話を分かりやすくするために、例えばビジネスという文脈を想定すると、私は、情報システムはビジネスという実体に付随する属性だととらえている。そうであれば、ビジネスという実体の特徴を理解しないとその文脈での情報システムの役割は描けない気がする。
ビジネスという実体を、運用・管理・調整(coordination)・変革という4つの軸で逐次特徴付けてみる。そうすることで、自然科学の分野で見られるように、単純・顕示的なものから、より複雑・暗示的なものへと逐次焦点を当てると、ビジネスの属性としての情報システムの理解が進むと思える。勿論、個々のビジネスを取り上げるのではなく、ある程度の一般化が必要であるが。
ビジネスには必ず運用というものがある。ビジネス運用に関わる人や組織、運用対象、運用プロセスが存在する。例えば自動車製造では製造という運用のための生産ラインの構築が必要だが、それはビジネス運用のための情報システム構築と似ている。大切なことは情報システム構築そのものではなくて、その運用で成果を出すことである。情報システム構築とソフトウェア開発は同じものとして扱う考え方もあるが、情報システムには運用という側面が非常に大事だと思われる。ソフトウェア開発では構築に焦点が当たっており、実体としてのビジネスとは比較的隔離されている感を受ける。情報システムはビジネスの運用面を通して見ると理解しやすいと思われる。事実、多くの情報システムはビジネスの運用の効率化という観点が強調される。
ビジネスで運用だけやっていれば良いというわけではないことは自明で、そこに管理が求められる。ビジネス管理に関わる人や組織、管理対象、管理プロセスが存在する。しかし、管理は運用と切り離して考えるわけではない。運用がある程度の複雑さを持つとき、管理が求められる。情報システム構築のプロジェクト管理はその複雑さが増したために必要で、これはビジネス一般の管理の一部とみなせるであろうが、異なる特性もある。(ビジネス一般の管理は連続・定常的だがプロジェクト管理では時限・成果達成)。ここで必要なことは管理の持つ特性を理解することである。また、ビジネスパフォーマンスといったものが必要な場合は、それらをモニタする仕組みが情報システムに組み込まれねばならない。これらはビジネスの観点のもので、システムパフォーマンスとは異質であることは自明であろう。ビジネスには「人」が絡むから。
管理の中で重要なのは調整だと思える。管理の単位である業務を超える、ビジネス内の業務間(上下・左右)の調整、また、ビジネス間、つまり企業間の、調整は重要で、その情報システムへの反映が求められる。ビジネス調整に関わる人や組織、調整対象、調整プロセスが存在する。最も単純な調整である、ビジネスでの標準化が情報システムの実現に貢献する度合いは大きい。
最後の視点は、変革である。ビジネス変革に関わる人や組織、変革対象、変革プロセスが存在する。変革はビジネスそのものの中に作りこまれていなければならないと思われる。情報システムは自ら変革しないので、ビジネスの変化を反映させて変更せねばならないことになる。
以上の枠組みを準備したのは、情報システムの(大学院)教育に有効と考えたためである。情報システムには多くの「人」がかかわるが、これら関係者の能力向上の一つは教育であろう。
以下では、情報教育について考えをまとめてみる。高校から話を始めると、高校には「情報科」で例えば「社会と情報」という科目が予定されている。高校生は将来、情報システムの利用者であることは間違いないが、作成者となるのは少数派であろう。情報システムについて「身の回りの情報システムを取り上げ、利用者としてシステムのサービス停止の影響を考える」ことが学習指導として示されている。高校生が理解し易い「身の回り」の情報システムの事例が乏しいことが難点である。高校の情報科教員の苦労がしのばれる。残念ながら、高校生の情報科に対する人気は低そうである。
高校生は大学等へ進学し、たまたま、情報系と称する学部に入学した場合、新入生の情報系学部や情報システムの認識はどのようなものであろうか。多分にはっきりしていない状態である。そこではいくつかの問題を技術的に解くという教育が行われる。なかには、専門として選択した分野の位置づけを見つけられず、学習意欲を喪失する学生が散見される。個々の課題を解決するということもさることながら、目前の問題を理解・学習意欲を持たせ、自発的に学習していく姿勢を培うことが求められる。大学教員の解決すべき重要な課題と考えている。問題領域の「知識」を座学で習得することができて、社会という文脈での学習や、チームワークでの活動を望んでも、経験や役割の異なる個人の集団としてのチームを設定するなどは困難で、結局のところ、他人の解答をコピーすることなく、個人での能力の向上をする・させるという最低線に専念するのが精一杯と感じる。
