情報システム学会 メールマガジン 2009.8.25 No.04-05 [8]

大学教育最前線:第20回 青山学院大学
青山学院大学 社会情報学部における iPhone 3Gの導入について

青山学院大学 社会情報学部 准教授  宮治 裕

1. はじめに

 青山学院大学とソフトバンクモバイル株式会社およびソフトバンクテレコム株式会社は,2009年5月14日にモバイル・ネット社会やユビキタス・コンピューティング,知識情報社会について共同で教育・研究にすることについての基本協定を締結したことを発表した.これにより, モバイル・ネット社会に通用するアプリケーションやシステムを研究開発し,そのライフスタイルを広く提案し,これを担える人材育成を目指している.この協定に基づき,青山学院大学社会情報学部では,iPhone 3Gを在学学生全員に配布し,利活用していくことも同時に発表した(http://www.aoyama.ac.jp/news/361.htmlから抜粋,改変).
 本稿では,学部としてiPhoneの導入を選択した理由・iPhoneを活用方法の予定等について述べる.

2. 社会情報学部について

 iPhone導入の理由を述べる前に,その前提条件となる青山学院大学社会情報学部(以降,本学部と記載)の基本情報を記す.
 本学部は,高度に発展した情報化社会で活躍できる人材育成を目的とし,2008年に開設された.具体的には,実社会における多数のデータの中から有益な情報を取得し,そこから問題点を「発見し解決できる」能力,文系・理系の双方に精通した総合力を身につけた人材育成を目指している.
 これを実現するため,人文社会学と情報科学を2つの柱とした文理融合の学びを提供し,そのカリキュラムは「数理的素養」「コミュニケーション能力」「論理的思考」「情報の高度な活用」の4つの力をバランス良く養成するものである.また,実践的な英語教育にも力を入れている.文理融合学部のため進路は多岐にわたると想定されるが,その目安として「数理・情報に強い金融アナリスト」「組織に明るい情報システムスペシャリスト」「タフな組織マネージャー」の履修モデルを提示している.
 以上の様に,いわゆる文系職に就く者であっても数理・情報にも精通した人材を,いわゆる理系職に就く者であっても単なる技術者・開発者としてだけではなく社会を意識し・社会への活用を考える事のできる人材を育成・輩出することを目指している.
 本学部は開設2年目の為,現在の最上位学年は2年生である.学生数は2年生 312名(男性:203名,女性109名),1年生214名(男性:121名,女性:93名)である.高校にて文系を選択していた学生の比率の方が多い.学生は,1年次から4年次まで相模原キャンパス(神奈川県相模原市)にて履修する.実家から通学する学生の数も少なくない.

