情報システム学会 メールマガジン 2009.11.25 No.04-09 [10]

評議員からのひとこと 「情報システムの社会浸透と情報教育の難しさ」

近畿大学経済学部 小林 利臣

1.はじめに

 35年の企業経験を経て定年退職後「文科系学部で情報に関する教員」になった「新米老年教員」である筆者は(この辺に経緯については「情報システム学会 メールマガジン  2008.6.25 No.03-3」参照)、「民間企業での情報システム経験」「大学での情報教育経験」の二面性を合わせ持つことから(と想像していますが)本学会評議員に就任要請を受け現在その末席を穢しています。役割期待はその「二面を経験した立場から学会運営および学会員に(少しは役に立つ)意見を述べよ」ということだろうと理解しています。
 今回も「評議員からひとこと」に「リレー投稿せよ」との依頼を受けたのも、上記立場から「なにかモノ申せ」ということであろうと理解して、表題について筆者なりの意見を述べることにします。筆者の底浅い思考力を考えるといささか「大風呂敷を広げ過ぎた」テーマであろうかと思いますが、このテーマに関する「問題提起」にでもなれば幸いです。

2.情報システムの社会浸透

(1)「情報システム論」での教育

 現在文科系学部生に対して「情報システム論」という講義を持っています。対象の文科系学部生は概ね、高校で普通教科「情報」を履修し、「ケータイ」(電話だけでなく電子メール、Web検索などができる携帯機械(装置))を使いまくり、大学1年で「情報リテラシ」に関する講義(コンピュータ概論、Word・Excelなどの実習)を履修してきている。さらに情報社会との接点として、銀行カードを持ってATMを普通に使い、コンビニなどのアルバイトでPOSシステムなども使っている。
 このように、情報とは何か、情報システムとはどんなものか、さらにはオンラインシステム、リアルタイム処理システム、インターネットなどについても断片的な知識を持っている学生が対象ですから、『きちんと体系立てて講義』することで、学生も知識の再整理が進み「情報システム全般」についてすんなりと理解してくれているようです。
 例えばPOSシステムの講義で、バーコードにはWhat情報しか記載されていないが、POSレジスタを情報システムに繋ぐことで情報システム(POSシステム)ではWhere(どの店舗で)・When(どの時刻に)・HowMuch(いくらで売れたか)情報が把握できて、お客への店頭サービス向上(速く正確に決済できる)・店舗業務の効率化(売上集計、タイムセールなどの販売戦術導入)が可能となり、さらには商品自動補充方式などとの併用によりSCMへも展開できる。また会員カードを発行すればWho(誰が買ったか)情報も把握できて、CRMへも展開できる。といった話も比較的容易に理解してもらえる。
 一言でいえば(ある面では)『情報システムが社会に広く浸透しているお陰で情報教育はやりやすくなっている』と言える。

(2)「情報処理論」での教育

 一方文科系学部生に対してもう一つ「情報処理論」という講義も持っています。この講義では情報システムに関わる技術とその技術をどう活用するのかを勉強するようにしています。習得レベルとして「ITパスポート試験合格」を想定して、技術の範囲は経済産業省が定める「共通キャリア・スキルフレームワーク(レベル1)」(以下フレームワークと略す)に準拠した内容を教えている。
 フレームワークはレベル1といえども範囲は広い。ご存知の方も多いと思うが参考までに「情報に関する基礎的理解」に関するテーマを列挙すると次のようになる。情報に関する理論(進数演算)、アルゴリズムとプログラミング、コンピュータ構成要素(記憶素子、プロセッサ、記憶装置)、システム構成要素(オンライン、リアルタイム処理)、ソフトウェア(OS、ファイル管理)、ハードウェア(入出力装置)、ヒューマンインタフェース(Webデザイン)、マルチメディア、データベース、ネットワーク(通信処理、LAN、インターネット)、セキュリティ、プロジェクトマネジメント、システム開発技術(ソフトウェアエンジニアリング)、ソフトウェア開発管理技術(構造化設計、オブジェクト指向)、サービスマネジメント、システム監査がある。