卒業生が職業として情報システム構築を選択した場合、産業界はこのような大学卒業生を歓迎するであろうか。残念ながら、相当の不満があることはご存知であろう。プロジェクト管理についての学習理解が求められることもある。しかし、新入社員が入社後すぐにプロジェクト管理者になるとは考えにくい。プロジェクト管理の能力はいつ、どのような形で培われるのであろうか。大学院へ進学・修了すればこれらの不満は解消するであろうか。産業界、特に人事採用、の意見の多くに、情報系大学卒業生に求める能力として「コミュニケーション力」が挙げられる。求めていることは、永い教育の最終的能力状態であるが、これは情報系学部での専門教育とどのように関係するのであろうか。個人的には、ソフトウェア開発のように内向きの思考を重視する(頭を使う)場面、情報システムのように外向きの観察を重視する(気を使う)場面への、異なる対応を兼ね備えることが必要で、特に後者は「社会の求める」能力を培えると考えている。理系と想定される情報系学部の卒業生が文系の非情報系学部の卒業生に負けているとの話を何度か聞いた。それは、情報系学部の学生は、上記前者の「内向き思考」に注力し、後者には関心を示さないが、文系の学生は元々後者の「外向き観察」に関心が向いていて、「内向き思考」が追加されれば十分能力が発揮できるのであろうと観察している。
4-5年の実務経験の後での、大学院への入学は、問題意識が明確であること、何を学べばよいかが分かっていることで、効果的になると思える。そこで、専門職大学院のような、社会人大学院は有効だと考えられる。しかし、退職して学習に専念することには障害がある、退職しないとしても、本当に学びたい人は忙しすぎて学ぶ余裕がない(夜遅くまで働いていて、夜間の授業もままならない。有能で、向学心のある人ほど忙しい)、情報システムの構築やプロジェクト管理は学習するものではなく経験を積めばよい、あるいは次の段階へ進む途中に過ぎないと考えている技術者もいる、情報システム構築を業とする企業では、企業からの大学院等への派遣は個人が離社しては意味ないので消極的である、などの壁が感じられる。この話題に近い内容のシンポジュームが、本学会の主催で行われる。自分の課題についての解を見つけたいと思っている。
2010年度の総会での竹並会長の挨拶の中で、第一に挙げられた点は、「我々が幸せになる」ということであった。ここで言う「我々」は当然、学会員ではなく、社会一般の我々であるが、情報システムが世の中の人々を「幸せにする」とはどのようなことであろうか。情報システムの与える利便性による「幸せ」がある。一方、次の観察(R.J.Shiller, ‘The New Financial Order’より)があり、なるほどと思ったので、以下に紹介したい。話題は、新技術は(一方で経済的な面の)リスクを増大させるということである。
以上は、情報システムそのものの問題ではないが、積極面とその副作用をバランスよく視野に入れることは重要と感じる。とかく、情報システムの影の部分はセキュリティの問題(上記第4項目の一部)に集約する傾向があるが、上記の指摘は、それ以外の観点もあることを示唆している。例えば、第3項目は、情報システムという観点で見ても、重要な検討課題であろう。対象となる情報システムは先進国のもの、発展途上国のものと考えて見るのも興味深い。
学会はその分野の専門家集団で、学会の一員としての立場や見方を改めて考えてみた。世の中の大多数の人は情報システムの専門家ではないといっても良いが、ほとんどの人は情報システムの利用者であることも事実である。高校生レベルも含めて、これらの世の中一般の人がどれだけ情報システムの特性を、上記で列挙した影の部分を含めて、理解しているであろうかと思うのである。ともすると目立ってしまった「出来の悪いシステム」が話題となり、情報システムへの注意が喚起される。情報システムは減点主義の世界なのであろうか。そもそも情報システムの特性は何か、例えば、高校の教科書で取り上げられる「身辺の情報システム」(ITS, 金融機関のATM、コンビニのPOS)と利用者としてそのサービス停止が起きたときの問題の理解、は高校生に納得できるものであろうか。欲しいことは、有効な情報システムの分かりやすい事例とその説明(例えば、現在のATMに到った背景や歴史的経緯とその利点の解説のようなもの)で、それがない、ないしは少なく、従って情報システムの有効性も分かりにくいと思える。そこで、学会で有効と分かる情報システムの事例・解説を示し、その特性を啓蒙できると良いなと思った。本学会にはこの課題についての研究会があり、早速参加している。勿論、学会外の専門家の学会活動への参加、学会内でのProfessionとしての情報システムの議論と理解(私も本学会の研究会に参加して多くのことを要領よく学習させていただいている。さすが専門家の話は価値があると感じる次第である)、また世の中からの学会員の認知度が上がると良いなと思っている。いささか優等生的結論ではあるが。