情報システム学会 メールマガジン 2009.11.25 No.04-9[9]

大学の情報系学部学科入試を通して見える問題の再確認

理事 松永賢次(専修大学)

 情報系学部学科の不人気を嘆く山口高平理事の文章(2008年2月25日発行のメルマガ「情報系入試:-40%なのに+40%」)に対して,「情報系入試の志願者下落の底は打ちましたよ」という筆者の見解を披露したところ,それについて書け,という編集部の依頼があった。本稿ではまずその状況について紹介するが,実際には,大学の入試を通して見えてくる様々な問題はまだ解決しておらず,それらの問題について述べることにする。

志願者状況から見る情報系学部学科の入試状況

 私が所属する専修大学ネットワーク情報学部(入学定員240名)は,2001年に経営学部情報学科を改組(リニューアル)して作られた学部である。私は学部の準備以来,一貫して入試に関連する学部広報及び入試分析を担当している。入試の結果や合格者の属性を分析し,どのような内容の学部広報をどこに出していくのか考えたり,入学後の成績を調査して,どのようなバックグラウンドをもつ学生が伸びるのか,そして伸びる学生を入学させるためにはどのようにしたら良いのか考え,さまざまな施策を実施してきた。
 山口理事の文章にあるような状況は,2006年入試までは事実であった。専修大学ネットワーク情報学部は,開設2年目の2002年には約3000名の受験生を集めたが,2006年には1000名を超えるのがやっという状況まで陥った。前年比75%を4年間繰り返したことになる。しかしそこから2009年には2000人近い志願者まで回復している。首都圏では,2007年に青山学院社会情報学部(入学定員200名),2008年には東洋大学総合情報学部(入学定員260名)と,情報系学部学科としては定員が大きい新学部が設置され,少ない受験生を取り合うことが予想されていたが,ふたを開けてみると,掘り起こし効果が出たようで,受験生数が増え,その上,各大学とも多くの入学者がいて嬉しい悲鳴を上げているところである。少子化についても2009年以降10年余りは,18歳人口が120万人前後で推移することになり,大学が志願者集めに躍起となることは,しばらくお休みという気がしている。
 しかし大学入試を通して,この数年来語られていた問題は,相変わらず解決しているとは思えない。本稿ではそれを指摘し,本学会としても取り組むべきテーマを再確認しておきたい。

大学受験産業が示す情報系学部学科の分類

 受験雑誌の出版社,予備校,大学入試センターがWeb上で,日本全国の学部学科の紹介サイトを立ち上げている。そういったサイトでは,様々な学部学科を2階層に分類をしている。情報系学部学科は,おおむね,次の4つの分類に分かれている。
1. 理学系統の情報科学
2. 工学系統の情報工学
3. 経済・経営学系統の経営情報学
4. 総合科学系統の総合情報学
 4番は,20年ほど前にできた慶應義塾大学環境情報学部を皮切りに,この10年間ほど急激に増えてきた,文理融合型の情報学部学科を収容する分類である。筆者の所属する専修大学ネットワーク情報学部や前節で紹介した青山学院大学社会情報学部,東洋大学総合情報学部もここに含まれる。また,筆者が入学生に対して併願学部学科を調査したところ,受験生からは次の分類も情報学部学科の隣接領域と考えられているようである。
5. 社会学系統のメディア社会学
 山口理事の文章で言及されていた情報系学部学科は,1,2を想定しているようである。筆者の知るところでも,1, 2の人気は下げ止まってはいるが,4のように志願者を増やしているとは言えない。また5に関しては,もともと志願者を減らしていない。

