一緒) Prendre(取る・把握する)と同義語)
 ・共通の知識を持っている
 ・お互いに理解する
 ・共犯者の間による暗黙の了解
 ・重要な情報を持っている人と情報交換する(Correspond)
となっています。

6. 日本人研究者が定義しているインテリジェンスとは

 ・北岡元 元政策研究大学院大学教授
  「判断・行動のために必要な知識」
 ・手島龍一 慶応義塾大学教授

「収集した情報を精査し、裏を取り、周到な分析を加えたインフォメーション、それが「インテリジェンス」」である。

 ・小谷賢 防衛省防衛研究所教官

「インフォメーションはただ集めてきただけの生情報やデータ、インテリジェンスは分析・加工された情報」である。

 ・中川十郎 元東京経済大学教授

「(ビジネス)インテリジェンスとは、収集した経済情報を整理、評価、分析し、価値を高め、行動、意志決定に活用できる付加価値の付けられた情報で、競争情報はその一部とみなされ、競争情報を付加することで、ビジネス・インテリジェンスはさらに価値が高まり、競争力ある情報となる」

 ・菅澤喜男
  「アクショナブル・インフォメーション」である。

7. ビジネスにおけるインテリジェンスと正確な情報が持つ意味

 適切な時期に適切な技術資源を持つことは、多くのビジネス領域において成功を収めるために、ますます重要となっています。また、素早い変化に基づく競争的な経済の中で、もし企業が 技術的資源を賢明に管理・運営することを期待しているならば、様々な環境に対して正確かつタイムリーな情報が必要です。技術やビジネス開発に必要な様々な情報を効率的に 収集、評価、活用するツールが必要となります。
 正確な情報が持つ意味としては、情報が正確であればあるほど、過激な情報となるので経営者サイドは敬遠したいとの意識が強くなります。また、全体的におとなしい競争の無い業界(社会)ほど、人間の主張が過激さを見つける情報に偏ることで、意外性を見出すチャンスは増大することになります。

8. インテリジェンスの役割

 インテリジェンスは、意思決定に現在そして将来とも重要になる可能性がある利用可能なすべての情報を収集、評価、分析、統合および解釈した付加価値の付いた製品(情報)であると定義できます。
 このインテリジェンスの定義は、次の3つの役割を果たします。
1.インテリジェンスと情報(評価されていない資料)を区別する
2.インテリジェンスのダイナミックおよび周期的な性質を捉えている
3.経営者層とインテリジェンス・スタッフ間のパートナーシップを強調する

9. インテリジェンス領域の分類

(1)ビジネス・インテリジェンス(BI)

ビジネスの成功に有利に働く影響として、環境・規制・産業のトレンドなどから政治・経済・社会問題までの広範囲にわたる分析的・洞察的情報を包括した領域です。BIの特殊で重要な問題としては、潜在能力のある競争相手に焦点を絞り込むことが特徴的です。

(2)コンペティティブ・インテリジェンス(CI)

コンペティティブ・インテリジェンスは、基本的にはビジネス・インテリジェンスと同義語として理解できますが、前述した通り競争相手(ライバル)に的を絞ったインテリジェンスであると考えます。

(3)(コンペティティブ)テクノロジー・インテリジェンス(TI)

コンペティティブ・テクニカル・インテリジェンスと呼ぶ場合もありますが、ここではテクノロジー・インテリジェンスと呼びます。テクノロジー・インテリジェンスとは、開発における科学や技術分野の新しいアイデアを求めて、外部におけるテクノロジーを如何に獲得するかを重要な問題として扱う領域です。CIにおける広範囲なプロセスの中でも重要な部分であると認識されています。特にこの領域では、資料収集の重要性が指摘されています。価値ある科学的レポートは、たびたびR&Dの企業間提携、共同事業、パートナーシップの噂や発表などに見出すことができます。その後、特許が公表され始めます。これらの特許は3、4年早く実施された開発結果を簡潔に把握することが出来ますが、的確に技術の変化を確認・整理するためにはタイムリーな情報とは言えません。最後に、最も強いシグナルが起こるのは、開発サイクルの最終部分に近いところであり、製品発表、競合製品の売上、ビジネスの損失などです。

 他にエンバイロメント・インテリジェンス、ファイナンシャル・インテリジェンスなど欧米ではそれぞれの専門分野でインテリジェンス領域を分けています。

10. おわりに

 本稿では、情報の意外性にこそ価値があるのではないかとの意見を述べさせていただきました。また、インテリジェンスの概念、目的、役割、正確な情報が果たす役割などを概説しました。やはり、情報とインテリジェンスとは分けて捉えることが重要であると考えます。