3.筆者が受けた「情報教育」との対比

(1)情報(または情報システム)に関する概念的理解

 筆者が大学および大学院で情報に関する教育を受けたのは1970年前後である。この頃は、銀行でも引出伝票を手書きして窓口に並んで現金を引き出していた。窓口の裏方には情報システムはあったが、一般の利用者に情報システムは見えなかった。講義で例として取り上げられたのは、航空機の座席予約システム、SAGE(航空警戒)システム、工場のライン制御システム程度で、情報システムがどんなものであるかを実感として理解するのは難しかった。

(2)情報(または情報システム)に関する基礎的理解

大学に研究用コンピュータが1台しかなかった時代であるから、座学中心の基礎的な勉強であった。思い起こしてみると「進数演算、論理回路、記憶素子」、「アナログ計算機、プロセッサ、入出力装置、記憶装置」、「アセンブリ言語によるプログラミング」、「FORTRANによるアルゴリズム」、「COBOLによるファイル管理」などを大学2年、3年のときにそれぞれ半年または1年の講義で勉強した。大学院では輪講などで実用化が始まりつつあった「OS、データ構造、データベース」を技術進歩と並行して(リアルタイムで)逐次積み上げ的に勉強した。
 さらに、構造化設計、ソフトウェアエンジニアリング、プロジェクトマネジメント、オンラインシステム、リアルタイム処理システム、通信処理、マルチメディア、LAN、インターネット、Webデザインなどは企業に入ってから、新技術として実用化される都度、実務に適用しながら理解・習得してきた。
 オブジェクト指向、セキュリティ、サービスマネジメント、システム監査などはもっと最近のことである。
 一言でいえば『情報に関する基礎的な知識・理論は大学・大学院で5年かけて逐次積み上げ的に学び、新技術は企業で35年間かけて実務に適用しながら理解・習得してきた』と言える。

4.情報教育の難しさとそのあり方に関する考察

(1)情報教育の難しさ

 以上の記述から理解いただけると思うが、『情報システムが社会浸透(進歩・発展・拡大)するにつれて、情報教育の中で学ぶべきことが多くなってきている』。
 筆者が「大学・大学院(5年)で学び、企業(35年)で実務に適用しながら理解・習得してきたこと」を「大学(2〜3年)で教育する(理解してもらう)」のはいかにも困難である。現在は、フレームワークごとにエッセンスのみを抽出して(悪い言葉で言えば間引いて)年間講義計画に収まるよう教えているが、学生が本当に理解できているかは忸怩たるところがある。
 要は昔に比べて情報システムが進歩・発展・拡大してきて(蓄積が大きくなって)いるにも拘わらず「情報教育が始まって以来、教育体系(すべてを教える方式)が変わっていない」ことに問題があるのではないだろうか。情報処理技術者試験が「共通キャリア・スキルフレームワーク」をベースにしている(すべてを理解しないと情報処理技術者試験に合格しない)ことも、これを助長しているのではないだろうか。

(2)情報教育のあり方に関する考察

 情報以外に目を向ければ、数10年〜世紀に亘って進歩してきたが大学では1年で教えている技術分野も多い。例えば力学なら、速度・加速度・力、運動の三法則、運動・エネルギーの保存、放物・円運動、振動、慣性などを1年で学ぶことで、概ね当該分野の全般を理解できる。ニュートン以来の技術・理論の進歩過程を逐一学ぶようなことはしていない。
 情報についても早くこのような「教育体系」を整備すべきである。このままでは、ますます進展する情報分野(教える量がますます増えていく)を大学で学ぶことはできなくなり、情報を理解できないまま大学を卒業していく人が多くなるであろう。具体的にどう整備するか(なにが本質的な技術・理論になっているか)についてはまだ模索段階であり、今後諸先輩・関係者の意見を聞きながらまとめていきたいと考えている。