大学受験生の学部学科の選択基準

 多くの大学では,学科ごとに入学募集をかけていることが多い。学科をさらに分けた専攻やコースで募集することもある。複数学科をまとめて入学募集単位とするところは稀である。(筆者の学部のように1学部1学科の場合には,学科で募集していると考えてよい)
 大学受験生は,次の二つの基準のいずれか(両方にこしたことはない)で,進路とする学科分類を選択している。
1. 自分が得意なものを伸ばす
2. 自分がなりたい職業と関連するか
 大手予備校の模試分析の中で,受験教科ごとの偏差値を,学科ごとに公表しているものがある。これを見ると,英語学科や英文科では,受験生の英語の偏差値が,他の受験教科と比べて高い。これは,英語が得意な学生たちは,英語学科,英文科を選ぶことが多いことを意味する。彼らは,国際がつく学部学科も候補に入れるであろう。国語が得意であれば国文科や日本語学科,歴史が得意な学生は歴史学科,倫理が得意であれば哲学科,政経が得意であれば法学部,数学や理科が得意であれば理学部・工学部を選ぶということになっている。
 一方,自分がなりたい職業との関連で,高等学校での進路指導をすることは,この10年間でかなり高等学校に浸透してきた。高等学校の総合学習の時間では,進路研究にあてられることが多いと聞いている。この手法と最も関連が深いのは医学部,薬学部,教育学部といった,仕事に免許が必要な学部である。福祉系学部,法学部も関連してくる。大学側も,この種の学部学科を近年増やしてきたところであるが,周辺環境の変化によって人気のアップダウンが激しくリスクが大きくなっている。薬学部は,薬剤師資格取得に6年間必要となった後,授業料負担が大きいため受験生が減った。ロースクールによって司法試験合格者が増えると期待され人気が出ていた法学部は,新司法試験合格率が当初言われていたものよりはるかに低いことがわかり,受験生数が減少傾向にある。

高大接続をどうしたら良いのか

 「自分が得意なものを伸ばす」で述べた高校生の判断を直接適用すると,情報が得意であれば情報系学部学科を選ぶ,ということになるが,実態は数学との関連がからみあって複雑である。理工系情報学部学科(分類1, 2)は,高等学校の科目との関連で言えば,数学との関連が深いと考えられているようだ。筆者が進学相談会等で学部相談コーナーに座っているときの,典型的な質問の一つが「数学をどのくらいできないと大学の学習についていけないのか?」というものである。英語,国語,理科,社会に関する質問は皆無なので,大学での情報は,高校教科の数学との関連が深いという認識が受験生側にあると考えられる。
 教科情報の教員採用条件に数学の教員免許状とのダブル免許を求めたり,教科情報の未履修問題の際に,情報を数学に置き換える高等学校が多いということを考えると,数学との関連が深いという受験生の認識は,高等学校側が与えていると考えられる。
 また同時にもう一つの多い質問が「入学時に,パソコンがどのくらいできないといけないのか?」というものである。このような質問をする受験生は,得意ではないことは予想されるが,一方で,得意である受験生が集まる学部学科であると思っていることも確かであろう。(「情報」が「パソコン」になってしまうことは,10年来の不満ではあるのだが,「携帯電話」でやれること以上の複雑な処理をさせる道具,という意味で使われているようなので,本稿では深入りしない。)
 少し想像をたくましくすると,高等学校の教科情報などで,情報の学習に興味をもった高校生が,いざ大学進学を考えたときに,周囲の大人たちに,大学で情報を勉強するなら数学が得意でないとついていけいないよ,とアドバイスされて困っているというストーリーが見える。高校2年生進学時に決定する文理クラス分けで文系クラスを選んでしまうと,高校3年生では数学を学習していないことが多い。また文系クラスを選ぶ理由の一つとして「数学が得意ではない」ということも多く,自信がなくなった時期が中学にさかのぼるとなると,急に取り返すことも難しい。
 総合系情報学部学科(分類4)では,数学を必須受験科目に入れている入試と,選択受験科目に入れている入試を併用しているケースが多い。必須科目として入れている場合でも,2年生レベルまでと,理工系学部が要求しているレベルよりは下げていることが多い。筆者の所属する学部の教員間で議論しても,高度な微分積分を高校時代に勉強する必要はないが,数学の学習を通して,論理的な考え方,記号を通じて抽象化する考え方を身に付けておいてほしいという意見が多く,高等学校2年生レベルの数学で十分と判断している。論理的な考え方であれば,国語や小論文でも能力測定は可能であるとも考えられる。
 分類1,2と比べて,相対的に分類4の受験生が増えている現状は,数学との能力とは独立に,情報学を大学で学習したいという受験生が増えているという現れである。高校生が,大学入学後情報学を専攻するためには,高校時代にどのようなことに興味を育むことが望まれ,高校時代の様々な教科学習においてどのような理解ができていることが望ましいのか明確にし,それを大学の受験科目に反映させていく必要があると感じている。メルマガ2009年8月号の『「情報社会 における小・中・高の(数学教育を含めた広い意味の)情報教育を考える会」の研究報告の一部として」』は関連する話題として興味深いと考えている。