3. ノートパソコン等の選択肢の検討

 本学部のカリキュラム内においてコンピュータを活用する授業は多く,iPhoneの導入を検討する以前に,他学部・他大学で行われているのと同様に,ノートパソコンやネットブックの導入・配布等が検討されたが,本学部では採択しなかった.本節では,その理由について記す.
 まず,ノートパソコンにおいては,指定ノートパソコン購入必携化,購入推奨ノートパソコン(既にノートパソコンを所有しているものは,新たに購入する必要がない方式を指す)・貸与ノートパソコン(学部からノートパソコンを貸与する方式を指す)などの方式が検討された.
 これらのノートパソコン導入方式について採択しなかった主要な理由としては,以下の事柄が挙げられる.まず,現在の学生のパソコン所有率は100%に近く,「自宅での学習」の為に新たにパソコンを購入させる必要はない.また,本学相模原キャンパスの場合,コンピュータが利用できる教室が比較的多く整備されているため,コンピュータやネット利用を主目的とする授業はそこで開講可能である.また,課題等もそこでまかなう事が可能である(当時,自習環境は充分ではなかったが,現在は増設され問題ない).
 これらに加え,長時間通学する学生がノートパソコンを運搬することに対する配慮,パソコンのトラブル対応・バージョン管理・セキュリティ対策などに対する種々のコスト,一般教室における電源コンセントの増設整備(一部の一般教室では,電源コンセントを整備済みだが,その数は限られる)等を考えると既存のコンピュータ利用可能施設を活用する方が適切であると判断された.
 ここで,ゼミやグループワークなどのコンピュータやネット利用が主目的ではないが,調査・発表・資料作成などでコンピュータを活用する授業を運用することができる教室は検討段階にはなかった.しかしながら,上記の種々の管理コストと学部完成年次の施設利用頻度等を勘案した結果,ノートパソコンを設置するゼミ型の教室を整備する方が適切であると考え,これを申請した(現在,一部整備済み.コンピュータが利用できる教室と同じ運用).
 次に,昨年からデータ通信契約とセットの形で非常に安価にネットブックが販売されるようになり,定額で常時ネットワーク接続できることも含め,ノートしての利用・通学時の自習等への活用の点から,その導入・貸与が検討された.しかしながら,当時においてネットブックは一般的なノートパソコンと比較して性能は明らかに劣っており,授業等で利用するソフトウェアを充分には利用できないこと,前述のノートパソコンの導入を採択しなかった理由を覆すだけのメリットが見えないことなどから,その採択は行われなかった.
 以上の様に,従来型のコンピュータを利用した教育(リテラシー,プログラミング,データ分析,調査,発表など)・ゼミおよびグループワーク等におけるコンピュータ利用,授業の課題等におけるコンピュータ利用の利用(メール,ウェブ閲覧含む)においては,自宅及び大学の設備にて充当・対応可能であると判断した.

4. iPhone導入のねらい

 ノートパソコン等の選択肢を採択しなかったことからわかる様に,iPhoneの導入は「従来型のコンピュータを利用した授業」での利用を目的とするものではない.本節では,iPhone導入のねらいを記載する.
 1つ目の目的は,ICT(Information and Communication Technology)の体感的理解と情報感度の向上にある.例えば,iPhoneに代表されるスマートフォンが,これまでの携帯電話とどの様に違うモノなのか・どのような使い方が出来るのか・利用勝手がどのように優れているのか/iPhoneはユーザビリティに優れていると言われているが,何がどの様に優れているのかなどを体験することによって理解して欲しいと考えた.この様な事柄は,書籍やWebを読めば知識としては理解しできるものの,その本質的な理解にはつながらず,体感した理解とは大きな開きがあると考える.また,iPhoneを有効活用する為には,iTunes Store, App Store, Podcast 等を利用する必要があるが,それらの利用はインターネットにおけるビジネス手法を目にする事につながる.さらにiPhoneアプリや Webアプリの中には,SaaS(Software as a Service)やクラウドコンピューティングの手法を採るモノがあり,それらを利用し体感する事ができる.以上の様な,最新の機能を持つモバイル端末・スマートフォンを活用し,モバイル・ネット社会を体験する事が,学生の資質を向上させる為に非常に重要であると考える.
 2つ目の大きな理由は,学部全体においてiPhoneを導入する事が,モバイル・ネット社会におけるライフスタイルやコミュニティの在り方を調査・提案する実証の場となり得る点にある.iPhoneが本学部の学生・教職員に配布されるという事は,(本学部完成年度には)約1000人の同じ社会情報学部在籍という共通項をもつコミュニティが,同じコミュニケーション手段を手に入れる事を意味する.このコミュニティを利用した実践的な教育・研究が可能となると同時に,この教育・研究自体に学生達自身が関わる事が可能となる.
 以上の様に,本学部としてはiPhoneを導入することによって,学生自身による利用体感を生かし資質を向上させ,モバイル・ネット社会において通用するアプリケーションやシステム,ライフスタイルやコミュニティの在り方などを提案・評価し,担える人材を育成しようと考えている.