情報系の職業は魅力があるのか

 情報系学部学科の不人気の原因の一つとして,職業環境の3K(Kの前の数は色々あるようなのでnKと言ってもよい)が問題であるため,数年前から業界団体のトップクラスの方々から聞こえてくる。このままでは優秀な人材が集まらないので改善している,という内容もあわせて聞いている。筆者が大学3, 4年生に聞くところでは,残念ながら彼らは改善されているとは考えていない。専修大学ネットワーク情報学部では,就職先企業分類が情報通信業である企業に進む卒業生が約50%と,数年間ほとんど変わらない。同系統の学部学科の状況も見ているがほぼ同じ数値を示している。
 彼らが情報通信業に就職するのは,自分たちの専門を活かせると判断していることはもちろんだが,他業種と比べて採用意欲が旺盛であり,比較的早期に内定が確保できることにある。採用意欲が高い,ということは,離職率が高く新入社員で補充しなければならない状況にある,ということと裏返しになっていると思われている。それだけ採用しなければならないとなると,大学の専門性を度外視して採用せざるを得ず,それがミスマッチによる離職率を高めてしまうという悪循環となっている。
 情報系学部学科の志願者が増えているのは,相対的にまだ他業種よりも就職状況がましだからだと考えている。相対的にという状況であるので,職場環境の改善に関しては継続的に努力していかないと,いつ元に戻ってしまうかわからないと考えている。

大学の情報系学部学科が提供する教育と入学意思決定との関連

 本来大学進学を考えるのであれば,大学毎に,提供する教育品質の良し悪しが問われるべきである。入学後のアンケートで,入学する大学学部学科を決めた理由を問うているが,その回答を見る限り,一般入試(試験を重視した入試)で入学してきた学生たちは,教育内容を考慮しているとは言えない。一方,動機や適性を中心として選考するAO入試では,受験生は徹底的に教育内容を研究していることが,面接を通してわかるが,全体の受験者数から言えば少数派である。
 情報系学部学科の教育内容については,毎年のように新たな学部学科ができ,ライバルが増える状況下(供給ばかり増えて,需要が伸び悩んできた中),各大学とも大きな改善をしてきていると言える。教育カリキュラムを大きく手直しするためには,学科を変えずに行うよりは,学科を一度リニューアルしてしまった方がやりやすい。情報系の新学科が増えるということは,大きく教育カリキュラムを見直してきている証と言える。大学関係者にとって,教育の改善活動が,受験生側の評価につながらないというのは,頭の痛い問題である。
 一方,就職に関して目を向けると,大学の中でしっかり勉強して成長した学生が,自分の希望にかなう就職先を得ている。優秀な学生が就職した企業からは,人事課社員が大学に訪問してきて,リクルート活動をするケースもよく見られる。このような産業界からの評価が,受験生側に伝わる仕組みが大学にとっては欲しいところである。産業界,大学と幅広く会員をもつ情報システム学会が,大学教育の良い点を評価して発信していくことで,より信頼できるものとして受験生側に伝わるのではないかと考えている。

まとめ

 大学の情報系学部学科の志願者は回復傾向にある。特に,文理融合の総合系情報学に分類される学部学科の志願者が増えている。技術,人間,社会,組織との関わりで情報システムを考えるという情報システム学会としては,このような総合系情報学部の志願者が増えている状況は歓迎すべき状況と考える。
 一方,この数年間で語られてきた,情報系学部学科が不人気であるとされてきた諸問題,特に高等学校の教科情報に関連する諸問題,情報系企業の職場環境に関連する諸問題は解決されていない。これらの問題への対応をおろそかにしたままだと,いつ人気が逆戻りするかわからない。
 これらの問題は,これまでもメルマガで個々に語られてきているが,問題の関連と構造をとらえて対応していくことが本学会に求められていると考える。