5. iPhone の導入方式

 本節では,問い合わせの多い料金負担と学生の利用制限について述べる.
 まず,iPhoneを本学部の学生全員に配布したが学生の負担はゼロではなく,企業等での携帯電話の導入配布と同様に,公私分計処理を行っている.iPhoneそのものの契約は本学部が行っており, iPhoneを持つ事だけで発生する費用は本学部側で負担する.一方,学生が個人的に利用する分に関しては,学生側が支払う.具体的には,他社キャリア携帯電話や固定回線への通話,ソフトバンク同士であっても21時から深夜1時の間の通話,3G回線網を利用したパケット通信が学生負担である.ただし,本学部に関わる授業等におけるiPhoneの利用では,基本的に学生の料金負担は発生しない.例えば,本学部の学生は全員がiPhoneを所持しているため,通常の日中の学校生活における本学部生同士の連絡(通話やSMS:Short Message Serviceなどの利用)は,無料である.また,授業内でiPhoneの通信アプリケーションを利用する場合には,Wi-Fiが整備された環境を利用するため,これも料金が発生する事はない.
 次に,iPhoneの学生の利用についてであるが,前述のねらいを満たすため,特別な制限をかけていない.学生達は,携帯電話として/iPodとして/Web閲覧やメール端末として/様々なアプリケーションを導入することによって様々な機能を持つデバイスとして,自由にiPhoneを利用する事ができる.なお,利用料金がかかるケースの説明や紛失時の対処方法等について,事前及び配布時に時間をかけて十分な説明を行っている.

6. iPhoneの授業での活用

 iPhone導入のねらいに記載した事項以外にも,大学内の授業等で有効活用していく.本節では,その中の幾つかを記す(交渉中の為,記載できない事項は除いている).なお,優れた教育学習教材やツール,辞典等の様々なiPhoneアプリケーションが存在しているが,それらの授業での利用についてはここでは触れない.
 iPhoneへの授業資料の配布: これまでも授業時の資料をPDFファイルとして学生がダウンロード可能な講義は多く存在していた.しかしながら,必ずしも学生が事前にそれを印刷して講義に臨むとは限らない為,印刷した紙資料を配布することが多かった.iPhoneへ授業資料配布することによって,学生はそれを閲覧しながら講義を受けると同時に,通学時等のすきま時間に復習等が可能となる.
 授業収録および配信:欠席してしまった場合や理解が足りない場合の予備教材として,いくつかの授業収録を行っている.このデータを認証後にダウンロード可能な形式にてPodcast配信している.これをiPhoneに転送しておくことによって,いつでもどこでも復習等が可能となった.
 e-Learning(ASPの利用): 本学部では,学生の情報処理関連の資格取得をサポートする為に,今年度アイコム株式会社の学習支援システムe-veryStudyを利用している.このシステムをiPhoneから利用可能なWebアプリ対応にしていただけた.iPhoneの広い閲覧画面を見ながら,授業の合間や通学時などのすきま時間を利用して,いつでも気軽に資格試験の学習が可能となった.
 出席採取システムとして: iPhoneを用いた出席採取もおこなう.学生がiPhoneの専用アプリを起動し出席ボタンを押すだけで,講義の出席採取が可能となる.特に大人数の授業において,これまでの出席カードやPDAによる出席採取と比べて,はるかに手間少なく出席採取が可能である.また,コメントを書く欄が用意されており,ミニテストやコメントを受け付ける事ができる.出席ボタンを押した際に,iPhoneの位置情報等と端末情報等が採取されサーバに送られる為,基本的に代返等はできない.なお,位置情報がサーバにわたるのは,出席ボタンを押した時だけ(授業に出ているとき)である.
 電話・SMS,iPhoneアプリ等によるコミュニケーションの活性化: グループワークなどの科目においては,授業時間外にグループメンバーと様々な作業や打ち合わせを行う必要がある.学部学生へのiPhone導入により,日中の電話と終日のSMSが無料である為,これを活用したコミュニケーションが活性化している.またiPhoneアプリを利用したネットワークサービスによるコミュニケーションも広まりつつある.
その他: その他にも,大教室におけるクリッカーシステムとして,一般教室でのLMS(Learning Management System)の利活用,学生によるアプリ開発・ネットワークサービス企画,ゼミ等でのフィールドワークの為のツールとして等,iPhoneを活用していく.

7. おわりに

 全学生にiPhoneを配布したのが5月中旬だったこともあり,その本格的な利用は後期が始まってからである.この取り組みが良い成果・良い効果をもたらす事ができるよう,努力していきたい.